episode 2【変化】
三人は街道を行く。
白黒の貫禄ある白いコートを着た人間のすぐそばには、
金髪のエルフと赤毛の獣人がおり、その左右を固めている。
人通りの多い場所であろうと、
女性が真ん中、若者二人が左右という位置関係は変わらない。
若者二人が女性の
前に行ったり、後ろに行ったり、もう少しだけ左右にそれたり、
そういうことはあっても、離れることはない。
そして、それを誰も不思議がることはない。
遠くの方で、何かちょっとした爆発音が響くこともあるので、
そちらの方に気が向いているのだろう。
「なんでしょう・・・強盗でしょうか」
「それか取り締まりの銃声じゃない?」
もう聞き慣れたものだ。
今では、引き金に指をかけるだけで大体の人は殺せる。
そんなものが世に溢れ、食うに困る奴がいれば、
その二つが合わさった時、起こることは誰でもわかる。
「・・・・・・・」
そうやって、街を歩き、周りを見渡していると、
「・・・変わったなあ・・」
ふと、社長の口から、そんな言葉が漏れた。
「毎日言ってませんか?」
まだ20歳にもなっていない
ニコは不思議そうに社長へそう問う。
会社の上に暮らす空間があるとはいえ、
社長だって、外に出ることは多いし、あちこち出向いている。
街の景色なんて見慣れているはずなのに
社長は決まってそう言った。
「・・・そうかもね・・・」
彼がそれをわからないのは、当然だろう。
彼女の目には、
彼には見えないもの見えているのだから
飲み屋やカフェが入っているあの3階建てのビルは
30年ぐらい前は、社長が通っていた行きつけの定食屋があった。
未だに、定員の8割が埋まるあの劇場も、
10年前に映画が出てくるまでは、とんでもない人だかりで
側を通るだけでうんざりしていた。
道を行く男たちはすっかりステッキもハットも着なくなった。
女たちが着ていた服の派手さ、特に装飾の多さと言った意味での、豪勢さは鳴りを潜め、
短い丈のスカートや、肌を多く露出するものが増えた。
男と似たような服を着て、歩いている者もちらほらいる。
そして、そんな女や男を恨めしそうに見る者、
または、彼ら彼女らへ地べたに座り込みながら、
縋るような視線を送る、みすぼらしい格好の人々は、
着々と増えてきている。
前はこの通りには出てこなかったのだが、
今では十分も歩けば、そういった誰かしらと巡り合えるだろう。
「・・・・・・」
どれだけ見た目が衰えを見せずとも、
こうも周りが変わっていくと、
何だか彼女も、
(年、取ったんだなあ・・・)
そんな、彼女には似つかわしくない言葉が出てしまいそうになる。
(もう・・68かぁ・・あれから、50年・・・・)
「社長?社長?」
現にこうして、気が抜けてしまうことも増えた。
「・・・あ、ごめん、ぼけっとしてた」
外見は若いままでも、
中身は、もう立派なおばあちゃんらしい。
「・・・ちょっとお休みします?」
アリソンが心配そうに声をかけてくるが、
「いいよいいよ
先方を待たせたら悪いし」
社長は微笑みながら、
「心配してくれてありがとう」
と付け加え、彼女たちの前を歩きだす。
二人はそんな彼女を後ろを
しょうがない人だなあ
とでも言いたげな顔をしてついてくのだった。
そうやって、歩いていると、3人は目的地に到着する。
二階建ての豪奢な建造物だ。
小さな城か何かかと思うほど、
こられた装飾に、大きな扉
その前には、二人の男女が門番のように立っていた。
タキシードに身を包んだ、その二人に見えるように、
社長は薄っぺらな紙に金泊の使われた券を取り出し、確認させる。
すると、威圧的だった雰囲気が一転、
二人は恭しく頭を下げ、扉を開けて中へと通してくれる。
その中に広がっていたのは、
豪奢な内装が取り囲む、一階だけで百に達しそうな数のテーブルと
それに一切の空きなく、座り、食事と談笑を楽しんでいる風景
確かに昼飯時とは言え、
平日の昼間からここで食事とはずいぶんなご身分なのだろう。
それはこの社長たちも同じことのようだが。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、今度は鼻から歓迎してくれそうな雰囲気の給仕が声をかけてくれる。
彼に券を見せると、彼は慣れた動作で二階へと案内してくれた。
二階は、区切られた空間の中で、食事を楽しめるようになっていた。
そこの一室に三人は入り、反対側を開け、横並びに席について、
少し話し始めた。
「お待たせはしてないみたいですね」
ニコが向かいの席に誰もいないことを確認して、そう呟く。
「間に合ってよかった・・・まさかうたた寝しちゃうなんて・・・」
社長も、それを見て安心した様で胸をなでおろしていた。
「本当に大丈夫ですか?体調は」
アリソンはまだ社長の事が心配なようだ。
「大丈夫だって、本当にまずかったら休むよ」
そう社長が答えても、
「本当ですかぁ?
前もそんなこと言って、動き回った結果、
昼間から気絶して、寝てませんでした?」
まだ信用ならないらしい。
それがあったのも、たった一か月前の事、
急に社長が倒れたと、
二人は生きた心地がしなかったというのに、
社長は数時間すると、何事も無かったかのようにむくりと起きて来て、
ちょうど今と同じように大丈夫大丈夫と無責任な言葉を発し続けていたのだ。
「・・・そっかなぁ、と、年取ると物覚えが悪くなっちゃって」
「そうですよね、社長の事なんですから
覚えていらっしゃったら何度も同じ失敗はなさらないですよね?」
そう言われると、
アリソンは逆に物凄く安心したような
素振りをしてみせながら、笑顔で社長にそう言った。
『何度だって失敗はしてもいい。
だけど同じ失敗はしないように努めなさい』
この二人が何度も研修中に言われたことを
「・・・はい、気を付けます・・・」
今度は社長が言われるようになってしまったようだ。
「ふふふ、何だか不思議です。
まさか社長を叱る日がくるなんて」
それが何だか可笑しくて
思わずアリソンから笑みが漏れる。
「孤児院入って、そっから社員になって・・・・もう12年ぐらい?
ほんの4、5年前くらいまでは、僕らが叱られる側だったのにね。
まあ、僕はあんまり叱られた覚えないけど」
思わずニコも思い返す。
自分たちが社長に拾われ、雇われた時のことを。
その時、ニコは6歳、アリソンは7歳だったか。
いつの間にか12年の月日が流れていた。
「あら、
ニコは、人の気持ちをもっと考えなさいって
いつも言われてなかった?忘れたの?」
「さあ、そうだったかなぁ・・・
アリソンがよく叱られてたの覚えてるけどね
本は睡眠導入剤じゃないって」
いたずらっぽく彼がそう言うと、
「はて、どうだったかしら
私も最近、物忘れが・・・」
アリソンは口をすぼめ、弱々しい声でそう言って見せた。
よぼよぼの老女の真似だろうか
それが可笑しくって
間にいるエマの奥にいるお互いを見合えるよう
顔を前に出し、二人は笑った。
終始、エマは肩身の狭そうな様子で、
さっきまであったはずの威厳が薄れてきている。
ただ、そんな微笑ましい光景は
「こちらへどうぞ」
待ち人の到来によって、終わりを告げた。