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生まれる懐疑

 門を通り、一歩足を地面に付けると、アスファルトに少しだけ弾力を追加したような慣れない感触が足に伝わる。先程までいた土地より遥かに動きやすいけれど、たった一つの柵で区切られているだけで、こうも変わってくる物なのだろうか。

「この世界、毎回こんな感じの急変ぶりなのかな?」

 まだまだ勝手を掴むのには、時間が掛かりそうだけど、そうは言ってられない。度重なる疲労と遅い時間なのもあって、とっても眠い。しかし、お金は無い。

「今日は、野宿することになりそう…。」

 私は、大きく溜息を吐く。

 真夜中なので、当然お店は開いていないし、通行人もほとんどいない。でも、ある意味では良かったのかもしれない。どこに何があるのか、事前に把握が出来るし、土地に慣れるのに時間を掛けられる。

 そう思うと、徐々に気持ちは軽くなっていき、静かな空間が返って楽しくなってきた。突然ホームレスになって、初めての夜も、思いの外乗り越えられそうだ。

 それほど道は入り組んでいないから、迷うことは無さそう。ただ、道幅が広く、人がいないから、どうゆう通行の仕方が正しいのか、この整備された道に車は走っているのか、普段どれくらいの人が通るのかなどがわからない。

 そして、お店の中が見れないから、それぞれ何のお店なのかの確認もできない。

「まあ、私お金無いから、確認できてもどうしようもないけど。」

 とりあえず、入り口近辺の様子から探っていこうと決めた矢先、門の正面の道を少し進んだ所に、掲示板のような物が見えた。寄ってみると、四つの言語で「ご自由にどうぞ」と書かれており、その隣には、折り畳まれた紙が束になって用意されている。

 一つ手に取り、広げてみると、この地方の地図だった。正直、拍子抜けした。私の決意は何処(いずこ)に…。何にせよ、土地の情報を少しでも得られたのは大きい。

 ご丁寧にも、この地図に書かれているお店は、営業時間まで書かれている。そして、お店の入り口近くには、必ず時計があり、お店によって個性が出ている。その他にも、街の至る所に設置されていて、今が何時か直ぐに確認できる。もう午前の2時を指している。

 そういえば、他の言語が読める。街に充満している妙な雰囲気に飲まれて、一瞬見落としていた。この地図も、それを取った掲示板にも多言語で書かれている。

「どれも見たこと無い文字の筈なのに、全部わかる…。」

 私は、この世界に来て、初めて自分に備わった能力を誇らしく思えた。活用しやすような能力がやっと見つかった。

「私には、語学の勉強は要らないんだ。それが分かっただけでも、かなりの収穫だ。」

 とは言え、今は食べる物も、泊まる宿も無い状態。それに、喉が渇いた。ここまで、飲まず食わずだし、色々あって疲れた。休みたい。

 野宿することは確定としても、ある程度の防寒ができる所で、寝ていても人の迷惑にならないような場所は何処かにないものだろうか。

 しばらく歩き回っていると、本格的に喉の渇きに耐えられなくなり、皮膚も乾燥してきた。どうにも、この街には路地が無いようで、休めそうな場所が見つからない。

「まあ、冷静に考えてみれば当たり前か。野宿を想定した街づくりなんてしないよね。」

 家やお店の間は、通り抜けができる程広くないし、道で寝ている人もいない。この街は、治安がいいのかな。

 そろそろ、頭も回らなくなってきた。掻いた汗で体も冷えて、動くのも怠くなってきた。いっそのこと、この場で寝てしまおう。

 もう私には、マナーや尊厳を気にするだけの余裕は無くなり、思考回路も機能しなくなっていた。そして、私の体は地べたに横たわり、大の字になって、空を眺める。「ああ、星が綺麗に見える。」そう思えるだけの余裕はあったみたいだ。そこで私の意識は遥か遠くへ行ってしまった。

