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三者三様

 騒ぎになっている原因は、食堂という場所である事から、食い逃げだと思うけど、一先ず遠巻きに話を聴こうと、吹き抜けから顔を覗かせ、一階の様子を窺う。

「此処の鑑定を侮らないで下さい!」

 従業員の怒号が、他の部屋に居るお客さんに扉を開けさせた。

 押さえつけられている何者かは、足が二本で、ワイングラスの底を彷彿とさせる見た目をしており、目算になるけれど、私と同じ位の身長。

「すごいな、見た途端で分かるのか。」

 何者かが声を発した直後、足が収縮を始め、布だけを残して姿を消してしまった。

「どこ行った⁉」

 周囲を見渡すも、犯人らしい影は見つからず、従業員は、深くお辞儀をして謝罪する。

「皆様、申し訳ございません。無銭飲食の犯人を取り逃がしてしまい、皆様に多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。」

 その様子を見たお客さんの全てが、従業員を責める事も励ます事も無かった。

 忽然と姿を消したあの謎の人物は、おそらく、今此の国を騒がせている詐欺事件の犯人だと思うけれど、確証も追う手段も無い、何処に行ったかも不明で、私にはどうしようもない。

 只、此の国が鑑定に優れていて、偽物を直ぐに見破れる事くらい、あの犯人だって分かっていた筈。それなのに何故、偽札を使ったのだろう。

 辺りには、紙幣が散らばっていて、数人の従業員が、其れを片付けようと拾い集める。

 手早く掃除を済ませる従業員を横目に、階段を下り、ネフィルと一緒に席に着く。すると、掃除をしているのとは別のカプシンが私達の前にやって来て、陶器のグーセと言う、コップによく似た器を差し出し、両前脚から(ルコル)を注ぐ。

「お決まりの際は、挙手をお願いします。」

 お品書きを置いて、従業員は背を向ける。其の時には、もう掃除も終わっていて、疎らに埋まった席と、壁際に立っている従業員の他には、誰も居ない。

「ネフィル、どれ食べる?」

 お品書きを開いてみると、料理名と値段、そして写真が載っていた。此の世界にも、写真という文明が生まれていた事に驚いた。

「じゃあ、これ。」

 そう言ってネフィルが指したのは、黄色く膨らんだ膜の中に、白い粒がぎっしりと詰まった、見るからに柔らかそうな料理の写真。私の居た世界では、オムライスと呼ばれていた物に近い。でも、赤色が無く、別物だと分かる。

「じゃあ、私も其れにしようかな。」

 静かに手を挙げると、ネフィルの直ぐ後ろに居た獣族(スオリタ)がやって来て、注文を訊く。

「ご注文をどうぞ。」

「ケーチェの卵とじ(こめ)を二つ。」

「ありがとうございます。」

 ケーチェは、此の世界で言う所の鶏だ。見た目も、私の知る物と大分近い。そして、ご飯が在った。この場合は、お米が在った。

 ペイターの品名を人族語(シューガレーン)に直訳して注文したけど、伝わったみたいで安心した。けれど、ネフィルにとってはどれも、初めて見聞きする物ばかりだからか、表情には、不安が垣間見える。

 此の食堂は、結構遅くまで営業しているようだけど、時間や日付によって品物が変わったり、値段が安くなったりはしないらしく、常に一定の価格で決まった料理を出すので、常連になれば、お品書きを置かれる前に注文をしたりしている。

 数分経つと、頼んだ品が机に置かれ、立ち込める湯気と仄かな芳香が、私達の鼻とお腹を刺激する。

『いただきます。』

 手を合わせ、陶器のスクーと言う、スプーンによく似た食器で口へと運んで行く。すると、多少の違いは有っても、凄く馴染み深い味わいが広がり、ネフィルと共に、手が止まらなくなった。

