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真と偽

 仮面を付けていて、どんな目をしているのは確認ができないが、右の頬を中心に漂うカタルは、上は右目横まで、下は首を過ぎ、服の中まで伸びていた。

「あのカタルって、まさか。」

 私には、心当たりがあった。キブさんの話に出てきた、キュッサさんで間違いないだろう。だけど、一応周りに訊く。

「あの、すみません。あの方はだれですか?」

 数人に訊いてみたところ、皆彼女の名前は知らないらしく、怪我人や病人がいると、通報するよりも早く駆け付け、治療が終わると足早に去ってしまう謎の人物とのこと。

 そして、後日治療を受けた者の家には、治療費の請求書が届いているそう。

 一体どこで暮らしているのか、いつから住んでいるのか、なぜこのような活動をしているのか、請求したお金は何に使っているのか等、あらゆるものが不明。

 私は、高笑いをしながら、建物の屋根を走り去っていく彼女の背中を眺めていることしか出来なかった。

 その身のこなしは、同じ人族とは到底思えず、別次元の存在のようにすら感じる。

「追う?」

 もう姿が見えなくなったのに、ネフィルがいつもの調子で言ってきた。特に追いかける意味も理由も無かったから、

「必要無いよ。」と伝え、二名を宿へ連れて戻ってきた。

 私達が街で見たあの人族の女性はおそらく、キブさんの話で聴いていたキュッサさんで間違いない。けれど、とても医師の身のこなしとは思えない動きだったし、除名された者にしては、行動が活発すぎる。

 疑問は数多く残るけど、取り敢えず今日は、お風呂に入ってさっさと寝てしまおう。

 翌朝、リーカを私の鞄に入れ、外に出る。キュッサさんと思われるあの人族も気になるけれど、食料も充分確保できたし、この国に長居をする必要もない。

 「今度は、海沿いに旅をしていくのも悪くないかも。」と考えていたところ、釣りをしているクミリーの女性に話し掛けられた。

「ねえあなたたち、その臭い…ハージンを通ってきたの?」

 私が頷くと、その女性は続けて話す。

「あの国、未だに酷い臭い消せてないんだ。」

 ハージンでの一件があるため、種族という共通点があるだけの無関係なはずの女性さえ、警戒して見てしまい、苦笑いしか出せない。

「あ、急に話しかけてごめんなさい。あの国を通ってきたなら、僕を警戒するのも無理ないか。」

 私が思っている事を見透かされてしまい、慌てて言い訳を考えるも、私が弁明するよりも先に相手の言葉が出てくる。

「別に責めてる訳じゃないの。僕も母国に良い思い出は無いから。」

「あ、そうですか…。」

 私は、終始苦笑いを浮かべ、軽く会釈をしてその場を去る。

「旅、気をつけて。」

 波の音に遮られながらも、女性の言葉は聞き取れた。

 歩き続けること数十分。目の前の曲がり角から、マイサの少女が飛び出し、私とネフィルの間を走り去って行った。そして、その少女の後を追うように、人族の女性が建物の屋根を駆け抜けていく。

