表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第四章:王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/64

第二十一話:悪夢の再会、そして伝説は続く

 王都のB級グルメ探訪は、控えめに言っても最高だった。

 香ばしい串焼きの肉汁、蜂蜜がとろりとかかった甘い焼き菓子、そして市場の活気。そのどれもが、凝り固まっていた私の心を、じわりと解きほぐしてくれた。すっかり満ち足りた気分で城に戻ると、案の定、私たちの失踪に気づいた兵士たちが、血相を変えて右往左往していた。


「あ、アリア殿! どちらへ行かれていたのですか!」


 私とフェンの姿を見つけた若い兵士が、涙目になって駆け寄ってくる。

 私はそんな彼に、公爵令嬢時代に叩き込まれた、一点の曇りもない淑女の微笑みを向けてみせた。


「まあ、ごめんなさいな。少しだけ、外の空気が吸いたくなってしまって。辺境の暮らしが長かったものですから、どうにも、じっとしているのが苦手になってしまったようですわ」


 私のあまりにもしれっとした言い分に、兵士はぽかんと口を開けていたけれど、Aランク冒険者という肩書と、私の妙な威圧感の前に、それ以上何も言えなくなってしまったようだった。

 私たちは、半ば強引に控えの間へと連れ戻され、侍女たちが大慌てで用意した、謁見用の豪奢なドレスへと着替えさせられた。体にぴったりと沿う絹の生地、胸元を飾る過剰なレース、そして動きを著しく制限する窮屈なコルセット。革鎧に慣れ親しんだ今の私にとって、それはもはや戦闘服というよりは、拘束具に近い。


(ああ、面倒くさい……。早くギルド本部に行って、新しいダンジョンの情報が見たいのに……)


 私の心は、すでにここにはなかった。

 けれど、これも目的のため。そう自分に言い聞かせ、私は完璧な淑女の仮面を、再び顔に貼り付けたのだった。



 謁見の間。

 その場所は、私が記憶していたよりも、ずっと冷たくて、広々としていた。

 磨き上げられた大理石の床は、そこに立つ人々の姿をぼんやりと映し出し、遥か高い天井からは、巨大なシャンデリアが、無機質な光を降り注いでいる。ずらりと並んだ貴族たちの顔、顔、顔。そのどれもが、私にとっては見覚えのある、そして同時に、二度と関わりたくもない人々だった。

 部屋の奥、一段と高くなった場所に設えられた玉座には、この国の頂点に立つ国王陛下が、退屈そうな顔で座っている。

 そして、その玉座のすぐ脇。

 一番の上座に近い場所に、見るからにやつれた顔で、一人の青年が座っていた。


(……あら)


 私の感覚が、ほんの少しだけ、ちりりと反応した。

 別に、懐かしさとか、そういう温かい感情ではない。

 ただ、純粋に、目の前の光景に対する驚き。

 かつての婚約者、アレクシオス王太子。

 輝くばかりだった金色の髪は艶を失い、空色だったはずの瞳は、どんよりと濁っている。目の下には、隈が色濃く浮かび上がり、その頬は痛々しいほどにこけていた。まるで、高難易度のクエストに三日三晩不眠不休で挑み続けて、精神をすり減らしたプレイヤーのような、そんな悲壮感に満ちた姿。

 彼は、落ち着かない様子で、謁見の間の入り口を、しきりに気にしている。これから現れるという、謎の英雄『アリア』の登場を、固唾を飲んで待ち構えているのだろう。


(……うわあ。本当に、噂通りなのね)


