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ディスマン短編集『語らずとも談る』  作者: ディスマン


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ストレイ・キャット

ずっとこの短編集がランクインしているので

嬉しくて書きました。

 音もなくしなやかに歩く。ネオンランプの光が空中で絡み合い、淫靡(いんび)な雰囲気を醸し出していた。埃は雨で流れ、足音はより凪いでいる。

 ビルとビルの隙間風、娯楽施設の騒々しい音楽、何も聞こえない話し声たち。行く宛が最初から無い迷い猫の周囲だけが、静寂に濡れていた。

 本当にその空間だけ音が消えているわけではない。猫は超能力者でもなく、小(うるさ)いネオン街がマスキング効果を生み出しているでもない。

 猫は、耳が聞こえなかった。何も聞こえていないのなら、それは猫にとって音が世界に存在しないことと同義である。


 念の為、猫を"彼女"と代名する。

 彼女は人の目には余り触れない路地裏や天井を歩くことしかせず、通りに出てくるのは向こう側へ渡りたい時だけだ。野性味ある野良ゆえの自由なのだろう。

 しかし毛並みは野良にしては艶やかで、穏やかな流水の如きである。瞳は月を埋め込んだようで、どんな眩しい都会の光も、瞳に吸い込まれて月色になってしまう。

 だが、そんな彼女を誰も見向きもしないのだ。本猫はそんなことを気にも留めないが、私は何故だと遠巻きに眺めて首を傾げた。

 彼女の横を通り過ぎていくのは、身なりの良いスーツを着た中年、今時のファッションを着こなす若い少女二人組、ブランド物の財布を尻ポケットに入れている男。私は彼らを見て、ある仮説を立てた。人とは、見た目ではなくその奥にある立場や地位を見ているのだ。どんな見た目をしているというより、()()どんな見た目をしているのかを無意識に見定めているのだ。

 だから、彼女に誰も見向きしない。どんなに美しい猫でも、野良という立場で意識から排除してしまう。

 彼女も人の波を無視して堂々と歩いている。それがまるで暗喩のような、皮肉のような、そう受け取れる仕草に思えた。己が己以外を選ぶのは、常に曖昧なものである。それを絶対と信じて疑わず生きている人間という生物を、同じ哺乳類でありながら違う生物を見るような目で、彼女は嘲笑っているのだ。

 私は、それが美しいと感じた。一見、迷っている猫でも、それは私たちがそう観ているだけしかない。確かに彼女には目的地はないだろう。しかし、ウロウロすることも立ち止まることもしない。そう、迷っていないのである。

 それに比べて、私たちは常に迷っているではないか。社会や規範、欲によって常に多くの選択肢と義務が付き纏っている。本来私たちが彼女と同じく持っていた物を、私たちは年月が経つにつれて捨ててしまっていたのだ。ヘンゼルとグレーテルのように、意味のある廃棄ではない。進化とともに脱ぎ捨てた旧い性質だ。

 彼女はサディスティックに笑って、雑踏の中に消えていった。何も知らぬ人類は、知らぬところで、知らぬ存在に敗北していた。

 それを知ったのは、少なくとも私だけだった。


文才は読んで知って培われます。

読書好きの大半がいい文章書けるんじゃないですかね(プレッシャー)

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