表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第四章:王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/64

第十九話:心霊現象(偽)

 王都までは、思っていたよりもずっと長い道のりだった。

 フロンティアの街を出てから、もう何日歩き続いただろうか。街道はよく整備されていて歩きやすいけれど、代わり映えのしない景色が続くと、さすがに少しだけ飽きてくる。のどかな田園風景が、どこまでもどこまでも続いている。


「わふーん……」


 私の隣を歩いていたフェンが、退屈そうに大きなあくびを一つした。その気持ちは、よく分かる。私も、そろそろどこか街に立ち寄って、美味しいものでも食べて、ふかふかのベッドで休みたかった。

 そんな私たちの願いが通じたのか、道の向こうに、小さな村の姿が見えてきた。煙突から立ち上る煙も見える。人の営みの匂いだ。


「フェン、見て! 村よ! きっと美味しいご飯にありつけるわ!」


「わんっ!」


 私の言葉に、さっきまでだらけきっていたフェンの耳がぴんと立ち、その銀色の尻尾がぶんぶんと期待に満ちて揺れ始めた。単純で、実に可愛らしい。

 私たちは逸る気持ちを抑えきれずに、少しだけ早足になってその村へと向かった。

 けれど。


「……あら?」


 村に近づくにつれて、私の心の中に、小さな違和感が芽生え始めていた。

 活気がないのだ。

 街道を歩いている時も、畑仕事をしている村人の姿をほとんど見かけなかった。村の入り口まで来たというのに、子供たちの遊ぶ声も、家畜の鳴き声も聞こえてこない。ただ、乾いた風が、ひゅう、と埃っぽい土を巻き上げていくだけ。


「くんくん……」


 フェンも、何かを感じ取ったらしい。期待に揺れていた尻尾はいつの間にかしょんぼりと垂れ下がり、不安そうに鼻をひくつかせている。彼が楽しみにしていた、パンの焼ける香ばしい匂いや、シチューの煮える美味しそうな匂いが、この村からは全くしてこないのだ。

 村の中は、まるで時間が止まってしまったかのように、静まり返っていた。

 道端には、力なく座り込んでいる老人の姿がちらほらと見える。家々の扉は固く閉ざされ、窓も雨戸が下ろされているところが多い。道行く人々は皆、痩せて、土気色の顔をしていて、その目には生気がなかった。


「……これは、ひどいわね」


 ぽつり、とそんな言葉が漏れた。

 どうやら、この村は何か大きな問題を抱えているらしい。

 私たちは、村に一軒だけある、小さな宿屋の扉を叩いた。中から出てきたのは、白髪頭の、皺だらけの顔をした宿屋の主人だった。彼もまた、他の村人たちと同じように、ひどく疲れ切った顔をしていた。


「旅の方かい? すまねえが、今、この村には、客人に食わせるようなもんは、何もねえだよ……」


 彼は、申し訳なさそうにそう言うと、乾いた咳を一つした。


「何かあったのですか? この村は、ひどく静かですけれど」


 私の問いに、主人は、諦めきったような、深いため息をついた。


「日照りさ。もう、何か月も、まともに雨が降ってねえ。畑はからからに干上がって、作物はみんな枯れちまった。井戸の水も、もう底をつきかけてる……」


 なるほど、飢饉か。

 それは、個人でどうこうできる問題ではない。


「王都に助けを求めたりはしなかったのですか?」


「したさ。何度もな。でも、お役人様が来てくれるのは、いつになることやら。それまで、わしらがもつかどうか……」


 彼の言葉には、深い絶望の色が滲んでいた。

 これでは、フェンが楽しみにしていた美味しい食事どころか、私たち自身の食料の補給もままならない。それは、非常に困る。


「……それだけでは、ないんでしょう?」


 私がそう尋ねると、主人は、びくり、と肩を揺らした。そして、まるで何かを恐れるかのように、周囲をきょろきょろと見回してから、声をひそめた。


「……あんた、冒険者かい?」


「ええ、まあ。一応は」


「だったら、この先の峠には、近づかねえ方がいい。……あそこには、山賊が出る」


「山賊……」


 ファンタジー世界における、お決まりの悪役の登場だ。


「ああ。それも、ただの追い剥ぎじゃねえ。何十人もいる、大規模なやつらだ。近隣の村々を襲っては、食料を根こそぎ奪っていく。あいつらが、峠の砦に立てこもってるせいで、わしらは街へ助けを求めに行くことも、食料を買い付けに行くこともできねえ。まさに、八方塞がりってわけさ」