 程なくして、少女の絶叫が微かに聞こえてきた。何があったのかと、声のした方へ少しばかり歩いていたら、今後は目の前に人族の女性が降って来た。

 私が驚いて、思わず声を出すと女性は、私の声につられて声を漏らした。

「おお。…なんだ旅のお方か。驚かせないでよ。」

「それはこちらも同じです。」

「ああ、そうか。ごめんごめん。」

 いざ話してみると、非常に気さくで、明るく表情も豊かな方だった。

「ところで、あなた達はここで何を?」

「先程、少女の叫び声が聞こえてきたので、何事かと思い…。」

「ああ、それね。実はその少女、怪我をしていて、治療をしようとしたら、痛くされると思ったらしく、僕から逃げ回っていたんだ。」

 私がさっき見た光景に繋がった。

「それで、やっとの思いで掴まえたら、叫ばれてしまったんだ。」

「それは…大変ですね。」

「ああ。でも、いざ治療を受けたら、何てことはなく、すぐに泣き止んでくれたよ。」

「そうなんですね。」

 一頻り話した後、女性はまた、屋根に飛び移ろうと踏み込んだところで、呼び止める。

「あの!…キュッサさんですか?」

 私の言葉に、その女性は動きを止め、ゆっくりとこちらを向く。その顔には、多量の汗が見受けられた。

「え…あの…どこかでお会いしましたっけ…?」

 分かりやすく動揺した様子のキュッサさんに私は続けた。

「キブさんという方から、あなたとよく似た特徴の方のお話を聴いたんです。」

 私がキブさんの名前を出した途端、キュッサさんの顔色が一変した。

「…キブ?あなた!あの詐欺師と何を話したの⁉」

 キュッサさんの反応から察するに、キブさんとは明らかに因縁がありそうだった。

 私は、キブさんから聴かされた話の内容を伝えた。それを聴いたキュッサさんは、建物の壁を殴り、歯を食いしばって、ゆっくりだが確かな怒声を漏らした。

「あのふざけた詐欺師め…。」

 今のキュッサさんの様子からは、相当キブさんを恨んでいるように見え、私がキブさんから聴いていた話との齟齬が目立つ。これでは、一緒の家に暮らしていた過去は事実だったのかさえ疑わしく思える。

 私が話したキブさんは、穏やかで研究熱心な印象だったけれど、どうにもキュッサさんの中では、怒りを露わにして止まない存在となっているらしく、一体何があったのだろう。

「あ…ごめんよ、つい取り乱した。そうだな、何から説明しようか。」


 僕が医師資格を取得していたことは事実だ。それを剥奪されたのも。だが、僕があの者と知り合ったのは、本舎を卒業した後だ。

 アスッテとは元々幼馴染みで、将来、一緒に活動をする約束をしていて、共にそれを本気で実現するつもりだった。救護の団体を作り、僕らが新たな礎を作る予定だったんだ。

 そこに、僕らの活動を支援すると言って、広報や団体設立の署名運動に協力してくれたのが、左肩からカタルを漂わせるカプシンの女性、ユーリィ・イェッタ。この者がアイビーの言うキブだ。

 僕らは、一緒に暮らしていた家を仮の拠点として必死に動き続けた。もちろん、同居人はアスッテだけ。このままいけば、本当に僕たちの夢が叶うと思っていた。

 けれどある日突然、憲兵が僕たちの家に押しかけてきた。そして、僕たちの活動は、他種族に呪いを感染させる目的だと在らぬ疑いをかけられ、僕は一度医師資格を剥奪された。アスッテも、活動については自粛を言い渡された。

 当然抗議した。しかし、返ってきた答えは簡素で無常。

「イェッタ?そんな家名の貴族、ここにはいないよ。」

 署名運動についても、一切行われておらず、全て偽造だった。僕たちは、無断で活動を行い、市民に混乱を招き入れたとして投獄された。

 そして、牢獄でもう一度、左肩にカタルを携えたあの者に遭遇した。その時の奴は、憲兵であるグラニの一員だった。

 奴は、牢屋に入った僕とアスッテに向かってこう言ってきた。

「あなたたちの呪い、便利そうですね。」

 次の瞬間、僕たちは意識を失い、目が覚めた時には、カタルが大きく進行していた。


「あいつは、僕たちの呪いの一部で、自身の呪いの改良を謀ったんだ!」

 憤りに満ちたキュッサさんは、再び壁を叩いた。

「ただ幸いにも、そのすぐ後に、呪いが他者に感染する危険性は皆無だと証明された。そのおかげで、僕の医師資格も返却されたし、アスッテの活動自粛も解消された。」

「そうなんですね…。ん?」

 呪いが他者に行き渡ることがないなら、キブさんは、どうやって自身の呪いを改良したんだろう。

「あなたが気になったのって、呪いの改良方法でしょ?」

「っ⁉」

「解るよ。僕も最初はそうだった。他者に感染しない呪いをどうやって?…答えは単純。混ぜるの。」

「混ぜる?」

「そう。呪い被りから一般市民への感染は無理だけど、呪い被り同士なら混ぜ合わせることで、強力な呪いが生まれる。」

「そんな方法が…。」

 私は、カタルが外に出ていないから利用される心配はないけど、もしかしたら、私が気付かなかっただけで、ネフィルの力は、キブさんに取り込まれた可能性がある。

「過去の文献によれば、呪い被り同士でも相性はあるみたいだが、それも結局、混ぜ合わせる比率次第で、上手く調整できれば、例え相性悪くても、問題なく改良できるらしい。」