 私は、内心で、少しだけ同情してしまった。

 自分の盛大な勘違いで、勝手にここまで追い詰められてしまうなんて。ある意味、すごい才能だ。

 やがて、謁見の間の巨大な扉が、ゆっくりと開かれた。

 そして、甲高い声で、使者が私の名を告げる。


「辺境の英雄、Aランク冒険者、アリア殿の入場ー!」


 その声と共に、私は、フェンを連れて、静かに広間へと足を踏み入れた。

 全ての視線が、私一人に、針で刺すように集中するのが分かる。

 好奇、侮蔑、そして、畏怖。

 様々な感情がごちゃ混ぜになった視線の奔流を、私は、まるで心地よいそよ風でも浴びるかのように、優雅に受け流す。

 そして、玉座の前まで進み出ると、体に染みついた、最も美しい淑女の礼法に則って、深く、深く、頭を下げた。

 顔を上げた、その瞬間。

 ついに、私と、アレクシオスの視線が、真正面からぶつかった。



「………………」


 時が、止まった。


 いや、正確に言えば、アレクシオス王太子殿下だけが、時間が止まった世界に取り残された。

 彼の青い瞳が、信じられないものを見るかのように、これ以上ないくらいに、まん丸に見開かれる。

 半開きになった口からは、何の音も発せられない。

 血の気が、さあっと、引いていくのが、遠目からでもはっきりと分かった。その顔は、もはや青白いを通り越して、上質な陶器のように、真っ白になっている。


 辺境に現れた、謎の英雄。

 自分の王位すらも脅かす、恐るべき革命家。

 その正体が、まさか、自分が無一文で追放した、か弱いはずの元婚約者だったなどとは。


 彼の容量の少ない頭脳では、到底、処理しきれない情報量だったのだろう。


 彼の動きは、完全に停止した。

 まるで、高位の石化魔法でも食らったみたいに、ピクリとも動かない。


 そのあまりに異様な姿に、周りの貴族たちも、国王陛下でさえも、「どうしたのだ?」と、怪訝そうな顔で、彼と私を交互に見比べている。


(ああ、面白い。面白すぎるわ、この状況!)


 内心では、腹を抱えて笑い転げたいのを、必死でこらえていた。


 そんな、カオスな状況の中心で。

 私は、にっこりと、花の咲くような微笑みを浮かべてみせた。

 そして、私は、石像のようになった彼に、追い打ちをかけるように、優雅に、どこまでも無邪気に声をかけたのだ。


「あら、お久しぶりですわね、アレクシオス殿下。お元気そうで、何よりです」


 その、淑女然とした、しかし、今の彼にとっては悪魔の囁きにも等しいであろう言葉が、静まり返った謁見の間に、ことさら、よく響き渡った。

 アレクシオスが、その言葉に、何か意味のある反応を返せるはずもなかった。



 結局、謁見が終わるまで、アレクシオス王太子が、再び動き出すことはなかった。

 彼は、ただの一度も瞬きをすることなく、魂の抜け殻のように、虚空を見つめたまま、玉座の脇に座り続けていた。

 国王陛下から、私の功績を称える、長くて退屈な祝辞が述べられ、大袈裟な勲章が授与された。私はその全てを、「身に余る光栄です」という、便利な言葉一つで、そつなくこなしていく。

 私の頭の中は、もう、この後のギルド本部での情報収集のことで、いっぱいいっぱいだったのだから。

 謁見の間では、貴族たちが、ひそひそと囁き合っているのが聞こえる。


「おい、見たか? 王子殿下の、あのご様子を……」

「ああ……。あのアリアという冒険者が現れた途端、まるで、金縛りにでもあったかのようだったな……」

「まさか、あれが、噂に聞く英雄の『覇気』というやつなのか……?」


 どうやら、私の知らないところで、また一つ、新たな伝説が生まれようとしているらしい。

 面倒くさいこと、この上ない。

 謁見が終わると、私は、その後に行われるという、退屈な祝賀会を、適当な理由をつけて丁重に辞退した。授与された勲章も、「このような高価なもの、私には不相応です」と、近くにいた侍従に、半ば押し付けるようにして預けてしまう。

 そんなものより、私には、もっともっと大切なものがあるのだ。



「ごめんくださいな」


 王城を抜け出した私とフェンが、その足で向かったのは、王都の中央広場に、ひときわ高くそびえ立つ、壮麗な建物だった。

 王都冒険者ギルド本部。

 この国中の全てのギルド支部を統括する、情報の中枢。

 フロンティアの、あの木の温もりがあるギルドとは、何もかもが違う。大理石で作られた床、磨き上げられたマホガニーのカウンター、そして、行き交う冒険者たちの、誰もが、歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせている。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