 気が付いた時には、地べたで大の字になって横たわる私の姿が見えた。

「ああ、私、幽体離脱してんのかな。」

 そんなことを口走り、私は、私の頬に触れる。

(さわ)れる…。」

 二回程瞬きをした私は、声を漏らした。幽体離脱などしていない。単に、私の呪い被りがまた発動しただけだ。

 喉の渇きや眠気、服に染み付いた筈の汗さえも無くなり、体調は至って正常。理屈がわからない。体はともかく、どうして服まで復元されるのだろう。

 時計を確認してみると、午前の4時36分を指していて、およそ二時間経過していた。

「この死体、どうしよ。」

 目の前に転がる自分の遺体を正しく処理する方法って何だろう。戸惑ったところで、放置するわけにもいかないし、どこかに運び出さないと。

 自分の遺体は意外と重くて、ちょっとだけ悲しくなった。何故、こんな思いをしてまで一日を乗り切らないといけないんだろう。そう心の中で文句を垂れ流す。

 背中には、冷たい感触が伝わってくる。決してそれは、遺体の着ている服が濡れているからだけじゃない。死体の体温が疾うに無くなっている事と、私が私自身の死体を運んでいるという恐怖から、肝も同時に冷やされているからだ。

「ほんとに、どうすりゃいいの?これ。」

 空が明るくなり始めてきた。もし、こんなところを人に見られたら、何て説明すればいいのか。駄目だ誤魔化しようがない。急がなくては。せめてこれを隠せる場所くらいは見つけたい。

「これじゃあ私、まるっきり犯罪者じゃん。」

 異世界に来て、経験したくもない緊張を味わっている。元居た世界でも経験したことがない、というより、できない感情が私の中で(ひし)めき合っている。

 死体を処理する手段に頭がいっぱいで、忘れていた。私は地図を持っている。これで確認すれば、何か糸口が見つかるかもしれない。

 そうして広げた地図には、焼却炉の場所が書かれていた。残念ながら、本当にこの街には、路地が一つも無かったことも確認できた。

「急いで向かおう。」

 少々重たい体を背負って、焼却炉のある場所へと駆けていく。さっきまで、日の光の明るさだけが届いていたが、今は、光源の形が少しずつ見えてきた。

 無事、誰にも見つからず到着し、処分できた。気にすることが多すぎる。こんなに後が面倒なら、下手に死ねない。

「まだ手や背中に感触が残ってる…。」

 消えた体温と乾燥した皮膚。死因は、低体温症か、脱水症状か。どちらにしろ、遺体の処理は面倒くさい。

「これから先、こんなことの連続なのかな…。」

 そう思うと正直、元の世界に帰りたい。私が居なくなって、お母さんはどうしてるかな。

「ん?今気付いたけど、お腹が減ってない。」

 死ぬ前は、飲まず食わずで動き回ったから、お腹減ってたのに、今はそうでもない。満腹、というと少し違うけど、とにかく空腹ではなくなった。

「ひょっとして、私お金なくても生きてはいける?」

 喉もお腹も服も、死んで復活したら、元通りになっているわけだし、そんなに急いで稼ぐ必要もないのではないか。ただ、もしもの場合を考えて、用意しておいて損はないだろう。それに、そんな人間離れした存在にはなりたくない。

 日の出の時刻がやってきた。この世界でも太陽は存在している。尤も、この国では”太陽”とは呼ばないようで、”ソタ”というらしい。そして、日の出や夜明けではなく、ヒガトリ時間という言い方がされている。

 私が焼却炉を後に歩き始めると、少しずつ街中に人が出てきた。地図に書かれた営業時間は、今からそれ程余裕はない。そのはずだが、皆慌てるどころか、のんびりと開店準備をしている。元居た世界の常識で考えると、この時間帯にお店の人が出てくるのは、大分遅い。

 仕入れや競売、店員は色々やることがあるはず。飲食店じゃなくても、一つ一つの店の営業時間と開店準備をする時間との幅が無さすぎる。この世界では、これが当たり前なのだろうか。

「処理してる時、誰にも見つからなかったの、ほぼ奇跡だったんだ。」

 下手したら、誰かに死体を運んでいるところを見られていた可能性があったのか。それどころか、道端で死んでいるところに出くわしていたことも考えられる。それを思うと、恐ろしくて堪らない。

