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追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第四章:王都

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第二十話:華麗なるB級グルメ

 王都は、私が以前暮らしていた頃と少しも変わっていなかった。

 高くそびえる白亜の城壁、整然と区画整理された美しい石畳の道、そして道行く人々の服装の趣味の良さ。辺境の街フロンティアの、あの良くも悪くも生活感にあふれた雑多な雰囲気とは、何もかもが対照的だ。まるで上質な箱に丁寧にしまわれた、綺麗なだけのお飾りの街。空気にまで、高価な香水の匂いが染みついているみたいで、どうにも息苦しい。


「わふぅ……」


 私の隣を歩いていたフェンが、居心地が悪そうに小さな声で鼻を鳴らした。彼の気持ちは、痛いほどよく分かる。フロンティアの土の匂いや、市場の活気のある喧騒に慣れてしまった私たちにとって、この王都の澄ましきった空気は、どうにも肌に合わないのだ。

 私たちは、王都の正門でギルドマスターから預かった紹介状を見せると、仰々しい鎧に身を包んだ護衛の兵士たちに案内されるまま、王城へと向かっていた。道行く貴族やその令嬢たちが、物珍しそうに、あるいは少しだけ侮るような目で、革鎧姿の私と、その隣を歩く銀色の獣に視線を送ってくる。その視線の一つ一つが、ちくり、ちくりと肌を刺すようで、実に不快だ。


(ああ、もう帰りたい……。我が家にあった、ふかふかの芝生の庭が恋しいわ……)


 私の心は、早くもホームシックの兆候を見せ始めていた。

 やがて、見上げるほどに巨大な王城の門をくぐり、私たちはその内部へと足を踏み入れた。磨き上げられた大理石の床、天井から下がる巨大なシャンデリア、壁に飾られた歴代の王族たちの肖像画。そのどれもが、私にとっては見慣れた、そして同時に、二度と見たくもなかった光景だった。

 私が公爵令嬢として、淑女の仮面を被って過ごした、息の詰まる鳥籠。

 その記憶が、むわりと蘇ってきて、気分が悪くなりそうだ。


「英雄アリア殿、長旅ご苦労であった。陛下への謁見は、午後からとなる。それまで、こちらの控えの間にて、ゆっくりとお休みくだされ」


 護衛の兵士の一人が、感情のこもらない、平板な声でそう告げると、一つの重厚な扉の前で足を止めた。

 通されたのは、賓客をもてなすための一室なのだろう。部屋は無駄に広く、天蓋付きのベッドに、ビロード張りの豪奢なソファ、そして美しい彫刻が施されたテーブルセットが、完璧な配置で置かれている。

 けれど、そのどれもが、私にとっては博物館の展示品のようにしか見えない。人の温かみが、どこにも感じられないのだ。


「何か御用があれば、扉の外の者にお申し付けくだされ」


 兵士はそう言って、私たちを部屋に残し、無言で扉を閉めた。

 ばたん、と。

 その重い扉が閉まる音は、まるで、監獄の扉が閉ざされる音のように、私の耳には聞こえた。



「……はあ」


 私は、部屋の中央で、今日一番の深いため息をついてしまった。

 謁見まで、まだ数時間もある。

 こんな、金ぴかで、居心地の悪い部屋で、じっと待っていろというのか。拷問もいいところだ。


「くぅん……」


 フェンも、落ち着かない様子で、部屋の中をうろうろと歩き回っている。彼の自慢のもふもふの尻尾は、しょんぼりと垂れ下がったままだ。


(ダメだわ、こんなところにいたら、私たちの冒険者としての野生の魂が、腐ってしまう……!)