 気付けば、皿の上には食べ残し一つ無くなり、机に置いてあった紙で口元を拭いて、ネフィルも私の動きを真似る。

 お腹を満たした私達は、部屋へと戻り、もう一度ベッドに座る。

「アイビー。」

「ん?何?」

 腰を下ろして直ぐにネフィルは、私に訊いてきた。

「宿の(従業員)、拾ってったお金、靄の烙印(カタル)、漏れてた。」

 ネフィルには、右目が無い代わりに、優れた洞察力を持っていて、私でも気が付かなかった所にも目が届く。

「漏れてたって、どうゆう事?」

「そのまま。お金の端、靄の烙印(カタル)、見えた。」

 ほんの僅かな時間しか映っていなかったと思うけれど、ネフィルには十分なのか。私は、落ちている物がお金だと、辛うじて認識出来る程度だというのに。

 現代の日本を生きていた私の視力は、裸眼で1.0だった。生活する上で不便は無かったし、あの環境に居ながら此の視力は、結構凄いと思う。

「ネフィルの視力ってどの位なの?」

「どの位って?」

 忘れていた。ネフィルは群れを追い出された身。普通に言葉を話せても、視力や聴力といった身体機能の確認をする機会が無かった。

「あー、いや、どの位遠くまで見える?」

 私の質問にネフィルは、窓の傍まで行き、外のお店を指差した。

「あの看板、ここから倍以上離れてても、多分見える。」

 宿屋の向かいにある料理屋まで、此処からだと、およそ10数mはありそうだ。どれだけ凝視しても、私には、大きく書かれた看板の文字に、目立った幾つかの傷や汚れを見つけるので限界。

「やっぱ、長い間樹海に居たから、そんなに視力が良いのかな?」

「アイビー、視力、悪いの?」

「ネフィルに比べたら、全然悪いね。」

 と言うか、ネフィルより視力良いとなると、何処の部族なんだって話だけど。

「ふーん。アイビー、僕と樹海いたのに、何で?」

「何でって言われても、狩りはネフィルがしていたし、遠くを見る習慣も無いから。」

 窓から離れ、部屋の電気を消そうと、ベッドの近くにあるスイッチに指を掛ける。

「じゃあ、もういい時間だから、電気消すよ?」

「うん。」

 瞼を下ろすと、不思議と用意に意識が遠のいていき、次に目を開けた時には、部屋全体が明るくなっていた。

 ネフィルは既に着替えまで終えており、私は、顔を洗うため、ベッドから降りて、洗面台に向かう。

「アイビー、どこ行く?」

「顔洗うの。目が覚めるから。」

 当然、此の世界に洗顔美容液の類は無いから、水だけで済ませる。

「ネフィルは顔洗った?」

 私の質問にネフィルは、黙って頷く。おそらく、樹海に居た時も、眠気覚ましに水浴びをしていたのだろう。

 顔を洗い終えた私は、着替えようと思うも、ネフィルの視線が気になる。

「何でずっとこっち見てるの?」

「他に見るもの無い。」

 それでも、女の着替えを見るのは、やめて欲しい。

「着替え終わるまで外見ててもらっていい?」

 私の質問に、またネフィルは黙って頷く。そして、窓の方へ歩いて行く姿を見て、私は着替えを進める。

 部屋を出て、前日に決めた雑貨屋と防具屋を目指す。ネフィルが寝ている間、事前に辿った道順をなぞって行き、無事到着。道中で会話は無く、ずっと手を繋いで横に居ただけ。

 逸れない様にする為でもあるけど、意外と緊張した。それは、異性と一緒に居るという、慣れない状況の所為だけではないと思う。

 先ずは、防具屋を訪れ、戸を開ける。店内は、和風と中華を混ぜた感じで、飾られている武器は、なんとなく見覚えがある物ばかり。例え異世界でも、武器の見た目に大差は無いみたい。

「いらっしゃいませ。」

 カプシンの店員さんは、落ち着いた声色の女性で、上体をネフィルに向けている。詐欺を危惧しているのかもしれないが、私達は善良なお客さんだ。何も心配せずとも、正当に買い物を済ませれば良いだけだ。

「アイビー、何買う?」

「短剣かな。重いのは持てないから。」

 店内にお客さんは、私達以外にも数人居て、一つ一つの武器を手に取り、吟味している。

「ネフィルは防具要らないの?」

「この手で必要?」

 右手を見せて、首を傾げるネフィルだが、私が訊いたのは、武器ではなく装備の方。

「身を護る道具は、手に持つ物だけじゃないよ。」

 そう言って私は、装備が並ぶ棚を指す。其処には、頭・胴体・腕・足といった護る箇所によって、種族別で飾られている。

 二足二腕種の装備に近づこうとした所で、ネフィルに袖を軽く引っ張られる。

「どうしたの?」

「…それ、要らないと思う。」

 一瞬疑問に思ったけれど、考えてみれば当然だ。ネフィルには、呪い被りの都合で、右手に防具を持つ事も、着ける事も出来ない。それに、ネフィルはかなり身軽なため、装備が有ると返って邪魔になる。

