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追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第二章:湿地の迷宮

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第十一話: 最強武器は自作するに限ります

 ふかふかのベッドの上で目を覚ます、なんていうのは、もうすっかり日常になった。

 昨日手に入れたばかりの我が家の、まだ新しい木の匂いがする主寝室。窓の隙間から差し込む朝の光が、部屋の中の空気を蜂蜜色に染め上げている。小鳥のさえずりが、まるで天然の目覚ましみたいに優しく耳に届いた。

 硬い地面の上で焚き火を囲んで眠った森での数日間や、借り物の部屋だった宿屋での暮らしを思えば、ここは文句のつけようがないくらいに天国だ。


「くぅぅ……すぴー……」


 私の腕の中では、大きなベッドを独り占めすることにご満悦なフェンが、世界で一番幸せそうな寝息を立てている。昨日、お祝いに食べた特大のステーキの夢でも見ているのかもしれない。そのもふもふとした銀色の毛皮の温かさが、じんわりと伝わってくる。

 ああ、なんて平和なんだろう。

 公爵令嬢だった頃の、息が詰まるような朝とは大違いだ。侍女に起こされることもなければ、分刻みで決められた窮屈なスケジュールもない。

 全てが、私の自由。


(……最高すぎる)


 私はベッドからそっと抜け出すと、大きく伸びを一つした。新しい寝間着の、糊のきいていない柔らかな生地が肌に心地よい。

 窓を開け放つと、庭の芝生を濡らす朝露の匂いを乗せた、ひんやりと新鮮な風が部屋の中を吹き抜けていった。

 眼下には、昨日私が魔法で作ったばかりの、青々とした芝生の絨毯がどこまでも広がっている。まさに、絶景。


「わふん?」


 私がベッドからいなくなったことに気づいたのか、フェンがむくりと顔を上げた。まだ眠たいのか大きなあくびを一つして、不思議そうにこちらを見上げている。


「おはよう、フェン。よく眠れた?」


「わふん!」


 彼はこくりと頷くと、ベッドから軽やかに飛び降り、私の足にすり、と体を寄せてきた。それがたまらなく愛おしくて、私は彼の頭を優しく撫でた。

 私とフェンのための、お城。

 まだ家具はほとんどないけれど、がらんとしたこのだだっ広い空間が、これから私たちの思い出で少しずつ満たされていくのだと思うと、自然と笑みがこぼれてくる。


「さて、と」


 私はぱん、と自分の頬を軽く叩いて、気合を入れた。

 冒険者としてのランクもCに上がった。活動資金も、有り余るほど手に入った。

 次なる冒険へ……と行きたいところだけれど、その前に。

 今の私には、少しだけ足りないものがある。


「行こうか、フェン! 今日は、新しい『武器』の素材を探しに行くわよ!」


「わんっ!」


 私の高らかな宣言に、フェンも待ってましたとばかりに、元気よく一声鳴いたのだった。



 私たちが向かったのは、フロンティアの街の職人街と呼ばれる一角だった。

 石畳の道の両脇に、鍛冶屋の炉から立ち上る煙や、革なめし工房から漂ってくる独特の匂いが立ち込めている。カン、カン、とリズミカルに鉄を打つ音が、街の活気を物語っていた。

 その一角に、ひっそりと店を構える、一軒の木工工房。

 それが、私たちの目的地だった。


「ごめんくださいな」


 私が古びた木の扉を開けて声をかけると、店の奥から「へーい、今行くよー」と、気の抜けたような返事が返ってきた。

 店の中は、大小様々な木材や、作りかけの家具、そして芳しい木の香りで満ちていた。壁には、見たこともないような形のノコギリやカンナが、ずらりと並んでいる。

 やがて、店の奥から姿を現したのは、人の良さそうな笑顔を浮かべた、初老の男性だった。頭はつるりとしているけれど、その腕は木の年輪みたいにがっしりとしている。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん、うちは家具屋だが……何かお探しもんかい?」


