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心機一転

 出国から3日目。新たな国が見えてきた。其処は、目印のように巨大な工場が見える小国で、遠くからでも、工業に力を入れている事が判る。

 門に近づくにつれて、油の臭いが鼻を襲う。只でさえ、何日もお風呂に入れていない状況で、此の臭いが体に染み付くのは想像したくない。

 次第に強くなる其の臭いに伴い、私の顔も顰蹙していく。可能な限り我慢するよう心掛けても、意識と相反した反応が出てしまう。

 そんな私の様子を横で感じ取ったのか、ネフィルが私の顔に手を向け、風を出して臭いを飛ばしてくれた。

「ありがとう。正直辛くて…。」

 当の本人は、眉一つ動かず、黙って風を送り続ける。

「ネフィルは、此の臭い気にならないの?」

 門を通って最初の会話になる。一切表情の変わらない姿に、多少の疑問が湧いてくる。

「ならない。血より薄い。」

 感性の相違が起こった。私としては、知恵無き生命(ドゥーバン)死体()の血生臭さの方がマシに思えた。

 街の風景としては、やはり工場が目立つが、近くで見ると、工場が一際大きいだけで、今までの街と大差は無い。大きく違う点としては、路上での販売が多く、店を構えているのは大抵、飲食店か宿屋といった”施設”であり、お店としては、布を地面に敷き、商品を其処に広げて、近くに店主が座り、商売するのが殆ど。

 しかし、例え傾向がどうであれ此処では、鼻を抜けていく不快な臭いが付き纏う。

「人族のあなた、子供に風出させてんのかい?」

 声を掛けてきたのは、手持ち程度の大きさをした小物を売っている店主で、顔を含め、体を灰色の布で包んでいる種族不明の女性。

「はい…。風の魔法が苦手で…。」

 本当は、全魔法扱えないのだが、こう言う他道が無い。

「この国じゃあ、風の魔法程度では凌げないよ。」

「なら、どうすればいいですか?」

 私の質問に店主は、自分の目の前に置いてある商品を手に取り、売り込み始めた。其の商品は、非常に見覚えのある形状をしていた。

「この消臭霧吹き、”ばっしょんと”(商品名を要約すると楽呼吸)を使うといい。この消臭剤を一枚の布に吹きかけるだけで、その布は、匂いを通さなくなる。悪臭はもちろんだが、花や石鹸、他者の体臭まで通さなくなるから、多用する場合には、注意が必要だよ。」

 其の話を聴き、どうして此の街が街として成立し、発展しているのか少し分かった。そして、通行者が顔、基口元に布を着けて生活している事に合点がいった。

「効果は大体、一回で半日程度。どうだい?」

「其れ、此れとどうですか?」

 鞄から小さめな皮を取り出し交渉するも、断られた。どうやら、貰ったとしても、加工する技術は無いし、工場は引き取ってはくれないようで、素材よりも完成品の方が欲しいとのことだった。

「ガーロだといくらですか?」

「28ガーロだよ。」

 こういった場所での売買においては、通貨の方がやり取りが楽だったりするから、今の私には、長居をする理由が無い。今になって、何処かで皮の加工を依頼しておけばよかったと後悔している。