 皮装備も考えたが、値段が視界に入り、見なかった事にした。

「じゃあ、私用に何か買おうかな。」

「アイビー、いいの?」

 珍しく今日は、ネフィルが積極的に意見をくれる。其の事に僅かばかりの歓喜をしながらも、何食わぬ表情で訊き返す。

「どうゆうこと?」

「アイビー、生き返るのに、装備要る?」

「あ。」

 自分の呪い被りの事を完全に忘れていた。

「死に辛くなる意味、無い。」

 確かにその通りだ。仮に装備を固めて、死にそうになっても、生き残る確率が上がったら、只私が長く苦しむ羽目に遭いそうだ。

 結果、私用の短剣を予備も含めて3つ購入し、店を出る。そして、雑貨屋に向かって再び歩く。大した距離ではないが、一応手を繋ぐ。

 またも、会話が無いまま到着し、戸を開ける。中は、さっきと違って、民家のようにすら感じる。

 雑貨は、種族が関係ないため、物で分けられている。其のおかげで、目当ての物が直ぐに見つかる。此処で私が買うのは、”ちゃんとした”鞄だ。

「長い旅になるだろうから、大きい方が良いけど、入れる物で分けるとしたら…。」

 私が今後の事も踏まえて、真剣に悩んでいる様子をネフィルは、後ろから眺めている。

「旅で使うなら、2から4つ持っておくといいですよ。」

 私の横から声が聞こえ、そっちに顔を向ける。声の主は、マイサという二足四腕種の女性。

 背丈は、私と殆ど同じ。全身に薄い茶色の毛が生えており、顔の横に有る耳は、頭の方へと伸びている。

「二人旅なら、2つで足りると思いますよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 目の前に居る此の女性は、おそらくお客さんだ。私のことを見かねて、教えてくれたのかもしれない。

 そして、肩掛け型と背負い型を1つずつ買い、早速、服に包まれた皮を移し替え、肩に掛ける。背負い型は一先ず、ネフィルに預けて、宿屋に戻ったら荷物をまとめよう。

 ついでに財布も買って、ガーロ通貨もきちんとしまう。

「実は、旅を始めたばかりで、悩んでいたんです。助かりました。」

「どういたしまして。これから色々在ると思うけど、気を付けてくださいね。」

 女性にお礼を言い、別れようとした時だった。

「アイビー。」

 ネフィルが私の前に立ち、女性の顔を見遣る。

靄の烙印(カタル)、漏れてる。あなた、姿、隠してるな。」

 其の発言に、思わず声が出そうになった所で、女性の口が先に開く。

「ごめんなさい。人族語(シューガレーン)は分からないんです。」

「すみません。此の子が言うには、貴方が呪い被りで、姿を偽っていると。…ちょっとネフィル⁉」

 慌てて女性に説明をし、ネフィルを呼び寄せようとした。

「その子、良い観察力ですね。1つしか目が無いとは思えない。」

 女性はそう言うと、上部左腕の肘から、黒い粒子が流れ出し、空気中に溶け始めた。

 種族:カプシン

言語はケーペレといい、昔から、他者を重んじる風潮があり、より丁寧な言葉遣いへと変化していった。

体には毛が無く、基本四足二腕種として扱われるが、場合によっては、二足四腕にも、六足にもなる。

個体の違いは、下腰(かよう)に在り、雄は膨らんでいる。

菜食文化の影響から、果物といった木の実しか食べられない。

発声器官は、上腰(じょうよう)腹部に在り、食事は、腕を差し込んで行う。

腕は、末端から順に、先腕(せんわん)、前腕、中腕(ちゅうわん)、上腕と関節毎に四つの部位に分かれている。

自動で完璧な翻訳が出来てしまう故、アイビーは、瞬時に言語の違いを把握するのが困難。

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