「ええ。少し、特殊な木材を探しておりまして」


「特殊な木材、ねえ」


 店主のおじいさんは、私の身なりと、その足元でおとなしく控えているフェンを興味深そうに眺めると、にやりと笑った。


「あんた、冒険者だろ。それも、ただの冒険者じゃねえな。その立ち姿には、そこらのチンピラとは違う、芯みてえなもんが通ってらあ」


「まあ、お上手ですね」


「へっへっへ。この道何十年だ。人を見る目だけは、ちいとばかし自信があるんでな。して、その特殊な木材ってのは、一体何に使うんだい? 弓かい? それとも、杖かい?」


 さすがは職人、といったところか。私の目的を、ずばりと言い当ててきた。


「杖を作ろうかと思いまして。魔法の通りが良くて、軽くて、それでいて頑丈な木が欲しいのですけれど」


 私の言葉に、おじいさんは「ほう」と、白い眉をぴくりと動かした。


「魔法使いの杖、かい。そいつはまた、難しい注文だ。魔法の通りが良い木ってのは、大抵が脆いもんだ。逆に、頑丈な木は、魔力なんざ弾き返しちまう。その両方を兼ね備えた木なんてのは、そうそうありゃしねえよ」


「そこを何とか、お願いできませんでしょうか。お代は、いくらでもお支払いしますわ」


 私がそう言って、革袋の中の金貨をちらりと見せると、おじいさんの目がきらりと光った。


「……ふむ。まあ、なくも、ねえがな」


 彼は顎の髭をいじりながら、少しだけ考える素振りを見せた。


「店の奥に、一本だけ、とっておきのがある。わしの親父が、若い頃に、迷いの森の奥深くで偶然見つけたっていう、曰く付きの代物だ。あまりに硬すぎて、わしの腕じゃ加工もできねえから、ずっと飾りみてえになってたんだが……。あんたなら、あるいは、そいつを使いこなせるかもしれねえな」


 そう言うと、おじいさんは「ちと、待ってな」と、店の奥へと消えていった。

 しばらくして、よいしょ、よいしょ、と重そうな掛け声と共に、彼が一本の木材を抱えて戻ってくる。

 どすん、と。

 カウンターの上に置かれたその木材を見て、私は思わず、ほう、と小さな感嘆の声を漏らした。

 長さは、私の背丈の半分ほど。太さは、大人の手でようやく握れるくらい。

 その木は、まるで夜の闇をそのまま固めてしまったかのような、深く、吸い込まれるような黒色をしていた。表面は、磨き上げられた黒曜石のようにつるりとしていて、光をほとんど反射しない。


「こいつは、『夜想樹』って呼ばれてる木だ。夜にしか花を咲かせず、その幹は鋼よりも硬いと言われてる。普通の刃物じゃ、傷一つつけられねえよ」


「夜想樹……」


 初めて聞く名前だった。けれど、その木が、ただものではないことは、一目で分かった。

 私はおじいさんに断ってから、そっと、その黒い木肌に指先で触れてみた。

 ひんやりとした、滑らかな感触。

 そして、指先から、びりり、と微弱な静電気のようなものが伝わってくる。

 魔力だ。

 この木そのものが、膨大な魔力を内包している。それも、ひどく穏やかで、清浄な魔力を。


(……これだわ)


 直感した。

 私が求めていたのは、まさしくこれだ。

 これなら、私の常識外れの魔法にも、きっと耐えてくれる。それどころか、その効果を、何倍にも増幅してくれるに違いない。


「素晴らしいですわ。おじいさん、この木をいただけますか?」


「おう、いいとも。どうせ、わしには宝の持ち腐れだったんでな。あんたみたいな、腕の立つ魔法使いに使ってもらえるなら、こいつも喜ぶだろうよ」


 おじいさんは、にかりと笑って、そう言ってくれた。

 私は代金として、少し多めに金貨を弾む。おじいさんは「こんなにもらえねえよ!」と驚いていたけれど、これは情報料も込みだ。いい買い物ができた。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


