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道標

 キブさんの目的は分かった。詐欺を働く理由も知れて、私達に危害は加えるつもりが無いことも確認できた。

 ネフィルにも説明をしながら地下室を後にする。一瞬だけ視界の端に黒い粒子が映った気がしたが、見ないように、考えないようにして階段を上る。

「犯人、今、どうしてる?」

 ネフィルは、相変わらず私の都合を無視して質問する。

「それなら、お二方がここに来店されるよりも前に、投獄されていますよ?」

 自覚が出来る程、私の通訳は、震えた声で行われていた。

 冤罪という物を初めて間近で見た。そして、その犯人と今、同じ空間にいる。

 内心酷く動揺しているが、其れと同時に、随分と此の世界に順応してきているのだとも思う。何せ、震えているのは声だけで、正常に歩けているから。

 次第に、慣れという言葉に対する恐怖が、強くなっていくのを感じる。「私は、これから先、どうなってしまうんだ。」

 一階に戻ってきて、キブさんは、ぬいぐるみを棚に置き、看板を返す。

 「そういえば、此のお店の売り上げは、どれ位なのか」と、不意に気になり出し、訊いてみた。

「今月は、特に悪いですね。来客数も、お二方で十二名になります。」

 予想を遥かに超える人気の無さだった。

「ここでは、色々とありましたから…。皆、近寄り難いのでしょう。」

 変わらずキブさんは、明るい声色に感じた。

 棚を含め、商品全てに埃や汚れは見えず、窓ガラス越しに見える屋外は、外に居る時と何ら変わりなく瞳に映る。

「ただそれも、僕が憲兵になれたら、この家は使われる事無く、取り壊しになりますから、そちらを望む方は、きっと多いと思います。」

 私の心の片隅では、此処を取り壊す事に反対している。でも、私一人でお店を再興させる事が不可能であることも理解している。

 大学で習った経営に纏わる知識は、此の世界において、てんで役に立たない。私の知る世界と常識や勝手が違っているのだから、当然だ。

 私は、キブさん達が残してきたお店に対して、何も出来ない事を胸に、ネフィルの手を引いて、外へ出る。

 宿屋に戻ってきた私達は、荷物を整理して、直ぐに旅立てるよう準備する。

 帰り道の途中で買った、長期保存食品をネフィルの鞄に、着替えや予備の短剣、財布といった雑貨を私の鞄に入れる。

 買い物の最中、

「食料、こんなに要る?狩れるのに。」と言ってきたネフィルに、その場で密猟と言う犯罪が頭を過ったが、其れを教えることに抵抗を感じ、

「まあ、もしもの時の備えだよ。」と返した。

 本当は、食糧確保できなかった場合に、死体()が一つ増えるのを見たくないからだけど、公共の場で言いたくなかったから、濁した。

 外は、日が傾いており、ネフィルと共に一階へ向かう。そして、どこか見覚えのある料理に違和感を感じ乍らも食事を済ませ、足早に部屋へ行き、お風呂に入る。

「ネフィル、次どうぞ。」

 そそくさと入浴を済ませて、ネフィルに声を掛けると、何も言わずに浴室へと向かって行き、掛け湯をする音が聞こえてくる。

 まだ乾ききっていない髪をベッドに押し付け、天井を眺める。気が付けば、瞼が重たく閉ざされ、次に視界が明るくなったのは、部屋の照明ではなく、昇ってくる太陽の光によるものだった。

「あれ、いつの間に寝てたんだ…。」

 目を擦り乍ら体を起こし、伸びをする。

「アイビー、やっと起きた。」

 何時寝て、何時起きたのかわからないけれど、ネフィルの調子は相変わらずのようだった。洗濯物を取り込み、部屋出て、受付に鍵を返す。

「次は何処に行こうかな。」

 ネフィルの手を握り、旅の無計画さを零すも、当人は、完全に無視。別の国へ行くにしても、何日歩くことになるか分からない。そのため、何としても会話をしたいのだが、どうにも話題が出てこない。