 私の心は、完全に決まっていた。

 こんなところで、お行儀よく待っているなんて、性に合わない。

 目的は、あくまで王都のギルド本部での情報収集。謁見や叙勲なんて、そのついでに過ぎないのだ。

 だったら、この空き時間を、もっと有効に、そして楽しく使うべきだ。


「……フェン」


 私は、隣でうなだれている相棒に、悪戯っぽく囁いた。


「ちょっと、お散歩に行きましょうか。このお城を、抜け出して」


「わんっ!?」


 私の突拍子もない提案に、フェンが、ぱっと顔を上げた。その大きな黒い瞳が、「え、本気で言ってるのか!?」とでも言いたげに、驚きで見開かれている。


「ええ、本気も本気よ。王都に来たからには、挨拶回りをしておかなければならない場所があるでしょう?」


 私が言う挨拶回りとは、もちろん、貴族のサロンでも、ましてや王宮の要人への表敬訪問でもない。

 この王都の、胃袋を掴んで離さないという、B級グルメの聖地巡礼のことだ。

 前世の記憶が、私の脳内で、けたたましく警鐘を鳴らしている。

 王都には、うまいものが溢れている、と。


「よし、決まりね! オペレーション『王城脱出』、スタートよ!」


 私は高らかにそう宣言すると、まずは部屋の扉に、そっと耳を当てた。

 扉の外には、見張りの兵士が二人、石像のように直立している気配がする。

 正面突破は、さすがに面倒だ。

 私は、部屋の大きな窓に目をやった。窓は中庭に面していて、ここから飛び降りても、大した高さではない。

 問題は、どうやって、あの見張りたちの注意を逸らすか。


(ふふん。こういう時は、やっぱり魔法の出番よね)


 私は、にやりと笑うと、黒檀の杖を、そっと懐から取り出した。

 風魔法の応用。イメージするのは、この部屋から一番遠い、廊下の突き当り。そこで、誰かが重い鎧を落としたかのような、大きな音を立てること。


『サウンド・ノイズ』


 私が杖を軽く振るうと、目には見えない風の魔力が、廊下の奥へと飛んでいった。

 次の瞬間。


 がっしゃーーーーーんっ!


 と、廊下の遥か奥から、派手な金属音が響き渡った。


「な、なんだ!?」

「今の音は!?」


 案の定、扉の外の見張りたちが、慌てふためく声が聞こえる。


「おい、お前はここで待機だ! 俺が見てくる!」


 一人の兵士が、足早に音のした方へと走り去っていく気配。

 残されたのは、一人。


「今よ、フェン!」


「わん!」


 私は、フェンをひょいと小脇に抱えると、音を立てずに窓を開け、中庭へと軽やかに飛び降りた。

 そして、庭師が手入れのために使う、生垣の迷路の中へと、その姿をくらませる。

 背後で、残された見張りが、「あ、アリア殿!? どこへ!?」と、間抜けな声を上げているのが聞こえたけれど、知ったことか。

 私たちは、一度も振り返ることなく、まるで熟練の間者のように、城の敷地を抜け出し、喧騒に満ちた城下町へと、その姿を消したのだった。



「きゃっほー! 自由よ、フェン!」


 王城の堅苦しい空気から解放された私は、思わず、そんな歓声を上げていた。

 私たちの目の前には、貴族たちが住む洗練された地区とは、全く違う世界が広がっている。

 石畳の道は、多くの人々の往来で少しばかり黒ずみ、道の両脇には、大小様々な店が、これでもかと軒を連ねている。八百屋の威勢のいい掛け声、鍛冶屋の炉から聞こえるリズミカルな槌の音、そして、どこからともなく漂ってくる、様々な食べ物の、食欲をそそる匂い。

 活気と、熱気と、人々の生活の匂い。

 それらがごちゃ混ぜになった、エネルギッシュな空気。

 これだ。これこそが、私が求めていたもの。


「わふっ! くんくん……わふぅ!」


 私の足元で、フェンも、初めて嗅ぐ様々な美味しそうな匂いに、完全に理性を失っていた。その銀色の尻尾は、もはやプロペラのように高速で回転し、大きな黒い瞳は、好奇心でらんらんと輝いている。


(ふふっ、まるでゲームの、お祭りイベントエリアみたいね。これは、攻略しがいがありそうだわ!)