「わふん!」


 私はその黒い木材を小脇に抱え、お礼を言って店を出た。

 フェンも、私がいいものを見つけたと分かったのか、嬉しそうに私の隣を歩いている。

 ずしり、とした重みが、腕に心地よい。

 さあ、家に帰って、早速、最高の杖作りに取り掛かるとしましょうか。



 その日の午後。

 私は、我が家の広大な庭の、ちょうど真ん中にいた。

 さんさんと降り注ぐ太陽の光が、青々とした芝生をきらきらと輝かせている。

 私の目の前には、あの『夜想樹』の木材が、どっしりと置かれている。

 少し離れた場所では、フェンが日向ぼっこをしながら、私の様子を興味深そうに眺めていた。その大きな黒い瞳が、「何が始まるんだ?」と、きらきらと輝いている。


「まあ、見てなさいな、フェン。これから、あなたの主人の、本気の物作りを見せてあげる」


 私はくすりと笑うと、まずは準備運動とばかりに、肩をぐるぐると回した。

 さて、と。

 まずは、この硬すぎる木材を、どうやって加工するか。

 おじいさんの言う通り、普通のナイフでは、おそらく刃がこぼれてしまうだろう。

 でも、私には、もっと便利な道具がある。


「こういう時は、やっぱり魔法の出番よね」


 私はしゃがみ込むと、夜想樹の木材に、そっと両手をかざした。

 目を閉じ、意識を集中させる。

 イメージするのは、杖の形。

 大袈裟な、いかにも『魔法使いの杖』といったデザインは、私の好みじゃない。

 もっと、シンプルで、機能的で、そして、美しいものがいい。

 長さは、懐にすっぽりと収まるくらい。ステッキ、と呼ぶには少し短いかもしれない。指揮者が持つ、タクトのような、そんなスマートな形状。

 グリップ部分は、私の手のひらに、吸い付くように馴染む曲線を描いて。

 先端は、魔力が収束しやすいように、少しだけ細く。


(よし、イメージは固まったわ)


