episode8【来客】
「・・・・ええと、本当にいいんですか?」
壁に並べられた書類棚に囲まれた客室の中、
テーブルを囲むソファに座り、
縮こまりながらレーガンはそう社長に問う。
「いえいえ、むしろ、家に帰りたいと
おっしゃるものだと思ってました。」
時刻は、19:00
日は完全に沈み、外は月明りが照らしている。
今、ハンナ・レーガンは
新聞社、民の守り人、その社内にいた。
家に護衛でついていくことも社長が提案したのだが、
そこまで負担はかけられないとここにいることを
彼女が申し出たのだ。
この二階建てのビルは丸々、
この会社が使っており、客間以外にも
寝室や浴槽、台所だってある。
生活する分には困らないだろう。
「そ、そんな!
そんなの私が処理されちゃいますよ!」
そんな社内の一階にある客間に
ハンナ・レーガンは座っていた。
「そうはならないと思うんですけどねえ・・・」
頭を掻きながら
不思議そうに上に目をやって、
小首をかしげる社長
「まあ、当分は僕か、アリソンが護衛に付くので
安心しておいてください。」
そう彼女に告げると
「え?!しゃ、社長さんか、あの美人さんが護衛なんですか!?」
大層、驚かれてしまった。
「ええ」
一方、社長は至って真面目で、
不思議そうな彼女を逆に怪訝そうな顔で
見つめ返していた。
「せ、専用の護衛の方とかがいらっしゃるのかと思ってました・・・」
「そんな方々はうちには居ないんですよ、残念ながら」
そんな話をしていると、
客間の扉が勢いよく開かれ、
「はーい!ご飯ですよー!」
と、そんな能天気で、大きな声と共に
アリソンが客間へと入ってきた。
両手には料理の盛られた皿を
頭の上には、パンの入ったバケットを乗せて、
「遅くなっちゃったのでー
ニコが晩御飯を作ってくれましたよ~」
神憑りてきな平衡感覚で料理を運び、
綺麗な手つきで両者の前に置いてくれる。
「わぁ・・すごい・・・え、これ作ったんですか!?」
「ええ、ニコがやってくれました」
社長とレーガンの前にある皿には、
添え物の野菜と綺麗な焼き色のついた魚に
白く、少しどろりとしたソースが絡められ、
芳醇なほのかに甘い香りが、
昼にここに来てから
この時間まで取材と休憩の繰り返しで
疲れ果てたレーガンの食欲を呼び起こして来る。
「むにえる?でしたっけ
なんだかそんなこと言ってました
召し上がってください」
頭の上にあるパンを机に降ろしながら
そう言うアリソンに
「ほ、ほんとにありがとうございます。」
「ありがと」
2人が礼を言うと、
「いえいえ、ごゆっくり~」
アリソンはそれだけ言って、
部屋の外へと出て、扉を閉めて、行ってしまった。
「に、ニコさん、料理人とかだったんですか?」
「そういう訳では特にないんですが、
あの子は手先も器用な上に凝り性なんですよ」
へえと返しつつも
どこか納得していない様子のレーガンは
自身の腹の疼きに従い、
料理を口へ運んでいく。
「おいしいです」
ナイフとフォークで取り分けた小さな欠片は
ゆっくりと噛むたびに
魚の旨味、ほのかな塩気、
それらを包むソースの甘さが
舌を包み、
食べ終わる頃には
自然と
美味しいという言葉が口をついて出てしまっていた。
昼間の店も美味かったが、
取材が実際に始まり、
彼女らに慣れてきた安堵感が
よりこの体験を受け入れるのに
十分な態勢を整えてくれたようで
昼間よりも
純粋に食事を楽しめていた。
「でしょう?」
少し誇らしげに微笑みながら
彼女も丁寧な所作で取り分けて、食していく。
「うん、おいひ」
そうやって、
社長、エマ・オリエも
食事を楽しんでいた。
しかし、
「・・・・」
彼女の口へ物を運ぶ手が止まる。
目つきが、
纏う空気が
変わる。
「ど、どうしたんです」
「一緒に来てください」
「へ?」
困惑し、料理とそれを差したフォークが手放せないレーガンが座っていたソファごと掴み、
上着でも持つみたいに、ひょいと運んでいくエマ
「ちょ、ちょっと!?」
「その上で、ご飯でも食べててください
食べにくいかもしれませんけど」
「え?!え?!」
片手でそれを持ち、
片手でドアを開けながら
ソファの上にいるレーガンの高さを調節し、
外へと出るエマ
扉を開けて
2人を出迎えたのは
社長秘書の二人
「お出迎えしてあげて」
「「はい」」
今にもため息が漏れそうな顔のニコと
満面の笑顔を浮かべるアリソンは揃って、それを了承する。
その返事を聞く前に
聞かずともわかったいたかのように
エマは二階へとレーガンを運んでいく。
「せ、説明してください!
何が起きてるんですか?」
「敵襲です」
「そ、そんな!」
あの光景が目に浮かび、頭に蘇り、手が震え、
持っていた皿が床へと落ちる。
「そ、総督に殺される・・・」
そんな彼女へ
「それはないです」
エマはそう言い切った。
「な、なんでそんなこと言えるんですか!?」
「冷静に考えてください。
あれが本気でヤる気なら、
僕たちは既にこの世にいません。
遠くからここを消し飛ばして終わりです。」
「え、ああ・・・・た、たし・・かに?」
エマの堂々とした物言いに押し負け、
何だか釈然としないものの、
(そ、そうなのかな、確かにあんな魔法があるなら
私ごとこの場を消し飛ばせばすんじゃう
え、でも、市街地でそんなことしたら流石に
う、ううん・・・ほんのちょっと総督だったらやりそうなような・・・)
少なくとも、思考に意識が向いて
怯えは幾分か軽減されたようだ。
「ここ辺りにいましょうか」
エマはそう言いながら
ソファを地面へと降ろし、
一階の様子も見渡せる二階の通路で立ち止まった。
一方、その頃、
会社の正面口を出たすぐのところ
その通路では、
大勢のみすぼらしい服装に
魔導銃を持った集団を
「どうかなさいましたか?」
「うちに何が御用でも?」
ニコとアリソンが出迎えていた。