 私のゲーマー魂と、食いしん坊魂が、同時に燃え上がっていた。

 私たちは、人々の波に乗りながら、まずは市場のメインストリートらしき、一番賑やかな通りへと足を踏み入れた。


「さあ、フェン! 王都のB級グルメ、食べ尽くすわよ!」


 私の宣言に、フェンも待ってましたとばかりに、「わふん!」と高らかに吠えた。

 私たちの、ささやかで、しかし最高に贅沢な冒険が、今、始まった。



 まず、私たちの鼻を捕らえたのは、抗いがたいほどに香ばしい、肉の焼ける匂いだった。

 匂いの発生源は、通りに面した一軒の屋台。

 大きな鉄板の上で、分厚く切られた猪の肉や、鳥のモモ肉が、じゅうじゅうと音を立てて焼かれている。滴り落ちた脂が、炭火に落ちて、ぱちぱちと小気味よい音と、白い煙を上げていた。

 その煙に乗って運ばれてくる、甘辛いタレの焦げる匂い。

 もう、ダメだ。我慢の限界だ。


「おじさん、これ、一本くださいな!」


「へい、毎度あり! 嬢ちゃん、いい匂いに釣られたね!」


 屋台の主である、日に焼けた、人の良さそうなおじさんが、にかりと歯を見せて笑った。

 彼は、焼きあがったばかりの、一番大きな猪肉の串焼きを、手際よく紙に包んで、私に手渡してくれた。

 ずしり、とした重み。そして、手のひらに伝わる、熱々の温度。


「わふぅぅぅ……」


 私の足元で、フェンが、その串焼きを、まるで世界で一番尊いものでも見つめるかのような、熱烈な視線で、じっと見上げている。その口元から、一筋、たらりと、よだれが垂れているのが見えた。


「はいはい、あなたの分も、後でちゃんと買ってあげるから。まずは、私がお味見よ」


 私は、ふー、ふー、と息を吹きかけて、少しだけ冷ますと、思いっきり、その肉にかぶりついた。

 その瞬間。

 口いっぱいに、幸せが、洪水のように押し寄せてきた。


(……おいしい……!)


 表面は、炭火で焼かれたことで、ぱりっと香ばしい。けれど、一噛みすれば、中から、じゅわっ、と熱々の肉汁が溢れ出してくる。少しだけ濃いめの、甘辛いタレが、肉の旨味を、これでもかと引き立てている。少しだけ焦げた部分の、ほろ苦さが、また、いいアクセントになっている。