 私は、ゆっくりと、自分の魔力を両方の手のひらから木材へと流し込んでいく。

 ただ、流し込むだけじゃない。

 風の魔法を応用し、魔力を、目には見えない、超高速で振動する刃へと変えるのだ。

 ゲームで言うところの、『ソニックカッター』みたいなもの。

 この、魔力の刃で、鋼よりも硬い夜想樹を、少しずつ、少しずつ、削り出していく。

 きぃぃぃぃぃん、と。

 私の手のひらと、木材の間から、金属を削るような、甲高い、しかし微かな音が聞こえ始めた。

 黒い木材の表面から、まるで粉雪のような、きらきらと光る黒い木屑が、ぱらぱらと舞い落ちていく。

 それは、気の遠くなるような、繊細な作業だった。

 少しでも魔力のコントロールを誤れば、木材に大きな傷をつけてしまうかもしれない。あるいは、せっかくの木材が、真っ二つに割れてしまう可能性だってある。

 私の額に、じわり、と汗が滲む。

 でも、不思議と、苦ではなかった。

 むしろ、楽しい。

 自分のイメージしたものが、少しずつ、少しずつ、形になっていく。

 この、ゼロから何かを生み出すという行為は、何物にも代えがたい、純粋な喜びに満ちていた。

 公爵令嬢だった頃には、決して味わうことのできなかった充実感。


 どれくらいの時間が、経っただろうか。

 太陽が、少しだけ西に傾き始めた頃。

 ついに、その杖は、完成した。


「……できた」


 ぽつり、と。

 私の口から、そんな言葉が漏れた。

 目の前には、私がイメージした通りの、一本の杖が横たわっている。

 長さは、三十センチほど。

 夜の闇を溶かし込んで磨き上げたような、深く、美しい艶のある黒色。

 グリップ部分は、私の手の大きさに合わせて、滑らかな曲線を描いている。

 装飾は、何もない。

 ただ、そのシンプルさが、逆に、この杖が持つ尋常ならざる気配を、際立たせているようだった。


「わふぅ……」


 いつの間にか、私のすぐそばまで来ていたフェンが、感心したように、ほう、とため息をついている。


「どう、フェン? なかなか、いい出来でしょう?」


「くぅん!」


 彼は、まるで「最高の出来じゃないか!」とでも言うように、私の顔と杖を交互に見比べながら、嬉しそうに一声鳴いた。

 私は、ゆっくりと、その完成したばかりの杖を、手に取ってみた。

 ひんやりとした、滑らかな感触。

 そして、驚くほど、手にしっくりと馴染む。

 まるで、最初から、私の体の一部だったみたいに。

 私が杖を握った、その瞬間。

 杖全体が、ぼう、と。

 一瞬だけ、淡い翠色の光を放った。

 それは、私の瞳と、同じ色だった。

 杖が、私を、主として認めた。

 そんな、確かな手応えがあった。


「……すごい」


 杖を握ったまま、私は試しに、ほんの少しだけ、魔力を流し込んでみる。

 すると、どうだろう。

 これまで、自分の体の中から、蛇口をひねるようにして出していた魔力が、まるで、高圧洗浄機のように、凄まじい勢いで杖の先端からほとばしり出たのだ。

 杖の先端に、ぱちぱち、と翠色の火花が散る。

 空気そのものが、魔力で満たされて、びりびりと震えているのが、肌で感じられた。


(これが……私だけの、専用の杖……!)


 これまでの私が、素手で戦う格闘家だったとすれば、今の私は、伝説の剣を手に入れた勇者だ。

 攻撃力が、段違いに跳ね上がっている。

 いや、攻撃力だけじゃない。

 魔法の、精密なコントロール。

 その効率。

 全てが、これまでの比ではなかった。


「よし、ちょっと、試してみましょうか」


 私は、にやりと笑うと、庭の隅にある、大きな岩をターゲットに定めた。

 私が、この家を買う前から、ずっとそこにあった岩だ。

 まずは、初級の風魔法、『風の刃』。

 これまでは、せいぜい、木の葉を切り裂く程度の、ささやかな威力しか出なかった魔法。

 私は、新しい杖の先端を、その岩に、ぴしりと向けた。


「『風の刃』!」


 ひゅんっ!


 杖の先端から放たれたのは、もはや『風の刃』と呼ぶには、あまりにも鋭すぎる、目には見えない真空の刃だった。

 その刃が、岩肌に触れた、次の瞬間。


 ずぱぁんっ!


 と。

 まるで、熱したナイフでバターを切るかのように、巨大な岩が、何の抵抗もなく、綺麗に真っ二つに断ち割られたのだ。

 その断面は、まるで鏡のように、滑らかだった。


「…………」

「…………わふん」


 私とフェンは、しばらく、そのあまりの光景に、ぽかん、と口を開けて、立ち尽くしてしまった。


(……や、やりすぎた……)


 思わず、乾いた笑いがこぼれる。

 これは、すごい。

 すごい、を通り越して、少しだけ、引いてしまうくらいの性能だ。

 この杖があれば、次のダンジョン攻略は、これまで以上に、楽しく、そして、派手なものになるに違いない。

 Cランクになった、今の私に、まさにうってつけの相棒だ。

 私は、手の中の黒い杖を、ぎゅっと握りしめた。

 頼りになる相棒が、また一人、増えた。

 この子がいれば、どんな困難なダンジョンだって、きっと、乗り越えていける。


「わふん!」


 私の決意を感じ取ったのか、フェンが、私の足元に駆け寄ってきて、力強く一声鳴いた。


 そうだね、フェン。

 のんびりした休日も、今日で終わり。

 明日からは、また、新しい冒険の始まり。


 私は、夕暮れに染まり始めた空を見上げた。

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【お菓子作り/もふもふ/スローライフ】
お菓子作りのための追放スローライフ~婚約破棄された公爵令嬢は、規格外の土魔法でもふもふ聖獣やゴーレムと理想のパティスリーを開店します~


【化学調味料/飯テロ/日本食】
追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~


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