 日照りで食料が育たない。

 やっと手に入れたわずかな食料も、山賊に奪われる。

 助けを呼ぶ道も、塞がれている。

 なるほど、これは確かに、絶望的な状況だ。

 村人たちが、生きる気力さえ失ってしまうのも、無理はない。



 その夜。

 私たちは、宿屋にある、埃っぽい一部屋を借りていた。

 夕食として出されたのは、水で薄めた、味のしない豆のスープと、手のひらほどの大きさの石みたいに硬い黒パンだけ。


「わふぅ……」


 私の足元で、フェンが悲しそうな声で、くんくんと鼻を鳴らしている。

 私は、そんな彼のために、こっそりと持参していた特製の干し肉を数枚、お皿に出してあげた。もちろん、浄化魔法をかけて、少しだけ水分を含ませて、柔らかくしてから。


「わふっ! わふっ!」


 フェンは、尻尾をちぎれんばかりに振りながら、夢中でその干し肉にかぶりついている。その幸せそうな顔を見ていると、少しだけ心が和む。

 でも、このままではいけない。

 私の保存食も、無限にあるわけではないのだから。


(……面倒なことになったわね)


 ぱち、ぱち、と。部屋の隅にある暖炉で、残り少ない薪が、か細い音を立てて爆ぜている。その小さな炎の揺らめきをぼんやりと眺めながら、私はこれからのことを考えていた。

 この村に長居はできない。

 かといって、このまま王都へ向かうにしても、あの山賊団がいる峠道を通らなければならない。

 下手に遭遇して、私たちの食料が狙われるなんてことになったら、それこそ最悪だ。戦闘になれば、勝てない相手ではないだろうけれど、無駄な戦闘は極力避けたい。疲れるし、何より、私の美学に反する。


 正義感から、この村を救ってあげようだなんて、そんな殊勝な考えは、私の中には一ミリたりとも存在しない。

 ただ、純粋に。

 『美味しいご飯が食べられないのは、大問題』であり、『自分たちの食料が狙われるのも、ひどく面倒』。

 私の動機は、常に、その二点だけだ。


(……でも、待てよ)


 この、二つの問題を、一気に解決できる方法が、あるんじゃないかしら?

 山賊を、峠の砦から追い出す。

 そうすれば、街道の安全は確保されるし、彼らが溜め込んでいる食料も、手に入るかもしれない。

 まさに、一石二鳥。


(よし、決めたわ)


 私の頭の中に、一つの、実にくだらない、しかし効果的な作戦が、閃光のようにきらめいた。

 前世で、夜な夜なやり込んだ、あのホラーゲームの知識。

 あれを、応用する時が来たようだ。


「……ふふっ」


 思わず、口元から、悪戯っぽい笑みがこぼれた。


「フェン、ちょっと、夜のお散歩に行きましょうか。面白いものが見られるかもしれないわよ」


「くぅん?」


 干し肉を平らげ、満足げにしていたフェンが、不思議そうな顔で、私のことを見上げてきた。



 月明かりもない、漆黒の夜。

 私は、フェンを村の宿屋に残し、単独で、例の峠道へと向かっていた。

 ひんやりとした夜風が、頬を撫でていく。どこか遠くで、夜行性の獣が、寂しげな声で鳴いていた。

 やがて、道の先に、巨大な影が見えてきた。

 山賊たちが根城にしているという、古い砦だ。

 見張り台には、松明の明かりがいくつか見え、時折、人影が動いているのが分かる。

 私は、物陰に身を隠し、砦の様子をじっくりと観察した。

 入り口の門は固く閉ざされ、その前では、屈強そうな見張りが二人、あくびをしながら立っている。


 正面から突破するのは、愚の骨頂だ。


(さて、と。始めましょうか。オペレーション『幽霊屋敷』、スタートよ)


 私は、にやりと笑うと、黒檀の杖を、そっと懐から取り出した。

 私の目的は、戦闘じゃない。

 彼らを、この砦から、綺麗さっぱり追い出すこと。

 そのために、最高のホラー演出を用意してあげるのだ。


 まずは、音響効果から。


 私は、目を閉じ、意識を集中させる。

 風魔法の応用。イメージするのは、砦全体を、一つの巨大な楽器と見立てること。壁の隙間を通り抜ける風の音をうまく活用するのだ。


 ひゅううううううううう……。


 すると、それまでただの風の音だったものが、まるで、誰かが悲しげに、低くうめいているかのような、不気味な音へと変わった。そのうめき声は、砦の石壁に反響し、どこからともなく聞こえてくるように、砦全体を包み込んでいく。


「……ん? なんだ、今の音……?」

「さあな……。風の音だろ……?」


 門の前にいた見張りの一人も、その不気味な音に気づいたらしい。きょろきょろと、不安そうに辺りを見回している。


(ふふっ、いい反応ね。次は、視覚効果といきましょうか)


 私は、今度は光の魔法を発動させる。

 イメージするのは、青白い、ぼんやりとした光の玉。いわゆる、『人魂』というやつだ。


 ぽん、ぽん、と。


 私の指先から、豆粒ほどの大きさの光の玉が、いくつも生み出される。

 そして、それらを、まるで生きているかのように、砦の城壁の上や、窓のない暗い部屋の奥で、ふらふらと、ゆっくりと漂わせる。


「お、おい! あれ、見ろよ! なんだ、あの光は……!」

「ひっ……!ひっ、ひっ……!?」


 見張りたちの声が、明らかに動揺で上ずり始めた。

 彼らが、砦の中にいる仲間を、大声で呼び始める。

 わらわらと、屈強そうな山賊たちが、何事かと砦の中から姿を現した。その誰もが、怪訝そうな顔で、砦の周りで起こっている奇妙な現象を見つめている。


(よし、役者は揃ったわね。それでは、メインディッシュといきましょうか!)