 公爵令嬢だった頃に、城で食べた、どんな高級なステーキよりも、ずっと、ずっと、美味しい。

 そこには、堅苦しいテーブルマナーも、銀のナイフもフォークもいらない。

 ただ、心の赴くままに、かぶりつく。

 この、野性的で、自由な味が、たまらない。

 私は、夢中になって、その串焼きを平らげた。


「ぷはーっ! ごちそうさまでした!」


「おう! いい食いっぷりだねえ!」


 おじさんに代金を払い、私たちは次の獲物を求めて、再び市場の喧騒の中へと歩き出した。

 次は、フェンの番だ。

 彼の優れた嗅覚が、甘くて、優しい香りを、正確に捉えていた。


「わんっ! わんっ!」


 フェンが、私のズボンの裾を、ぐいぐいと引っ張る。

 彼が導くままについていくと、そこにあったのは、小さなパン屋の屋台だった。

 店頭には、焼き立てのパンや、色とりどりの果物が乗ったお菓子が、ずらりと並んでいる。その中でも、ひときわ、フェンの目を引いたものがあった。

 それは、こんがりと焼かれた、丸いパン生地の上に、蜂蜜と、ナッツが、これでもかというくらい、たっぷりと乗せられた、甘い焼き菓子だった。


「あらあら、フェン。あなたは、甘いものがお好きなのね」


「くぅん!」


『これがいい! これが食べたい!』とでも言うように、フェンは、ぴょんぴょんと、その場で嬉しそうに飛び跳ねている。

 私は、その焼き菓子を一つ買うと、人通りの少ない、路地の隅へと移動した。


「はい、どうぞ。でも、その前に、ちょっとだけ、おまじないをかけさせてね」


 私は、焼き菓子に、そっと手をかざした。

 生活魔法、『浄化』。

 これで、もし、万が一、お腹に悪いものが入っていたとしても、安心だ。

 淡い光が、焼き菓子をふわりと包み込む。

 見た目には、何も変わらない。

 けれど、フェンには、その違いが分かるらしい。


「わふっ!」


 彼は、私が「よし」と言うのも待たずに、その焼き菓子に、ぱくり、と食いついた。

 その黒い瞳が、きらーん、と。

 まるで、漫画みたいに、星の形に輝いたのを、私は見逃さなかった。

 よほど美味しかったのか、そこからはもう夢中だった。


 さくさく、もぐもぐ。


 あっという間に、その大きな焼き菓子を平らげてしまうと、どこか物足りなさそうな顔で、ぺろりと口の周りを舐めている。

 そのあまりの可愛さに、私の口元が、自然と緩んだ。



 その後も、私たちのB級グルメ探訪は続いた。

 スパイスの効いた、ソーセージの盛り合わせ。

 とろとろのチーズがたっぷりとかかった、揚げたての芋。

 見たこともないような、真っ赤な果物を、その場で絞ってくれる、甘酸っぱいジュース。

 どれもこれも、貴族街の高級レストランでは、決して味わうことのできない、素朴で、力強くて、そして、心が躍るような美味しいものばかりだった。

 私たちは、すっかりお腹がいっぱいになると、市場の隅にある、小さな噴水の縁に腰掛けた。

 ちゃぷん、ちゃぷん、と。

 穏やかな水音が、周囲の喧騒を、少しだけ遠ざけてくれる。

 私の隣で、フェンも、満足げに舌を出しながら、気持ちよさそうに座っている。


(……ああ、なんて、贅沢なんだろう)


 私は、空になったジュースの木のコップを、ぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。

 本当の贅沢とは、高価な食材や、きらびやかな食器のことではない。

 こうして、好きなものを、好きな時に、好きなだけ、誰にも気兼ねすることなく、食べられる自由。

 隣には、世界で一番大切な相棒がいて、「おいしいね」って、顔を見合わせて笑い合える、この時間。

 それこそが、何物にも代えがたい、最高の宝物なのだ。

 堅苦しいお城の空気も、面倒な謁見も、そして、勝手に心労を重ねているらしい、あの王子様のことも。

 今の私にとっては、もう、どうでもいいことのように思えた。

 私の冒険は、誰かに評価されるためのものじゃない。

 ただ、私とフェンが、『楽しい』って、心から思えるかどうか。

 それだけが、唯一のルールなのだから。


「……ねえ、フェン」


 私は、隣でうとうとし始めている相棒の、もふもふの背中を、優しく撫でた。


「謁見が終わったら、すぐに、ギルド本部で、最高の冒険の情報を手に入れましょうね。そして、こんな息の詰まる街とは、さっさとおさらばして、私たちの、愛しの我が家へ帰りましょう」


「くぅん……」


 フェンは、私の言葉を理解したように、眠たげに、一声鳴いた。


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【お菓子作り/もふもふ/スローライフ】
お菓子作りのための追放スローライフ~婚約破棄された公爵令嬢は、規格外の土魔法でもふもふ聖獣やゴーレムと理想のパティスリーを開店します~


【化学調味料/飯テロ/日本食】
追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~


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