 気不味い状態が続き乍らも、前日歩いた大通りを抜け、少しずつ歩行者が減っていく様子が映る。

 都会から少し離れたら、途端に郊外の田舎へと変わっていくのは、異世界でも同じようだ。

「ここら辺まで来ると、歩行者が少なくて、本当に同じ国なのかと思うよねぇ。」

「そう?ほかの国、どうか知らない。」

 ようやく捻り出した話題も、冷たく返答されてしまう。

「そう言えば、ネフィルはずっと樹海にいたんだもんね。私が居た国でも、此処と似たような感じで。栄えている場所とそうでない場所とで、はっきり分かれてたんだ。」

「ふーん。それでも同じ国なのかって、思うの?」

「思うよ。この感覚は、何処行ってもこうなるの。分かってても思っちゃうんだよ。」

 慣れない感覚とは違う。逆に、馴染み深い感覚の筈なのに毎回思ってしまう。恐らく、いつも無感情で過ごしているネフィルには、一生理解されないと思う。と言うか、食事以外でネフィルに新たな刺激を与えることは不可能な気がしてきた。

 また暫くの沈黙が私達を包み、次に口を開いたのは、太陽が傾いてきたことが見て取れる程、空が色付いた時だった。

「今日は、此の宿かな。」

 ようやく話した内容がたった一言で終わり、その上、ネフィルからの返答も無し。そして、其の一言で此の日の会話も終わる。

 翌日、また黙って歩き続ける。私は、あまり沈黙が得意ではないのだけど、ネフィルは、沈黙が平気なのかな。

 此の日は、午後から雨が降り出し、傘を買い忘れていた事に気付き、慌てて買い求める。

 此の世界の傘には、日傘という種類が無く、番傘のような太い骨組みから出来た雨傘のみが存在しており、形状はどれも似ているが、傘の模様には、個性が有る。

 予備も含めて、無地の傘二つを買うも、身長の違いから濡れることを危惧した私は、ネフィルと分け合って使う。

 そうして、宿を見つけては一言だけ発し、翌日を迎え、無言で足を動かすだけの一週間を過ごし、やっとの思いで国境(くにざかい)の樹海に到着する。

「此処からは、色んな危険が潜んでいる中に踏み入れるから、充分に気を付けて行こう。」

 私の呼び掛けに、ネフィルは首をこちらに向けるだけで、ほぼ無反応のまま歩き始める。

 ネフィルからすると、一時的に元の生活に戻るようなものだし、心配する必要が無いのかもしれない。けれど、この樹海がどれ程の広さを持っているのか分からないから、警戒するに越したことはない。

 ただ一つ、以前と違うことは、道が整備されているという点だ。私の知るコンクリートの道路とは違い、木々が少なく、硬い土で出来た道だが、以前よりも格段に通りやすい。

 途中に休憩可能な空間は無いが、日が落ちれば、端の方へ行き、野宿をしなくてはいけない。

 此の世界における野宿では、敷物を広げたり、簡易拠点を建てて夜を明かすのが一般的だけど、道以外の場所で数日過ごしたことのある私達は、寝袋一つも買わなかった。

 ネフィル曰く、「勘、にぶる。」とのことで、野生で生きていた期間が長かったからか、道具に頼ることに対し、抵抗がある様子。

 真っ当な道を進んで初めての夜。ネフィルは、炎を出し、そのまま進もうとしていたが、私の体力の限界が来ていたことで、休息を摂ることに。

 木に寄り掛かりながら其の場に座り込み、ネフィルの鞄から携帯食を取り出し、一緒に食べる。此の世界の携帯食は、糧板(かていた)という物が一般的で、原材料は主に、穀物を利用しており、一見、長方形の薄い板を紙で包んだだけのようだが、齧ると柔らかく、口の中であっという間に崩れていく。

