第五話 大人が消えた村①
スイシャ村を旅立ってからはや三日。ワイバーンを討伐したりやらなんやらあったけど、無事第一の目的地であった『クルト村』に着いた。
「まずはあんたのことを診てくれる医者を探すわよ」
「......」
ワイバーンを倒してから三日が経った。
俺はその時からこの村に来る道中、フレイラにずっとおんぶされていた。
道中で他の旅人や商人などとすれ違うときのあの顔が......いまだに思い出てしまう!恥ずかしい!!
そんな羞恥プレイをこの三日間続けていた俺に、否定する気力など残っていなかった。
「おかしいわね......」
村を少し見渡したフレイラが疑問を口にする。
確かに、村から人の声が聞こえず、人影も見当たらない......まるで村から人だけが消えたような......
「この村、静かすぎるわ......」
「いったい何が......」
ギィィィ......
「誰!?」
突如家のドアが開く音がする。フレイラは警戒を強め、じっとドアの方を見つめる。
「あの......もしかして旅の方ですか?」
ドアの向こうからは数人の子供が出てきた。
フレイラは警戒を緩めず質問に答える。
「そうよ、あなた達はこの村の住人かしら?」
「はい......」
「そう......あなた達以外の住人はいるかしら?」
その言葉を聞いた村の子供は怯えた表情で震えながら話し始めた。
「村の大人たちが消えた?」
「はい......今この村には僕を含めた数人の子供しかいません」
どうやらこの村は一週間前に大人が一斉に消えてしまった不可解な現象が起こったらしい。
今でも大人は誰一人帰ってきていないのだという。
「それじゃあ、どうやって生活を......」
「それは......」
「だ、誰だあんたら!?」
背後からの声に、フレイラはすぐさま杖を構える。
「ひぃっ!!!」
怯えた声をあげたそこには古く錆びついた鎧を着込んだ男が倒れ込んでいた。
「頼む!!子供達だけは見逃してくれぇぇぇ!!」
鎧の男は地に頭を伏せ子供達だけはと命乞いをする。
「父ちゃん違うよ!この人たちは旅の人なんだ!!」
子供達は彼に状況を説明し落ち着かせる。
鎧の男も状況をすぐ理解できたのか俺たちに近づき謝ってくる。
「まさか旅の方だったとは......本当に申し訳ございません......」
「謝らないでください......この村の状況を考えれば、無理はありませんから......」
「私の名は『ギルマン・オスクロル』村の外れに住んでいる者で、この村の被害から逃れた子供達の世話をしているんです」
どうやらギルマンさんもこの村の住民だったそうだが、家が村の外れにあり、村をあまり訪れなかったため奇跡的に難を逃れたらしい......
「その鎧は......?」
錆びついてしまっていてはいるが、見たところかなり貴重な素材で作られた鎧だ。
「この鎧は......実は私は元々国の王国騎士でして、その時の物です......」
「王国騎士ねぇ......それにしては私たちを見て早々に白旗をあげていた臆病者に見えたけど?
「フレイラ!!」
俺はフレイラの頭を掴み、強制的に謝罪させる。
「ギルマンさん本当にすみません!こいつ昔から無礼なやつでして!!」
「何よ、本当のことじゃ......むぐっ!!」
俺は余計なことしか言わないフレイラの口をつまみ再度謝罪する。
「いいんですよ。今の私はただの村人ですから......」
「そんなことない!!」
一人の男の子がギルマンの前に立ち、フレイラを睨みつける。
「父ちゃんは最強の王国騎士だったんだ!今だって、俺たちのことを助けようと必死で守ってくれてる!」
「チャコル......」
子供達はギルマンさんにとてもよく懐いている。親がいなくなってしまった子供達にとって今のギルマンさんは親同然の存在なのだろう。
辺りはすっかり暗くなり、俺たちはギルマンさんの用意してくれた食事をいただき、俺の体の具合を少し診てもらった後、今はガラ空きになってしまった宿に泊まらせてもらった。
「なあフレイラ、昼間のあの発言、俺は本当に良くないと思ってるからな」
「......わかってる......私だって反省してるわ......」
フレイラはいつも絶対に見せないようなしょぼくれた顔をしていた。
反省してくれたのはいいが、まさかここまで落ち込むとは......