 私とネフィルは、それぞれの服の袖に霧吹きを使用し、口に宛がう。商品名の通り、途端に呼吸が楽になった。しかし、ネフィルにはあまり好感触とは言えないようだった。

「僕、これ、なくてもいい。」

「ああ、そうかい…。まあでも、好みは誰にだってあるよな。」

 店主の申し訳なさそうな反応に、自然と謝罪が零れた。そして、商品のお礼を言い、その場を後にして、ネフィルに訊く。

「この消臭剤、どうして使わない方が良いの?」

「片手、ふさがる。それと、敵、察知、遅れる。」

 ネフィルには、野生で育ってきた経験があるからか、いざという時の為に、身を守る術と索敵の方を優先したいという意思があるのかもしれない。

 何にせよ、本人が要らないというなら、私に強制する権利は無い。私は、左腕の裾で口を押えながら、ネフィルと並んで今日泊まる宿を探す。

 見つけた宿は、外観に反して内装は手入れが行き届いており、日本のある地域を思い出す。行った事こそ無いけれど、授業で聞いた覚えがある。

 外の臭いは、流石に室内までは入って来ず、楽に過ごせる。只、あまり厚くない壁一枚で隔たれた部屋の為、声の音量には気を付ける必要がある。

 荷物を降ろして窓の外を見てみると、青い空は見えるも、薄霧の広がった様な灰色が街を包んでいた。

 部屋の中では、常に換気扇の回る音が微かに聞こえてくるばかりで、何も無い。それでも、度重なった疲労や悪臭漂う外気から解放されたことで、床に大の字で天井を見つめる。

 後頭部から、柔らかな木の感触と落ち着く匂いが僅かに眠気を誘う。

 瞼を下ろすと、直ぐにでも意識を失いそうな程、私は心身ともに疲弊しきっていた。けれど、束の間の安息は、私の瞬きよりも早く打ち消された。

 何処か遠くの方で、派手な爆発音が聞こえてきた。あまり大きな音ではなかったから、飛び起きたりはしなかったものの、私の眠気を覚ますには事足りてた。

 軽く部屋の扉を開け、周囲を見渡してみても、誰一人として反応しておらず、従業員さえも何かを確認する程度で、慌てたり、騒いだりする様子は一切無い。窓から外を見ても同様に、皆当たり前に生活している。

 先ほどの爆発音は、日本で言う地震と同じくらいの扱いなのだろうか。だとしたら、気にするだけ無駄だろうと、もう一度横になる。その間ネフィルは、部屋の真ん中に置かれた、背の低い机の近くに座り、辺りに視線を向けていた。

 私が次に目を開けた時、空腹を刺激される匂いがした。其の匂いの先には、糧板を齧るネフィルの姿があり、窓へ視線を向けると、空は黒くなっていた。

「アイビー、起きた。」

 そう言うとネフィルは、糧板を一つ私に差し出し、私は感謝し乍ら受け取り、其の日の夜を過ごしていく。

 此の国、ハージンに留まる理由は無いため、一夜が明ければ、荷物を全て持って、再び足を進める。

「子連れの人族さん、少しいいですか?」

 少し歩いたところで、正面から声を掛けてきたのは、黒色の肌をした、細長い尻尾の生えた二足二腕種の、ハージン先住民族であるクミリーの女性。

「はい、何ですか?」

「隣の子供、呪い被りで合っていますか?」

 ハージンという国は一度、呪い被りに領土の一部を侵略された歴史があるため、呪い被りを敬遠している節がある。中には、今でも呪い被りに対して敵意を持つ者もいるそうだけど、目の前のクミリーは、其の類なのだろうか。