「そうなんだ…。」

 途中何度も吐き気を催しながらも、何とか最後まで話を聴くことができた。そして、そんな吐き気の原因となった者としばらく一緒にいた事実に激しい恐怖を抱いた。

「釈放された頃には、既に僕たちの家はあいつの住居。もとい研究所に成り下がった。」

「…え?」

 それを聴いて、あの地下で嗅いだ、決して慣れたくない臭いを思い出し、堪えていた液が溢れ出す。

「あなたが言っていた、キブという名もおそらく偽物だ。」

 喉が痛む中、もう一つ気になっていたことを訊く。

「あの、アスッテさんは…どうなって…。」

「それについては、あいつの言っていた通りだ。僕に医師資格が返却されたその日に、事故現場で崩落に巻き込まれ亡くなった。」

 上手な嘘とは、適度に本当のことを織り交ぜるのだと、どこかで聞いた記憶がある。

 一体キブさんは、何の目的で呪いの改良を行っているのか。何故そんな事を始めたのか。全身に悪寒が走るのを感じながらも、訊ねた。

「何故始めたのかについては、僕にも分からない。目的については…。」

 場が重く苦しい空気に包まれる。

「あいつは…ただ、研究をするために行っている。目的などはなく、あいつの命が尽きるまで続けるつもりだ!」

 全身を駆け巡る悪寒が、より一層強くなる。

「しかもあいつは、姿に経歴、出生や呪いまでも偽って、本舎の教員、憲兵、医師の方にまで在籍している。」

 私が以前話していた者が、予想を遥かに超える悪党で、身体が震える。そんな震えを感じ取ったのか、リーカが鞄から顔を突き出し、私の目を見る。

「震え…怖い?僕ら…一緒。」

 不思議な声が止むと、私の体に自由が戻り、震えは消えていた。

「あなたは、二名の呪い被りを連れているのだな。右腕と両目。」

 キュッサさんは、自身の右頬に軽く左手を添え、軽く笑って見せた。

「すっかり長話をしてしまったな。僕は、次の患者の元へ行ってくるよ。まあ、いないことを願ってるけど。…じゃあ、気を付けて。あなたたちが旅を安全に過ごせるよう、祈ってる。」

 そうして、キュッサさんは、また建物の屋根に飛び移り、颯爽と去って行ってしまった。

「…行こうか。」

 私の両隣は、ずっと静かだ。時々リーカが声を上げるくらいで、会話が全然無い。キュッサさんの話を聴いている時も、ネフィルは一切表情を変えず、ただ私の傍に居た。

「私たちの次の目的地は、海沿いに進んだ先。」

 この国での滞在予定も無いし、早々に次の国に行きたいと思った。正直言って私は、人生初の長旅を楽しんでいる節がある。あんな話を聴いても尚、こう思える私は、暢気なのかな。

 次は、もう少し気楽に過ごせる場所だといいな。

「アイビー。」

「ん、何?」

「旅、目的、忘れないで。」

 国:カミィウ

アイビー達が訪れた初めての海沿いの国。

国の殆どが海と隣接しており、国境である樹海から街は少し遠い。

海と隣接していても、国土があまり広くなく、労働者も確保し辛い関係で、漁業はそれ程盛んではない。

しかし、昔から魚介類の加工に精通しているため、隣国から労働者と加工品で取引している。

先住民族はおらず、元々は、行く当てのない者達が流れ着く場所だった。

そこに、海洋生物に着目した者が現れ、皆が労働者となって国を作り上げた。

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