「ねぇディン覚えてる?私たちの家族が殺されたあの日のこと......」
「......覚えてる......まあ俺はほとんど気を失ってたから詳しくはよくわかっていないけど」
「そう......なら今教えてあげる。この旅の目的である私たちの家族を奪った魔族のことを......」
俺とフレイラの家族は魔族に殺された。俺が知っているのはそれだけ......そんな俺にフレイラは自身が知っている全てを語る。
今から15年前の生誕祭が始まる日。私はお母様とお父様と一緒に鐘の音が鳴るのを楽しみにしていたわ。
毎年生誕祭の日は誰もが笑顔でいて、喜びと幸せがいっぱいで、私はそんなスイシャ村が大好きだった。
みんなで楽しんで、またいつもの日常が始まる、そう思っていたわ......
あの時までは......
鐘の音が鳴り響いた瞬間、私たち家族の前に異様な姿をした者が現れ、私の両隣にいたお母様とお父様を殺した。
一瞬の出来事だったけど、その時のことはよく覚えてるわ、忘れたくても忘れられない......
お母様とお父様の頭がコロッと私の足に転がってきたの......最初は理解できなかったけど、それがお母様とお父様の頭だと知った時......
「ウッ......!!」
「フレイヤ!もういい......もういいよ......!」
「そいつは男性型の魔族で......特徴もはっきり覚えてる......」
吐き気を抑えるフレイヤを俺は抱きしめ、頭を撫でる。
「もういい!やめてくれ!」
「......ディン......私が見た魔族は黒いコートに身を包んで手の爪が異様に長かった......そして......」
「赤と青の瞳を持っていた......」
カーテンから明るい光が漏れている。どうやらフレイラを寝かせてから自分も座りながら寝てしまっていたようだ。
「フレイラ、大丈夫か?」
昨日起きた出来事から俺はフレイラの身を案じる。
もしこのまま不調で動き回れても困るし、何よりあいつのあんな顔はもう見たくない......
「心配性ね、そう言う男はいつまで経っても優しい男止まりで恋愛対象として見られずに終わるのよ」
「なんて酷いことを言うんだお前は!!」
どうやら問題はなさそうだ......代わりに俺の心が傷ついたが......
「さてと......これからどうしますかね......」
「決まってるでしょ、この村の住人を助けにいくわよ」
「そういうと思ったけどさ、どうやって......」
「そんなこと簡単よ」
そう言ってフレイラは村にある全ての建物を片っ端から調べ始める。
「なあ、一体何をしてるんだよ」
「バカは黙ってついてきなさい」
フレイラが何をしようとしてるかわからんが、ここはフレイラを信じて黙ってついていくことにする。
バカは余計だが!!
こうして半日かけてフレイラは村全ての建物を回り、何かに気付いたのかギルマンさんと村の子供達を集めるよう俺に指示する。
俺が皆を村の中心に集めた後、フレイラは事件の真実を説明しようとする。
「本当にわかったんですか!?村の大人たちがいなくなった理由が!」
ギルマンさんは信じられないと息を荒くする。
「いったい誰が、どうやって!」
「落ち着いてくださいギルマンさん。フレイラが今から真相を話しますので」
興奮するギルマンさんを宥め終えた後、フレイラは説明し始める。
「まず結論から話すわ。この村で起きた奇妙な事件の正体は......魔族の仕業よ」
「魔族だと!?」
俺とギルマンさんは同時に驚く。
魔族......まさかこの村でも魔族の脅威に......
