episode 5【境界線】
『しょ、処理って何ですか?!』
当時、何も知らなかったハンナ・レーガンは、
そう先輩研究員に聞いた。
『研究用の標本に数体を回収、
その後は・・・わかるだろ?』
『そ、そんな・・・・』
聞かずとも
その言葉の意味は
嫌でも伝わってくる。
『私たちは、何度か経験してる。
別に変なことじゃない。危険な魔獣だって駆除するだろう?
それと一緒だ』
『そ、そんな・・・・』
古株の研究員たちは、それで納得していた。
『確かに、生での生態系を観察できないのは
残念だが、別にそこまで気にすることでもないだろう』
『群れの観察は無理だが、生態研究はある程度、進められる。
もっと安全にな。ここで襲われるような危険を伴ってまでやるより、
大総督に任せた方がいいだろう・・・・な』
そう言って、皆が慰めてくる。
確かに精力的に研究へと取り組んできた
研究者に対して、
それは妥当な反応かもしれない。
『で、でも・・・・』
しかし、そうではないのだ。
ただ、この疑問に、この違和感に、
この初老か、五十代前後が大半を占める
多くの研究員たちは
気づきもしなかった。
『・・・・・・』
そして、それにどうこう言う、
資格も、力も、度胸も、
彼女にはなかった。
そこから二日後、
彼女は大人しく研究を続け、
当日は、警備兵の誘導に従い、
作戦が行われる場所の外へと避難した。
『・・・・・・』
自分は何もおかしいこと等していない。
ただ、危険な魔獣を駆除し尽くす、
人類のために、邪魔なものを片付ける。
それをただ見守るだけ
お母さんも、お父さんも
魔獣がどれだけ恐ろしく
それに悩まないでいい今の時代が
どれだけ幸福か、よく語っていたものだ。
『・・・・・』
そのはずなのに、
レーガンの心は晴れなかった。
あの小人が死ぬのかと思うと、
『・・・・・・・』
あの小人のメスが、幼体が・・・・否
あの可愛らしい女の子が死ぬかと思うと
『・・・・』
何かがおかしい気がしてくる
なぜこんなことに
『・・・・少し、1人になってきてます』
『・・・あまり遠くには行きすぎるなよ』
『・・・はい』
避難キャンプの端っこ
自然と開拓地の狭間で彼女は座り込んだ。
『・・・・・』
目の前にあるのは森林
植物の始まり
いや、元は始まりなどなかったはず
無理矢理刈り取って、綺麗にしたから、
こうやって、
線でも引かれたかのように
草木が、整列しているのだ。
『・・・・』
それを何とはなしに眺めていた。
そんな時、レーガンは聞き覚えのある声を聴いた。
『・・・・ん?』
唸り声のような
それでいて、少し高い、幼げな声
『・・・・・・・』
助けを求めるいるかのような声
レーガンは思わず境界を越えてしまった。
森の奥へと
声が聞こえる方へと入っていってしまう。
その先には、
『っ!』
あの子がいた。
緑色の肌
金色の髪
彼女の二分の一か、それ以下の背丈
頭が大きく、足も太め
可愛らしい
小人の少女
『ーーーーーーーー』
何を言っているかはわからない。
ただあの時と同じだ。
迷子になっているのだ。
言葉なんてなくとも
それは十二分に伝わってきた。
思わず周りを見渡すレーガン、
誰もいないことを確認すると
ゆっくりと彼女はその少女へと近づき、
『・・・・』
目を合わせた。
真剣な目、
ただし、敵意は見せないよう
ゆっくりと動き、優しく少女に触れた。
『・・・』
目をつぶり、
少ない魔力を神経に集中させ、
五感を強めていく。
『・・・あっちだよ』
そう言って、レーガンは
手を引き、少女を連れて歩き始めた。
(まだ、魔法も覚えてないんだ・・・)
およそ、魔法などと呼べるほど
発達した形態ではなかったが、
小人たちも体感的に
魔力の使い方は熟知していた。
それすら出来ないほど
彼女はまだ幼いのだろう。
『はぁ・・はぁ・・』
(こんな子まで殺すこと・・絶対ない・・・)
息を荒げながら
彼女は少女を連れて走った。
少女は黙ってそれに連れられていたと言う。
『・・いた』
程なくして
彼女は辿り着いた。
少女と同じ気配を持つ集団の元へ
すると、レーガンは少女に向き直りこう告げた。
『絶対に逃げて!
逃げて生きて!』
言葉が通じないことはわかっている。
それでも、伝わって欲しかった。
それを黙って少女は聞いていた。
ぼんやりとレーガンを見つめて動かない。
しかし、そんな少女が突然、
『!!!!!!!!!!』
何かを叫んで、
レーガンを押し倒した。
(つ、通じなかったかな・・・・)
そんな不安がよぎるがそうではなかった。
レーガンが居た位置には、
小人が居たのだ。
少女とは違う
大人の小人
鼻の高い、目は黄色
髪の無い頭頂部は緑一色
そんな小人が唸り声をあげて
レーガンを睨んでいたのだ。
手には、
ただの金属の破片に取っ手を付けただけの
粗雑なナイフを持って
この少女に近づく、
怪しげな生き物に
勇敢に立ち向かっていた。
『・・・・・・・』
段々と気配が集まってくる。
さっきの小人は刃物をレーガンに向けながら近づいて来る。
『・・・・・』
怖い
やっぱり助けなかったら
こんな魔獣のメス放っておいたら
こんなことには
(いや、そんなことない)
彼女に後悔はない
(私が甘かった)
ただ、正しいことをした
それでいい
(それで十分)
悲しいが
後悔はないと
目をつむるレーガン
しかし、いくら待っても
気たるべき最後はやってこない。
冷たい刃はどこも切り裂いてこない。
『・・・・・っ!』
それは、少女が目の前に居たから
あの緑色の小人がレーガンへ向かおうとするのを
その小さな体で以て食い止めていた。
『ーーーーーーーーー!!』
泣き喚くような声で、何かを喋る少女
『ーーー』
『ーーー』
二人で、何か会話をしていた。
小人の少女が
必死に何かを訴え、叫び続けるのを
小人の大人が
叱りつけるような、宥めてもいる様な
そんなどこでも見れそうな
意思疎通が、会話が目の前で繰り広げられていた。
直に、周囲から違う小人たちも続々と集まってくるものの
皆、何とも困った様子で少女を見つめていた。
『ーーー!!』
少女の懸命な訴えが実を結んだのか、
小人は刃物を持った手を下していく。
『・・・・』
(・・・助かった?)
そんな彼女の希望的観測は
『・・・ーー』
ため息をつくかのような
小人の声で確信へと変わる。
小人は武器を服の懐にしまい、
少女は、レーガンの方へ歩いて来る。
『ーーーー』
『・・・・』
(心配・・・してくれてるのかな・・・)
そんな風に見える。
大丈夫?
そんなことを言っているようにも思えてくる。
『・・・・』
『ーー』
ごめんね
立てる?
そう言っているのだろうか
少女が手を差し出してきた。
そんな少女の手を取り、レーガンは立ち上がった。
それを見て少女が笑った。
『ーー!』
少女は
小人の大人の方へ笑顔を向けた後、
再びレーガンへと微笑みかける。
『・・・ありがとう・・』
それは確実に伝わった気がした。
そんな時だった
小人の大人の頭が弾け飛んだのは