 私は、土魔法と水魔法を、同時に、そして精密にコントロールする。

 イメージするのは、砦の石壁の、その内部。

 石と石の隙間に、地下から吸い上げた水分と、鉄分を多く含んだ赤土を、混ぜ合わせる。そして、それを、じわじわと、壁の表面に、染み出させていくのだ。


 じわ…………。

 じわじわじわ…………。


 砦の、古びた石の壁。

 あちこちから。

 まるで、壁そのものが、内側から血を流しているかのように、どろりとした、赤黒い液体が、ゆっくりと、ゆっくりと、染み出し始めた。

 もちろん、それはただの泥水だ。

 けれど、松明の頼りない明かりの下では。

 それは、紛れもなく、本物の血のように見えただろう。


「な、な、な、なんだ、ありゃあああああああああああああっ!?」

「か、壁が……! 壁が、血を流してるぞおおおおおおおおっ!」

「ひいいいいいいいいいいいいっ! 呪いだ!この砦は、呪われてるんだ!」


 その、あまりにもおぞましく、そして非現実的な光景は、山賊たちの、なけなしの理性を、完全に粉砕した。

 彼らの間に、パニックという名の伝染病が、あっという間に広がっていく。


「だ、ダメだ! もう、こんなとこにいられるか!」

「逃げろ! 逃げろおおおおおおおっ!」


 誰かがそう叫んだのを皮切りに、山賊たちは、蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ出し始めた。

 武器も、鎧も、そして、あれだけ大事に溜め込んでいた食料も、全て放り出して。

 ただ、この呪われた砦から、一刻も早く逃げ出したい、その一心で。

 砦の門が、内側から勢いよく開け放たれ、男たちの、絶叫と、泣き声と、悲鳴がごちゃ混ぜになった、情けない声の洪水が、夜の闇の中へと吐き出されていく。

 私は、その一部始終を、物陰から、満足げに眺めていた。


(ふふん。どんな屈強な男でも、不条理な幽霊には勝てないものなのよ)


 前世のホラーゲーム制作者に心から感謝した。

 最高の攻略法を、ありがとう、と。



 山賊たちが、完全に姿を消したのを確認した後。

 私は、まるで自分の家のように、堂々と、砦の門をくぐった。

 中は、もぬけの殻だった。

 床には、彼らが慌てて落としていったのであろう、剣や斧が、無造作に転がっている。

 そして、砦の奥にある、貯蔵庫。

 その扉を開けた瞬間、私は、思わず、ほう、と感嘆の声を漏らした。

 そこには、まさしく、宝の山が眠っていた。

 干し肉、塩漬けの魚、小麦粉の袋、チーズの塊、そして、葡萄酒の樽。

 近隣の村々から奪ってきたのであろう、大量の食料が、天井までうず高く積まれていたのだ。


(これだけあれば、あの村の全員が、しばらくは食いっぱぐれることはないでしょうね)


 私は、満足げに一つ頷くと、砦を後にした。

 もちろん、食料には、指一本触れていない。

 村へと戻る道すがら、私は、羊皮紙の切れ端に、羽ペンで、簡単な置き手紙を書いた。


 『西の峠にある砦、幽霊が出るので無人になりました。ご自由にお使いください。食料もたくさん残っていますよ』


 そして、砦の簡単な見取り図も添えておく。

 村に戻ると、私は、その手紙を村長の家の古びた木の扉に、小さなナイフで突き刺しておいた。

 これで、私の仕事はおしまいだ。


 夜が明ける前に、私たちは、この村を立ち去る。

 誰に感謝される必要もない。

 ただ、快適な旅路が確保されれば、それで良かったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*
 ▼ 同じ作者の小説です ▼
 ご興味をお持ちいただければ幸いです♪
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*

【お菓子作り/もふもふ/スローライフ】
お菓子作りのための追放スローライフ~婚約破棄された公爵令嬢は、規格外の土魔法でもふもふ聖獣やゴーレムと理想のパティスリーを開店します~


【化学調味料/飯テロ/日本食】
追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~


*:・゜✧ ブックマークや評価、いつも励みになっています ✧・゜:*
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