羅列、幾星霜
名前も個性も何もない。
ある一つの存在の話。
私に名前はありません。
暗い世界で存在しながらも、自由がない生涯を送っているのです。
そもそも、私たちには最初から自由はありませんでした。自分たちの存在を認知した時から個性や他人とかいう概念すらなかったのです。
暗く、熱く、狭い世界。曰く、Cの世界。
今日も私を含めた何十億という同胞が、軍隊のような完璧な配置で並んでいる。
そして、ただ只管に焼かれ、圧迫される。ただそれだけを、この何十億の同胞がひしめき合う世界で繰り返すのです。
言葉を発することもなく、身じろぎすることもなく。
私たちは、沈黙の終わりを待つのみなのです。
頭の中で、カチ、カチと時を刻む音がする。もう何千年、いや何万年も私たちは待っていた。
熱され、圧され、一つになる時を待つ・・・待つ・・・待つ・・・。
またそうして何年経ったかも分からないほどに、退屈と不変の世界に身を置き続ける。
諸行無常なんて無いんじゃないかと思えるほどに、何も変わることはなかった。
精々あるのは、地を這う血液の流れる音だけ。
いつ来るのか、それとも来ることはないのか。まるで最後の審判を待ち望む信仰者のようだ。
母の子宮の中にいるかのような、不変的で、でもいつかは外の世界に生まれ出る運命の象徴がこの世界ならば、せめてあと数百年以内には上へ上がりたいものだ。
目を開ければ、赤い何かが私たちを包んでいた。それはとても熱くて、でも溶けてしまうほどではなくて、むしろ心地よささえ覚えた。
身体中を包み込み、天へと押し上げる。
ふと周りを見ると、同胞たちは極限まで集結し一つとなっていた。もちろん、私もその一人です。
私は皆で、皆は私。精神的ではなく、言葉の通りそうなっていたのです。
赤い奔流に身を任せていると、私たちに光が差し込んだ。
初めて見る、あの暗い世界にはない色彩だ。名前は分からないが、遥か上の彼方まで広がっている青だった。
しかし、それも短い時間だけ。今度は下へとゆったり落ちていく感覚がした。
熱い血液は、砂や岩に覆われた大地の肌を緩やかに侵食していく。
岩に染みる朝露、滴る鍾乳洞、暖かい雲・・・。
言葉にし難い浮遊感と、ゆっくりと進む景色に、私たちはやっと解放の時が来たのだと悟った。ここから先は運命次第だ。埋もれるも良し、磨き上げられるも良し。
私たちが風化したり砕け散る前に、何とかして私たちの幾星霜を歴史に刻んで欲しい。
そう願いながらも、私たちを包んでいた温もりは徐々に冷えていった。またあの暗い世界に戻ってしまうのだろうか。
自然は平等に不平等なのだと、私たちは諦念を抱かざるをえなかった。
13世紀、青の世界に上ってから数十億年後。
生物が、私たちを暗い世界から引き摺り出した。生物は私たちを連れて行き、粗さのある私たちを綺麗にしてくれた。そして、生物の上位にいるであろう存在に、私たちを預けたのです。
その後、約600年間も私たちは受け継がれていった。次の世代が変わったり滅べば、また次の世代へと移ろい巡っていく。
その輪廻の中で、ついに大きな変化が起きた。これまでにない大移動が起きたのだ。私たちは元いた場所から、青の世界を照らす光が沈む方向へと送られたのです。より洗練され、より美しくされ、今はこうして彼らの頂点の威光として不可視の光明を放っている。
完璧で、
正確で、
硬く、
美しいままで。
万物を構成する6番目のエレメントと称され、今は名もなき私たちにも名前が与えられている。
実存的で、誰かに定義されるまで無意味だと思われた私たちは、確かにこの世界に刻まれているのだ。
私は・・・・・・私たちの名は、カーボンだ。
この話はマインクラフターによく効く。