第三話 決着と決断
「諦めねぇ......人生一度きり......最後までやってやるさ......!」
何故ここまでする。何故折れない......自分でも不思議な感覚だ。
体は重く、意識を保つのも辛い。
このまま休んでしまいたい......そんな思いが何度も頭をよぎる。
でも、諦めたくない!
俺の十数年間積み重ねてきた物を、簡単には手放せない!
それに......
「あいつが......フレイラが信じてくれたんだ......期待に答えねぇと......」
「後が怖いんでねぇ!!!」
雷の嵐を全て回避し、ライノールとの間合いを詰めていく。
ライノールの雷は距離を詰めていくごとに速度が増していく。
『ー影の魔装ー』
魔力で編み出した黒い装衣。
この装衣には権能や魔法の効果を吸収し、打ち消す能力がある。
ただし打ち消せる魔力量には限界があり、ライノールほどの強力な権能の前では......
ディンの剣の間合いまで残り2メートル。
雷の数は増え、近づけば近づくほど更に速度は速くなる。
今のディンが避けれる速さはここで限界。
「っ......!限界か......!」
ディンは雷を避けることをやめ、ただ距離を詰める。
ディンの剣の間合いまで残り1メートル。
ディンは走る。限界を超えてなお、考えることは一つ。
勝つ!その思いのみを残して走り続ける。
度重なるライノールの雷を受け続けていた影の魔装は吸収限界を超え、霧散した。
ディンの剣の間合いまで残り0メートル。
捉えた!!
最後の力を振り絞り、ディンは剣を振る。
そこに、ライノールはいない。
「認めよう。お前は強い」
背後から聞こえるライノールの声。同時に感じ取る敗北の気配......
ライノールさん、あんたのことをどれだけ尊敬してたか......
俺がどれだけあんたが戦うところを見てきたか......
その無意識に癖になってしまっている背後に回る戦術。
勝利を実感したであろうその瞬間!
「その隙が欲しかった......!」
ライノールの剣が振り下ろされる直後、漆黒に染まった何かがライノールの刀身を折る。
そして黒く輝く短剣を喉元近くに突き立てる。
「これは......なんだ......?」
全てが一瞬の出来事で戸惑う中、ライノールは驚くものを見る。
ライノールの前にはディンの形をした黒い物体が存在していた。
「二重詠唱ね......」
フレイラの放った言葉をライノールは瞬時に理解する。
『二重詠唱』それは二つの術式を組み合わせ一つの術式で二種類の魔法を発動させる技術。
「熟練の魔術師でさえも困難な技術をなぜディンが......」
「それにあの魔法は......」
自警団に属する全ての者があの黒い影を知っている。
「ー影の立役者ー第二十四代自警団団長、『ヘステラ・エフォード』が得意とした影魔法......」
自分自身の影の分身を生み出し、操作する能力。
ディンは二重詠唱を発動させた時に影の分身を自分自身の影に隠れさせ、機会を伺っていたのだ。
「子供の頃に少し、魔法を母さんから学んだんです。母さんが亡くなってからは独学でしたけど......」
「二重詠唱はつい最近少し安定してきたばかりで......賭けでしたけど、うまく発動できたみたいですね......」
息も絶え絶えで、少しでも気を抜けば倒れてしまいそうな体を奮い立たせ、ディンはライノールに近づく。
「ライノールさん、あなたを倒すにはこれしかなかった。あなたに一度も手の内を晒さなかったから、あなたをずっと見てきた俺だからできた作戦です......」
「負けを、認めてくれますか?」
ライノールは再び笑う。
「今までただの村人だと思っていたが......まさかここまで狡猾な狼だったとは......」
ライノールは剣を手放し両手を挙げる。その顔は清々しく、一人の男を認めた表情だった。
「俺の負けだ。強くなったな、ディン」
目を覚ますとそこには知らない天井......ではなく、村の病院の天井だった。
どうやら俺はあのあとすぐに倒れて病院に連れて行かれたらしい。
多量の出血の中激しく動いたせいか、それはもう危ない状態だったという。
なんとか一命を取り留めた俺は、現在体を動かすことを禁止され、フレイラに介護される生活を送っている。
「はい、あ〜ん♡」
天使のような顔でフレイラはスプーンを天高くあげる。
「俺を馬鹿にしているのか......」
まるで動物ショーのように自分で取ってみろと言わんばかりの配置だ......
「普通に食べさせろよ!俺病人だぞ!」
「私に泥を塗った罰よ」
「俺が一体君に何をしましたかね!?」
「何って、私はライノールにあんた達が束になっても勝てないって言ったのよ......ライノール一人相手でその様子じゃあ、私の発言が嘘ってことになるじゃない」
「私は嘘が嫌いなの」
「ふざけんなよ!それはお前が自分でまいた種だろうが!!俺何にも関係ないし!なんなら被害者の方だし!!」
クソッ!俺を抱きしめてくれたことが嘘のように思えるほどの悪魔だ!!
ちょっと心開きそうになってた俺の純情を返せ!
「それはそうとこの前の返事、どうなのよ?」
「なんだよ急に......返事ってなんの?」
「だから、私の旅についてこいって話。今ここで『はい』か『かしこまりましたご主人様』で答えなさい」
「拒否権がないように聞こえたんですけど!?」
こいつには思いやりってものがないのか......
「......なあ、返事の前に聞かせてくれよ。旅をするなんて言ってるけどさ、目的はないわけ?」
「目的?そんなの決まってるでしょ?」
「私のお母様とお父様の敵討ちよ」
さも当然かのようにフレイラは言い放った。敵討ち......まさかこいつも昔の俺のような考えを持っていたなんて......
その後もなんや感やあったけど、俺は結局答えを出すことができず、夜を迎えた......
ライノール・カエサルを倒した......いまだに信じられない気分だ。
俺の世界が狭いとはいえ、ライノールさんは決して弱い相手ではない。
【雷電の権能】と卓越した身体能力から繰り出される剣技。俺がもし初見で戦っていたら、間違いなく最初の一撃で終わっていただろう。
「今の俺なら......母さん、あなたの敵を取れるだろうか......」
初めての実践を経て、俺の中には一つの確信があった。
俺はもっと強くなれる。
世界を回って経験を積めばもっと......
「でっ?一晩経って結論は出たかしら?」
「朝っぱらからそれか......」
俺が病人だとしても容赦なく押しかけてくるフレイラ。昨日散々待たせて結局答えを出せず仕舞いだったからか、すごい不機嫌だ......
「早くしなさいってば!『はい』なの?『かしこまりましたご主人様』なの?」
「はぁ〜わかったわかったはいはい!行きますよ!」
「まあお前の目的は俺の母さんの敵討ちにもつながるからな!」
こうして、俺のスイシャ村での生活から一変、フレイラとの半強制的な旅が始まった......