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いまだ彼方の六等星

メロスよりずっとはや〜い

 光は、毎秒30万キロメートルで黒い世界を飛び交う。世界の外と錯覚してしまう遥か向こうで光る弱々しい6等星は、この世界に存在しないに等しいのだ。

 何億じゃきかない、まさに天文学的距離で光る星は、未だ誰の目にも届かない。無機物である故に心を持たないが、まるで孤独への悲しみを表すような弱い発光が、星の意思を体現しているようだった。

 光は進む、進む、進む―――。

 惑星の重力に引っ張られて軌道は曲がり捩れ、出発点も到着点も不明のまま宇宙を超高速で突っ切っている。誰かの目に届くが先か、自らが死を迎え消滅するが先か。超新星爆発する頃には、自分は何千万年経って、放った光は何億光年先を進んでいるのだろう。星の意思は誰にも届かず、独り言のように虚空に溶けていった。


 光波は無色の波と粒子として、真空の中を飛び抜ける。光の届いていない暗黒の星や、明るすぎて呑まれそうな恒星など、千差万別の天球や星雲を旅していく。赤や、青や、緑や、黄色みたいな鮮やかな色が漆黒のキャンパスに神の采配で描かれていた。

 その星に寄るなんて旅人らしいことはできない。光は、ただ進路をひたすらに進むことだけを許されていた。

 意識も思考もない概念が、世界の枠の中でシステムに沿って動き、その役割を果たしている。星は死んで爆発し、恒星は虚空の闇を照らしている。それらはそのためにあるのではなく、偶然と摂理の産物に過ぎないのだが、そう思えないところに神秘が隠れているのだ。

 宙を漂う元素の巨大な複合物は幾星霜を無駄に生きる。もし、この宇宙のどこにも生物なんて存在がなかったのなら、意味も理由もだれが決めるのだろうか。ヒトという形ある生命体に、6等星の光が届いたならば、初めて存在していると言えるのではないだろうか。

 意思は希望に胸を膨らませながら、幾千万の命を花火に変えたのであった。ぶつかるまで止まらない生命の息吹という名の波は、星彩渦巻く光の中へと残らない尾を引いて飛び込んでいった。

 数えるのも馬鹿らしいと思えるほど、多くの惑星、恒星、衛星のそばを通過していく。そうして神ですら気が遠くなるような時間を経て、光は辿り着いた。

 炎熱の滾る恒星、それを中心にそれぞれ違う速度で回る惑星や衛星。近づき過ぎれば光は灼熱の中に消えてしまうだろう。

 そうして水で覆われたかのような青い星や小さい緑がかった星、ガスで構成された二つの巨大な惑星や太陽とは違う地質的な赤を持った星を過ぎていき、遂に光は到達点へと着地しようとしていた。青が過半数を占め、緑と茶が大小なり表面に存在している。名前も知らない美しい星に、その光は降臨しようとしていたのだった。

 その時、灰色の衛星は光のすぐ側を浮遊し、降り立つ星は黒い影を纏っていた。


―――――――――


 少年は星を見ていた。毎晩宿題を終えると、テレビやゲームもほどほどにしてベランダの天体望遠鏡を覗くのである。アウトドア用品のテーブルに湯気の立つココアを置いて、少し白冷める空気を一瞬の吐息で温めた。

 オリオン座や牡牛座など、有名で見つけやすい星座は多くあるが、今日の少年は少し趣向を凝らしてみた。あえて、見つけにくい星座を探してみようとおもったのである。冬の星座の中でもかなりマイナーであろうエリダヌス座を探そう。少年は、冬がココアの体温を奪ってしまう前に二、三口の甘く芳醇(芳醇)な温度を先に奪った。

「背伸びせずに魔法瓶に入れればよかったかな」少年は少し恥ずかしくなった。

 誰かがいるわけでもないのに少年は、自分の心のうちにしかない羞恥心を誤魔化すかのように望遠鏡を覗き込んだ。確かエリダヌス座は、オリオン座の左足にあたる一等星リゲルの、すぐ上にある三等星クルサを先頭に、そこから南西へ三〜四等星を川のように繋いで川の形になっていたはずだ。オリオン座はすぐ見つかり、彼の左足付近を注視する。

 あった、三等星だ。少年は南西へと望遠鏡を動かして川の流れを辿った。三等星クルサから流れ出した奔流は、大きく左右に蛇行しながら地平線に消えていっていた。

 天の川ほどではないにしろ、少年は普段の有名な星座を見る時よりも心が躍っていた。知識あるも 者にしか見られない悲しくて孤独な星座を、自分が今は見守っている。誰も価値が分からない宝物を見つけたような気持ちが、少年にはとても心地よかった。冬の夜なのに、上昇した体温と冷気が丁度よく感じられた。

 今度は温くなったココアを半分ほど飲み込む。人肌を下回った陶器のカップを置いて、望遠鏡ではなく、肉眼で全天に広がる過去の光をその身に受けてみた。銀河鉄道の夜で、丘に寝転がったジョバンニになったような気分だ。

 暫くそうして夜光浴に浸っていると、輝く星々の中にキラリと砂漠の中で光った宝石のような星彩が生まれる瞬間を目撃した。全体的に視野を広げて夜空を見ていたからこそ、少年は気付けたのだ。慌てて望遠鏡で位置を確認すると、双子座の一等星のすぐ側に小さく、弱く輝く光を見た。間違いない、あれは遥か彼方から地球に飛来した六等星の輝きだ。

 少年は、生まれて初めて地球における星の誕生を目撃したのだ。何億光年先の光かは少年には分からないが、光る瞬間を見たと言うことは、その星が生まれる瞬間に立ち会ったということなのだ。

 まさか人生でそんな瞬間をこの目で見られるなんて思ってもみなかった少年は、夜光浴で寝てしまって夢でも見ているのではないかと疑った。そして眠気覚ましに、テーブルに置いていたココアに唇をつけて傾けた。

 その夢を覚ますほどに、飲み干したココアは冴えていた―――。

書いてる間、ずっとナユタン星人の曲が脳内再生されてました。

疲れてるなこれ。

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