 街灯の明るさが、次第にソタの明るさにかき消され、お店の人以外の通行人が、何処からとも無く流れるようになってきた。

 どれだけ人が姿を見せようとも、今の私に当ては無い。何をしようにも、私は何も持っていない。この世界に来た時から、お金も、スマホも、鞄も何もかもが無くなっている。

 私に残っているのは、変な能力と翻訳能力だけ。翻訳は使えそうだけど、復活の能力は、この世界で生かせるのだろうか。

 そもそも、この能力を復活と呼んでいいものか。この能力、復活と言うには、別の肉体で蘇っている。でも、確かに生き返ってはいる。どう表現しよう。

「まあ、後でいいか。」

 だらだらと街中を散歩していると、川に差し掛かった。この世界に来て、初めての自然を見つけた。しかし、川の周りには、人為的に作られた堤防が見えており、あまり自然という感じがしない。

 しばらくこの街を散歩して、気付いたことが三つある。一つ目は、街並み。

 カララでは、民家や娯楽施設が立ち並んでいたが、この街、クウクでは、商店や食品工場ばかりが建っている。

 家とお店を兼ねた所や、お店の真横に家があったりはするが、何処も商売で染まっている。道が整備されているのは、この街の物流が多く、荷車の動かし易さから来ているのだろう。

 二つ目は、お店の従業員。”人”が従業員として働いている場所は、多くない。

 カララでもよく見かけていた、人以外の種族。その見た目は、獣のような者もいれば、虫に近い者もいるが、そのほとんどは、サイズ以外人からかけ離れた、見たこと無い外見をしている。

 クウクで働いている多くは、グラニという種族で、特徴としては、灰色の肌、四本の足、二本の腕、肘と膝の先以外に生えている固く短い毛。顔は犬に近いが、髭は無い。毛の色には個体差があるが、比較的薄灰色が多い。

 服は、男女共に下半身のみ着用しており、お店によっては、制服であろう前掛けを着ていたり、いなかったり。

 三つ目は、営業方法。ほとんどのお店が店頭販売をしてる。見える範囲の情報としては、長期保存可能な食品やある程度外で放置しても平気なものが販売されており、飲食店などは、あくまで交流の場として用意されているように見受けられる。

 室内で販売をしているのは、日持ちしない食べ物や高級装飾品、その他武具など。

 この世界では、目的の有無に関係なく、冒険をしている人は結構いるらしい。そのため、自衛を目的とした武器の所持は、世界中で認められている。

 どこの国も安全とは限らないのが常識で、無防備なのは、かなり危険なようだが、私は何故か無事だ。身を守る術くらいは欲しいけど、生憎、今の私が差し出せる物は、着ている服くらい。

 そうだ。私が復活したら、私の死体から服を取って、売ったらどうだろう。じゃあ、まずは私が死ぬための道具が必要か。

 無いから不可能。駄目だ。そもそも、道具があっても、私に自殺する勇気はないし、初めから無理か。

 私の中で、勝手に諦めがついた時だった。少し先のお店に影が見えた。その影は、窓を割り、中へ入っていった。

「あれ、空き巣⁉」

 瞬時に理解した。そして、その影の手慣れている様子から、今まで、家の横で販売をしている店舗に狙いを定めて、多数の盗みを行ってきたのが見受けられた。

 これは、止めに行くべきなのか?でも、あの火事のことがあるし、また在らぬ疑いをかけられるかも。だからと言って、動かなければ、あの家が被害に遭ってしまう。私は、それを見す見す逃していいのか?

「情けは人の為ならず。人にした良い事は、いつか自分に返ってくるものよ。」

 頭の中で、お母さんの声が流れる。

 そうだ。何を迷っていたんだ私は。お母さんがよく口にした言葉を思い出せ。見返りを求めてはいけない。行動あるのみ。

 そう決意した私は、空き巣被害に遭っている家に直行した。

 地域:クウク

カララの更に東に位置する街。

商売や物づくりが盛んで、別名、商業の心廻りと呼ばれている。

時間に厳粛な街で、開店時間や閉店時間がずれることは、まずない。

街中を常に荷車が走っているのは、閉店後、それぞれの店を訪れ、翌日以降の店頭に並べる商品を注文してもらい、それを多くの荷車が届けている、通信販売システム。因みに着払い。

カララ以外に隣接している街は無く、他方向は、樹海と川に囲まれている。

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