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親切の向こうには

 橙色に囲まれる中、私は急いでフラを探しに向かう。どこにいるかも分からない、赤の他人の息子を探すのに躍起になって、炎の中に突っ込んでいく。

 階段は既に崩落しており、二階に上がるのは断念せざるを得なくなっていた。仕方がないので、まず一階を探すことにする。

「フラくーん!どこにいるのー!」

 煙を吸ってしまい、盛大に噎せるも、絶えず呼び続ける。名前も素性も知らない赤の他人の子を懸命に探す。

 次第に意識が遠のいていく。おそらく一酸化炭素中毒だ。体に力が入らなくなり、また私は死に至る。そして、また蘇る。

「フラくーん!返事してー!」

 早くしなければ、間に合わなくなる。焦った私を嘲笑うように、天井の一部がまた崩落して、私を下敷きにする。

 当たり所が良かったと言うべきか、悪かったと言うべきか、意識が残っている。死に至らなかったのだ。

「急いでいるのに!」

 下半身が動かない。痛い。熱い。苦しい。左手の感覚も無くなり、時間を取られる。

 脱出に手間取っている私の右手の近くに木片が落ちているのを発見する。私は、その木片を拾い、自分の首に突き立てた。周りの熱と腰から下の激痛で、首に伝わる痛みは気にならなかった。

 もう一度私は死に、生き返った。死体から流れる黒い粒子が、頭の傍で足から形を成していき、私の全身を再現させる。

 意識が蘇った際、頭の中も整理されたようにすっきりとしていた。

「広い家ではないし、これだけ探しても見つからないということは、やっぱ二階か…。」

 しかし、階段は瓦解した後。上がる手立てが無いため、困り果てたが、足元に転がる私の死体を見て、決心する。階段のあったとこまで移動し、死体の右手から回収した木片を再度首に突き立てる。

 復活しては、もう一度死んでを繰り返し、屍の山を築く。そして、その山を踏んずけて二階まで上がる。

 あちこちに穴が開いていて、歩くにはあまりに不向きな状況だ。それでもまた名前を呼んで探す。

「フラくーん!いたら返事してー!」

 二階に上がって近づいたからか、僅かな声量で、掠れながらも必死に振り絞った、消え入るような声でも聞くことができた。

「た…すけて…。」

 声のする方へ駆け出すと、床が抜け、一階へ落下する。咄嗟の出来事で受け身を取る余裕がなく、頭を打ち付けてしまい、意識を失う。しかし、黒い粒子は流れてこなかった。

 どうやら、死に至るほどの衝撃は無かったようで、辛うじて生き残ってしまったのだ。それでも、私が意識を失っていることに変わりはなく、迫り来る炎に抱かれている状況になっても、私の眼は開かない。

 跡形もなく、消し炭になった後で、私の体が焼けた地点から黒い粒子が流れてきた。そしてまた、私の体を再現する。

「ん?はっ!フラくん⁉」

 体が復活したことで、私は意識を取り戻した。そして、死ぬ前のことを思い出す。もう一度二階に上がろうと、階段の方を見たら、私の死体は、橙色の高い柱を築いていた。「もう上がれない。」そう絶望していた私の頭上では、天井が崩れ始め、危うくもう一度下敷きになるところだった。

 崩れてきた天井に潰されないよう、灼熱の中を歩く。声が聞こえた地点の真下へ移動する。次第に呼吸することも困難になり、頭痛や吐き気に見舞われながら、何とか二本足で立てている。

 天井が崩落したその時、降ってきた木片の中に人影があるのを発見した。

「危ない!」

 身を挺して人影を抱え込む。壁際にあるタンスに頭から激突してしまったけれど、腕の中には、子供の姿があった。おそらくこの子があの人の息子であるフラくんだろう。

「急いでここを脱出しないと。」

 二つの頭痛に苦しみながらも、玄関に向かう。あと少しで外に出れそうだと思ったその瞬間、またも天井が落下してきて、私諸共潰しに来た。

 私は、フラくんを出口に向けて放り、また下敷きになった。そして、復活して直ぐにフラくんを抱えて外に出た。

 外に出ると、あの母親が私に駆け寄って来た。

「フラ!大丈夫?怪我してない?」

「大丈夫です。今は意識失っているだけで、時間が経てば、良くなると思いますよ。」

 涙を流して子供を抱きしめる母親に、思わず自分の母を重ねて見てしまった。それが失敗だったかもしれない。

「…あなた、火に入ったにしては綺麗すぎない?」

 私は、脱出の直前で死んだから、少し服が汚れた程度で済んだが、フラくんは違った。顔や服には煤汚れが付いて、広い範囲で火傷を負い、服の半分以上が焼けていた。

 ぱっと見では、妙に身綺麗な状態で出てきた私が怪しく見える。どう説明しよう。

「あなたまさか、僕の息子のフラを盾にしたの⁉」

「そんなことしてません!」

 どんなに弁明しても、この状況で私を信じてくれる人は誰もいない。当然だ。見ず知らずの人が火事の現場に立ち会い、子供を救出したと思ったら、その子供が大怪我をしているのだから、私を擁護できる筈がない。