「見た限りだと、右手が発動の基準で合ってますか⁉」

「はい…。」

「なるほど、詳しく聞かせてもらってもいいですかね?」

 好奇心からなのか、妙に距離が近い。そして、熱量が有るあたり、呪い被りに対して興味を示している様に見て取れる。

 距離を詰めて訊かれた女性の質問に頷くと、女性の目は細まり、私たちに提案する。

「じゃあ、ここだと通行の妨げになるので、場所を変えましょう。」

 女性に案内されるがまま付いて行くこと数分、後頭部に強い衝撃が加わる。

 目が覚めた時、真っ先に映ったのは鉄の格子。私を中心に囲う箱は、何とか身動きが取れる程度。

「何此れ⁉どうゆう状況⁉」

 私の目が覚めた事を確認したクミリーの女性一体が、目の前でしゃがみ込んで話し掛ける。

「ごめん、人族の女。少ししたら開放するから、それまで待ってて。頭はまだ痛む?」

 女性の声を無視して、私は現状の把握に努めた。囚われの身だけど、拘束はされていない。荷物も確認したが、何一つ取られていない。唯一ネフィルだけが見当たらない。

「仲間の男なら、もうすぐ終わると思うから、そしたら開放する。」

「ネフィルは!今何処にいるの⁉」

 思わず感情的になって、目の前の女性に掴み掛かるも、軽々と払われてしまう。

「あなた、人族の中でも非力な方なんですね。あの非人族の男、もしかして恋人ですか?種族も違うし、歳も離れてそうなのに…。まさか、訳ありな感じですか⁉」

 女性は、興味を示した様子だったが、肩を落とした私に声を出す気力は無く、左手に当たる鞄の感触のみ認識できた。

 まるで、頭の中に風穴が開いた様に空っぽになる。手に伝わる感触を強く握り締め、静かに一つ思い出す。

 鞄から短剣を取り出し、自身の首に突き立てた。其れを見ていた目の前の女性は、盛大な悲鳴を上げ、後退る。

 死体()から流れる血液は、女性に向かって進んでいき、黒い粒子は、格子の外側で私の体に成っていく。

 次に私が見た光景は、黒色の肌が大層青ざめた女性の畏怖の表情を見下ろしているものだった。

 檻から出たことで、周囲を確認できるようになり、見渡してみると、此処は何かの倉庫であり、私以外にも幾つかドゥーバンを捕らえており、近くに檻の他、木箱や樽が置いてある。

 左右の壁には階段が見え、上下に階が在る事が分かった。吹き抜けになっていて、下を見ると、其処は一階だったため、今二階に居ることも把握できた。

 階段までは距離があり、普通に下りると時間が掛かりそうと思い、私は手摺りに立ち、床目掛けて頭から落っこちる。

 意識が戻って、最初に視界に映ったのは、頭が潰れ、肩の外れた死体()が地面に横たわり、血を流している所だった。

 凄惨な姿を見ても、もう何も思わなくなっている自分を余所に、何かの影が見える倉庫の奥へと踏み込んでいく。

 奥に進むと、次第に臭いが強くなる。其の臭いは、ハージンに充満していたものに、鉄と獣の臭いを混ぜたようで、呼吸するのも困難な程に不快感が増していく。

 視界の先に居る影を形以外で捉えられるようになると、周りは、扉や窓が開いていて、仄かに西日が入り込み、大量の檻と木箱、樽、クミリー女性の遺体を照らしていた。

 視界に映っていた影の正体は、クミリー女性の体で、立ち止まって息を切らす私の前に倒れ込み、ネフィルに変わる。

「アイビー、口、押さえてない、平気?」

 私を見つけるなり、呼吸を気遣うネフィルは、全く汚れていなかったけど、服の襟から、真っ青な肌と僅かな白を覗かせていた。

「ネフィルこそ!何があったの⁉」

 荒い呼吸をし乍ら、話を聴くと、どうやら彼女達は、呪い被りを集めて、他国に売るのが目的らしく、ネフィルを檻に入れようとしたところで返り討ちに遭ったとのこと。

 話の途中で平静を取り戻し、クミリーの女性が私に話していた言葉を思い出し、今の状況と照らし合わせる。

 おそらく、私はカタルが出ていないから、只の同行者だと思い、監禁した後、此処に居る生き物達の売る準備を整えていたのだろう。

 何はともあれ、ネフィルの無事が確認出来たし、急いで此処を離れた方が良さそうだ。そう思い、ネフィルの手を引くと、以前とは比べ物にならない程異様に重たく、微動だにしなかった。

「アイビー、荷物、どこか、わかる?」

 改めて見ると、ネフィルが背負っていた筈の鞄が無くなっている。そして、此処に来るまでに二回死んだ私の左肩には、鞄がぶら下がっている。

 中には、短剣を含め、買った全ての雑貨や持っていた皮まで問題なく入っていて、呪い被り(死体残し)のもう一つの特徴が発覚した。

 復活した際、身に着けていた物は、全て復元される。

 国:ハージン

樹海と鉱山に挟まれ、資源が豊富な工業国。

加工技術に長けているが、国内の悪臭について、軽減はできても、根本的な解決ができない。

先住民族のクミリーは、男性が工場で生産作業、女性が街で商売をするのが一般的。

商品自体の質は良く、商売についても、幼い内から学ぶため、基本的にはお互い有益な取り引きができる反面、中には、悪徳な商売をする者も少なくない。

命の売買が発覚した数は、この世界で二番目に多く、旅人が決して近づいてはいけない国の一つとされている。

今回の一件で、人口の約一割が減らされており、組織として大きな存在を壊滅させたことになる。

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