 カウンターの向こうで、眼鏡をかけた、いかにも仕事ができそうな受付の女性が、事務的な口調で尋ねてくる。

 私は、黙って、懐から取り出した、真新しいプラチナのギルドカードを、カウンターの上に置いた。

 そこに刻まれた、『ランクA』の文字。

 それを見た瞬間、受付の女性の、鉄壁のポーカーフェイスが、わずかに揺らいだのが分かった。


「……失礼いたしました。Aランク冒険者様でしたか。して、ご用件は?」


 彼女の口調が、明らかに、先程よりも丁寧なものになっている。

 分かりやすくて、大変よろしい。


「情報開示を、お願いしたいのです。この国に存在する、高難易度に指定されている、未踏破のダンジョン。それら全ての情報を」


 私の、単刀直入な要求に、受付の女性は、一瞬だけ、言葉を失ったようだった。

 けれど、すぐに我に返ると、「……分かりました。こちらへどうぞ」と、私を奥の特別な一室へと案内してくれた。

 通されたのは、書庫、と呼ぶにふさわしい部屋だった。

 壁一面の本棚には、古今東西のダンジョンに関する資料が、これでもかというくらい、ぎっしりと詰め込まれている。

 その光景は、私にとって、どんな宝石やドレスよりも、ずっとずっと、魅力的に見えた。


(……すごい。すごいわ、これ……!)


 私の心は、新しいゲームの攻略本を、山のように買い込んでもらった子供みたいに、わくわくが止まらなかった。

 私は、受付の女性が淹れてくれたお茶もそこそこに、夢中になって、資料の山を読み漁り始めた。

 『天空の塔』、『沈黙の樹海』、『灼熱の火山』……。

 どれもこれも、その名前を聞くだけで、冒険心をくすぐられるような、最高の舞台ばかりだ。


(……やったわ。大当たりよ、これ!)


 私は、その中でも、特に興味を引かれた、いくつかのダンジョンの地図と資料を、羊皮紙に書き写させてもらった。

 これで、向こう一年は、冒険のネタに困ることはないだろう。



 王都での、全ての目的を果たした私は、その日の夕方には、もう、帰路についていた。

 一分一秒でも早く、この息の詰まる街から、抜け出したかったのだ。

 王都の西門をくぐり、辺境へと続く街道を歩きながら、私は、道行く商人たちの噂話を、それとなく耳にした。


「おい、聞いたか? 今日、城で行われた謁見のこと」

「ああ、聞いた聞いた。なんでも、あの謎の英雄殿の、あまりの覇気に当てられて、王子殿下が、その場で気を失っちまったんだってな」

「ひええ……。一体、どんなお方なんだろうな、その英雄殿ってのは……」


 どうやら、私の新たな伝説は、すでに、こんなところまで広まっているらしい。

 私は、くすり、と。

 誰にも気づかれないように、小さく笑った。


(せいぜい、一生もののトラウマを、大事になさいませ、王子様)


 そんな、少しだけ意地悪なことを、心の中で呟きながら。

 私の頭の中は、もう、次に攻略するダンジョンのことで、いっぱいいっぱいだった。

 叙勲も、貴族社会も、過去の因縁も。

 今の私にとっては、もう、どうでもいいこと。


 大切なのは、これから始まる、新しい冒険、ただ一つ。


「さあ、帰りましょうか、フェン。私たちの、愛しの我が家へ!」


「わふん!」


 私の元気な声に、フェンも待ってましたとばかりに、高らかに一声吠えた。


 私たちは、夕日に染まる街道を、意気揚々と歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*
 ▼ 同じ作者の小説です ▼
 ご興味をお持ちいただければ幸いです♪
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*

【お菓子作り/もふもふ/スローライフ】
お菓子作りのための追放スローライフ~婚約破棄された公爵令嬢は、規格外の土魔法でもふもふ聖獣やゴーレムと理想のパティスリーを開店します~


【化学調味料/飯テロ/日本食】
追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~


*:・゜✧ ブックマークや評価、いつも励みになっています ✧・゜:*
― 新着の感想 ―
王太子の婚約者だったはずなのに他の貴族や王が顔も知らないのは有り得ないのでは? 冒険者の格好だけならまだしもドレスも着ているのに あまりにも反応がおかしすぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