 手に持っても、風が吹いても、手に残ったり、溶けたり、形が変わったりすることはないが、力を加えると直ぐに崩れて小さな粒が辺りに散らかる。

 栄養価が高いそうだけど、食感や味に物足りなさを覚えてしまう。

 ふとネフィルの方を見てみると、右手の骨の隙間に糧板を挟み、左手の人差し指から炎を出し、炙っていた。

「どう?其の食べ方。美味しくなった?」

 ネフィルは、噛みながら首を傾げ、納得のいかない様子だった。

「焼いた方、少し良くなった。」

「そう。」

「でも、肉、米、焼いたやつが好き。」

 ネフィルには、携帯食よりも其の場で食べられる料理の方が合うらしい。街の宿で出されたご飯がよほど気に入ったみたいだった。

 糧板は、一つ食べるだけでも結構お腹が満たされる上、腹持ちも良く、安価なため、貧しい生活を送る者達の主食でもある。

 食べ終わると、少しだけ眠気が訪れ、包み紙を鞄に仕舞い、目を閉じた。

 ドサッと重たく何かが落ちた音が聞こえ、目を開けると、力無く地面に倒れ伏した、獣族(スオリタ)の女性が三体。そして、槍に頭を撃ち抜かれた死体()が一体。

「ネフィル、此れどうゆうこと?」

 どうやら、私の頭に向かって、突然槍が飛んできたそう。

 見張りをしてくれていたネフィルは、火を見続けていたところ、不意に眠たくなってしまったそう。でも、ベッドで寝ることに慣れてきたことと、久々の野宿で、眠りが浅く、槍が飛んできた音で起きたが、私が射抜かれた後だった。

 私を射抜いた三人が去ろうとしていた所を捕まえ、呪い被りで仕留めたとのこと。

 改めて、ネフィルの力を恐ろしいと感じると同時に、私の為に使ってくれた事への感謝が込み上げる。

 誰が何の目的で私を狙ったのか分からないけど、死体の顔を見てみると、一本の鋭く大きな牙と虎を髣髴とさせる四肢を持った、小柄の獣族(スオリタ)が見え、戦慄した。

 私は一度、この獣族(スオリタ)に命を奪われている。おそらく、どこかで私が生きていることを知り、止めを刺しにやって来たのだと思う。

 幸い、道や其の周囲に目撃者等は居らず、直ぐに対処すれば、何事も無かった事に出来そうだ。

「ネフィル、お願い。(オーリ)で此の三体と死体()を燃やしてくれない?」

 ネフィルは軽く頷き、四体の死体を火に変える。

 かなり大きな火になり、危うく火事になるかと思ったけれど、周りには、意外と燃え移らずに済んだ。ただ、ネフィルが燃やした死体の火を利用して、四種類の腿の肉を食べ比べしようと試み始めた光景は、私の脳裏に深く焼き付くものだった。

「…全部、食べられるとこ、足りない。」

 味よりも可食部の大きさを気にするネフィルを畏怖するものの、何処か信頼や安心を覚えてもいた。

 月が西の方角に見えてきた頃、既に肉は無くなり、骨と灰のみが残され、一切の躊躇も無くネフィルは、骨を砕き、灰諸共風に乗って飛んで行った。

 一度死んだ所為か、悍ましい光景を目にした所為か、瞼を下ろしても一向に眠れる気がせず、対称に、無防備な寝顔を見せるネフィルを眺めることしか出来なかった。

 夜はまだ明けない様子。少し頭を整理することにした。

「…あの三人。遠くから槍を飛ばしたということは、他にも強力な武器を持っている可能性もあるよね。」

 此の世界で武器というのは、あくまで護身用。市販で売られている中で、最も遠距離な武器が槍。飛び道具は、精々投石ぐらいしか思い付かない。

 正式な手続きを行った者であれば、弓矢の使用は許可されているが、無断で製造、所持、販売をすると、かなりの重罪になる。

「もしかして、結構大きな犯罪組織の一員だったりするのかな。」

 だとしたら、其の内の三人を仕留めてしまったことになる。そうでないことを祈るばかりだが、案外、頭は冷静に働き、私の心は、思いの外取り乱してはおらず、多少脈拍が上昇し、冷や汗が少し流れる程度で済んでいる。

 道具:武器

護身用として販売されているため、切れ味は決して良くはない。

鈍器類も存在し、剣と同様に長さや面積によって名称が異なる。

武器における遠距離は槍や薙刀のことを指し、中距離は長剣や金棒を指す。

過去に一度、爆弾が製造され、大きな戦争を招いたことがあり、武器に纏わる法律が制定された。

国家転覆を除けば、武器の密造、密売は二番目に重い。

刀剣類を研ぐことは、基本禁止されており、調理場では、紐等で包丁を持ち出せないようにすることが義務付けられている。

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