「必死になって、余計怪しい。」

「子供を助けたのは立派だけど…。」

「もしかして、火事から子供を救った英雄気取りたいとか?」

 皆の刺すような視線に耐えられない。私は何度も死んだのにこの仕打ち。私が飛び込んだ家はもう焼け落ちて、炭になっているから、私の死体も残っていないだろう。

 母親の表情は、疑惑から憤慨へと変わっていた。子供を私から遠ざけるように抱え、一瞥した後、足早に去って行った。

 周りの反応に苛まれた私の喉は、声を出すことを諦めていた。歯を食いしばり、走ってその場を後にした。一刻も早く、あの視線から逃れたかった。

 どれほど走ったのだろう。時間も体力も忘れ、ただひたすら道なりに、街中を全力疾走して、気が付くと、視界に映っているのは、地面の土と私の手だけ。

「なんで…なんで…。」

 どうしてこんな思いをしなければならないのか。私は、間違った事はしていない筈。人の命を救う行いをしたのだ。

 助けて良かったと思いたい。私は正しい行いをしたと確信したい。見返りとかは要らないから、ただ、私が間違っていないと証明して欲しい。

 息も絶え絶えに、一人地面に四つん這いになって嘆く。どうしようもない孤立感が伸し掛かる。

「私…どうするのが正解だったの…。教えてよ、お母さん…。」

 私の眼には涙が溜まり、今にも流れてしまいそうだった所を擦る。

 赤らんだ瞳を抱えながら、顔と腰を上げる。ここは居心地が悪くて、長居したくない。

「この街の外はどこだろ。」

 外を目指すのと同時に、この世界でお金を稼ぐ方法を探さないと。どうやらこの世界には、ギルドのように冒険者を扱っている施設は存在していないようだから、早いうちに懐事情を何とかしなければ。

 物々交換をしている店もあれば、分かり易くお金で取り扱う店もあるため、稼ぎ口は確保しておいた方が無難だ。幸いにもこの世界では、男女の労働に関する価値観が逆で、女性が働き手の家庭が多く、風俗などの夜のお店も女性向けの店舗が多い。

 そういえば、この国の言葉は理解できるし、話すこともできるけど、他の国の言語はどうだろう。

 疑問に思っても、図書館はもう閉まっているため、確認のしようが無い。そして、今日泊まる宿もお金も無いため、八方塞がりだ。

 仮にお金を持っていたとしても、この街で宿泊できるだろうか。ついさっき、火事で子供を盾にした疑惑を掛けられたばかりの人を泊めてくれる宿はあるのかな。

「ん?柵?」

 ぼんやりと考え事をしていると、いつの間にか境界に差し掛かってしまい、カララの端まで来ていた。

「この先は、何て名前の地方なのかな。」

 当面は向こうで過ごそう。ここよりは安心して生きていられそうだ。

 この柵をそのまま越えてもいいのか分からない。この世界の常識を知らない私からすれば、迂闊に行動ができない。

 とりあえず、柵に沿って付近を探ろう。

 向こうに広がる景色は、私がこのカララという地方よりも、さらに時代を進めたようで、道が整備されている。

「向こうの地方は、カララよりも技術が発達しているのかな?」

 歩いていくと、小さな門が見えてきた。その門に番は居らず、自由に通り抜けることができた。私は、門を通り、カララの外に出た。ここが何て地方なのか、お金を稼ぐ手立てがあるのか、私の呪い被りについて詳しく知れるのか、一抹の不安と一縷の期待を胸に、踏み出す。

 特性:呪い被り

ソラニでは、呪いの一種と認定され命名された。

一方で、ある国では神の祝福とされており、呼び方も異なる。

本来、体から黒い粒子が出続けて、他の一部が欠損していることが特徴。

遺伝性はなく、突然変異とも考えられているが、真実は定かではない。

強力な特殊能力を所持していることから、迫害や処刑の対象とする国がある。

反対に、生まれた時から丁重に扱われ、国王になる権利を与える国も存在する。

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