昔の記憶と今の現状が重なり、俺は体から湧き出てくる怒りを抑えながらフレイラの話を聞く。
「魔族がこの村を襲った事実を皆んなに見せるわ」
「あそこよ」そう言いながらフレイラはある場所を指差す。
「あれは、聖堂?」
「そうよ、それじゃあ着いてきなさい」
そう言ってフレイラは皆を聖堂に連れていき、聖堂の真ん中で詠唱を始めた。
「詠唱プロセス開始。闇を払う光の奔流、輝きと暗黒は表裏一体、白色の剣よ、今ここに導きを示せ」
『ー聖剣錬成ー』
神聖属性の剣を生成する魔法。その剣は悪なるものだけを貫き、浄化する。
フレイラは剣を携え聖堂の真ん中へ移動する。
そして剣を構え、聖堂の床に向け一直線に刺し貫く。
「何を!?」
皆が驚き戸惑う中で、フレイラは剣を引き抜く。
その瞬間、剣の先から黒い魔力が吹き出し、金切り声のような音を上げながら浄化される。
光が消えた後、聖堂には大きく刻まれた魔法陣の跡が黒く浮かび上がった。
誰もが唖然とした表情を隠せない中、フレイラは淡々と話を進める。
「これは呪法陣。魔族だけが使用することのできる魔法陣ね」
「こ、こんなものが聖堂に......」
「この魔法陣は転送魔法が仕掛けられていたわ、おおかたこの聖堂に祈りを捧げる村人の習慣を利用し、一気に転送魔法を起動させて連れ去ったってところね」
「そっか、たしかにわたしたちのパパとママはいっつもこの中に大人たちと入っていっておいのりをささげる日があったわ!」
「なるほど......確かにこれなら村の子供達が攫われなかった理由になる......けど、どうやってこんな巨大な転送魔法を誰にも見つからずに仕込むことができたんだ?」
この村にも自警団のような存在がいただろう、そう簡単に仕掛けることなんて......
「そう簡単に仕掛けるなんてできないだろう......そう思ったわねディン」
俺の思考が読まれてる!?
「魔族がこの村にあんな大掛かりな魔法陣を仕掛けられた理由は......」
そう言ってフレイラは長いタメを作り、まるで名探偵のような仕草で一人の男に指を指す。
「あなたが魔族に手を貸したからでしょ、『ギルマン・オスクロル』さん」
「なっ......何を言って」
「証拠ならあるわ」
そう言ってフレイラは先ほど生成した剣をギルマンの腹に躊躇いなく突き刺す。
ギルマンの体は光に包まれ、とてつもない痛みを感じ、悶え苦しむ。
「グワァあぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
「お前何やってんだ!!」
「いいから見てて」
そう言ってフレイラはさらに剣を深々と突き刺す。ギルマンさんが苦しみ続ける中、体から徐々に黒いモヤが出始める。
「これは!」
「さっきの呪法陣と同じ魔力で作られた魔紋ね、魔族と契約を結んだ証として現れるものよ」
「じゃあ本当にギルマンさんが......」
「待って!!」
チャコルは父を守るように手を広げ、声を荒げ必死に否定する
「父ちゃんは......父ちゃんがそんなことするわけない!今までずっとみんなを助けてきた父ちゃんが......!」
チャコルの反応は最もだ。赤の他人であるフレイラがいくら証拠を突き立てようと、子供達が納得するわけがない......
必死に自身を守る息子を見て、ギルマンは息子の頭を静かに撫で落ち着かせる。
「もういい、もういいんだチャコル。フレイラさんの言っていることは本当だ......」
「父ちゃん!?どうして、どうしてそんなこと言うんだよ!」
ギルマンはチャコルを諭しながら真実を口にする。
「そうだ......私がこの村の大人を魔族に差し出した......」
ギルマンは冷たく、そして悔しさと切なさが入り混じる感情をこぼす。