嘘つきの悪女
短編集が上位ランク入りしたので筆が乗った結果です。
「貴方は嘘つきよ」
喧嘩した玲子にそう言われたのは、私にとって案外大きなショックだった。
私のどこが悪いとか、ここをこうしなさいとかではなく、私の中を決めつけられたみたいで、怒りよりも悲しさが勝っていた。
必死に弁明しても、玲子は可愛らしく怒ったままで見向きもしてくれない。だから私は、当たり前だけど少し重い約束を彼女と交わした。
「もう二度と、玲子に嘘をつかない」
この自分に課した呪いは、決して自分を苦しめるものではないはずだった。子供でもできるような簡単な約束事だったはずなのだ。
実際、私はそれ以降嘘をつくことはなくなった。良かろうが悪かろうが、玲子の前では正直な自分であり続けた。高校を卒業しても、大学が違くて離れて暮らし始めた時も、玲子に夫ができた時も・・・。
しかし、最後の最後で私は約束を破った。
いや、厳密には破らざるを得ない状況にさせられた。
玲子は、不治の病に侵されてしまった。
癌のように悪辣な病は、急激に彼女の命を削っていった。
痩せこけ弱り切った彼女の病床の横で、私は玲子に「幸せ?」と聞かれたときは戸惑った。
幸せなわけがあるか。友人が目の前で病に伏せて苦しんでいるのに、幸福などあるものか。
しかし、私はそれを言えなかった。言ってしまえば、彼女の心に悔恨を沁み込ませてしまう予感がしたから。
だから私は、精一杯の嘘をついたのである。「幸せだ」と言ってのけた。もしかしたら彼女は分かっていたのかもしれないが、その時は静かに「そう」と言っただけだった。
その数日後、彼女は病死した。親族友人たちは悲哀に泣き、それでも棺を彩る花は白かった。
私は涙の一滴も流すことなく葬儀を終えた。そうして数ヶ月だろうか。悲しみの代わりに喪失感と云おうか、虚無感と云おうか、ずっと穴が胸中にあった。
ある日、ふと彼女の墓に行ってみようと思った私は、花屋で買った菊とスターチスを手に、綺麗に磨かれた御影石の前に立っていた、。雲間から霊園を照らす日光が、墓石の文字と家紋をライトアップしている。
最後の最後に、私は彼女に嘘をついた。だが、彼女も私に嘘をついていた。嘘に気付いていながら、黙ってその場を流し偽の幸福を否定しなかったではないか。
「・・・・・・嘘つき」
私は彼女の墓に、声では怒りながら、しかし顔は泣き笑って、ペットボトルの清水を掛けた。私も貴女も、これで立派な悪女になってしまったなと笑った。
すぐに乾いて消え失せるだろうが、これを玲子の嘘の罰にさせてほしい。
この日を最後に、私たちは喧嘩別れをして再び会うことはなかった。
小説家として自信になりました。
ありがとう読者諸君。




