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ディスマン短編集『語らずとも談る』  作者: ディスマン


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帰り花が凍ったなら

冬でなにか書きたくなったので。

 息が白冷め、肺に心地よく突き刺さる。濡れてもいない手は迅速に風と空気に噛みつかれて、毛布や熱気に当てなければ取れることのない歯型を刻み込んだ。風晒しの河川敷を上から眺める。子供が元気に走り回り、親が寒そうに、されど微笑ましそうに見ていた。対して私は、そんな彼らを見ながら風に吹かれ、羽織の袖が揺らめいただけだった。息を吐いて白さを確かめようとしても、それすらも北颪(きたおろし)に掻き消されてしまう。巡る自然に私を含めた人間たちは、何千年経とうと忍耐を強いられていると知らされた。

 その時の私は何か用事があるわけではなかった。何も目的を持たず、流浪人のように都会の中のなけなしの自然界を求めて徘徊していたのだ。心が病んでいるかもしれない。孤独に耐えかねたのかもしれない。しかし、そう断言できるほど、私の中の霹靂は明確な形を持たず、霧の立ち込める(たけ)のような不定形であった。

 毎年冬になると大雪で生家の前が埋まってしまうような北国で生まれ育った私には、太平洋から届く乾いた寒波がまた違う不可視の魔物のようだった。満天の青天が、初雪はまだ遠い未来だと私に主張してきて、それが一層、故郷の白を恋しくさせるのである。もう少し潤いを帯びてくれていたら、私は凍てつく冬に化粧された故郷を錯覚できたことだろう。残念ながら、私の起源を想起させるには、東京は南過ぎたようだ。無心で移ろう間は私の心は白いままだが、少し余計なことを考えれば、悪魔が私に邪念を抱かせようとしてくる。

 私は、人がこうして悪魔や妖に心を揺さぶられる原因は人間に他ならないと考えていた。人の日常に良くも悪くも変化を齎すのは人間である。それはキリストの時代から決まっていたことなのだ。人は絶えず何かに脅かされ、不安を抱えて生きている。不安を抱かないのは、あくまで不安の元を認識していないだけであって、誰しも存在はしているのである。勿論、今の私にもそれは燻っているが、正体までは分からずにいた。自分でさえ、何が不満で、不安で、苦痛なのか分からないのである。そんな不明瞭な不安が、人を逃避行に走らせる。逃げることを非難する人間は、自分が正に逃げ遅れていることを知らない。

 河川敷の水の匂いから離れ、静かな住宅街を練り歩いても、生き急ぐ人間が大半のこの国では、皆が暗中模索に迷い込んでいるように見えた。余裕と言うか、無駄を削ぎ落とし過ぎている気がするのである。人生は誰かのために生まれてくることもなければ、誰かのために生きなくてはならない義務も存在しない。人は何処の誰かである以前に自己が存在している。謂わば、実存だ。人間の本質は、今のご時世なら人間観察などしなくても現代哲学を読めば誰でも理解できる。私が子供とバイクの音以外存在しない街の隙間を闊歩するのは、不安から逃げるためでも答えのない哲学的思考に沈むためでもない。その行為に私は理由など求めていないし付けてもいないのだ。

 電車が通る後が徐々に聞こえてくる。私は静かな冬の森に佇むバンガローを夢想しながら無意識に歩いていた。心は求めていたつもりなどない。しかし、体というより本能が求めていたらしい。葉が擦れる音、緑の匂い、木の温もり。それら人間界では希少な、人と自然が寄り添っていた古代からあったはずのものを、文明に汚染された都会で求めてしまっていたようだ。

 電車に乗ることもなく、私は来た道を引き返して家路につくことにした。家々の影は私を太陽から匿い、私はその黒い地面を歩いた。交差点を渡ったところで、ふと小学校が見えた。仮校舎になって1年経つ無骨な建物の外に、花の咲く花壇を見た。冬に花が咲いているなど見たことがなかった私は、敷地の外から柵越しにそれを観察していた。調べたところ、あれは帰り花と言うらしい。草木が本来の季節とは異なって咲かせた花のことで、忘れた頃に咲くことから忘れ花とも呼ばれている。冬の花が珍しいことは認めるが、私は花に興味がない。そんな私が花壇の小さな花に目を奪われた理由はもう一つある。花弁が霜で覆われていたのだ。生きていながらその身に薄氷を纏い、それでも砕けずに陽を見上げているその様に、最近見ることのなかった生命の強さを見出したのである。

 私は少しだけその花に手を伸ばした。絶対に触れることなど不可能だが、私の中に破綻した欲求が生まれた。

――あの花を突いてバラバラに砕け散ったら面白いだろうに――

 散り際の桜が美しいように、御国の為に命を賭して戦う兵士が美しいように、私は悲壮的な終焉に背徳的な美しさを感じずにはいられなかった。愉悦に満ちた、人の悲観を逆撫でするような感情の高鳴りに、私は形容し難い希望を得ていた。終わりという美しさ、それが冬と季節外れの花によって偶然演出され、私の視界に現れた。私は錯覚の中で、凍ったものや脆い物が音を立てて崩れていく想像を幾度も繰り広げた。それは花に飽き足らず、戦争、見ず知らずの他人の人生、麗しき少女、大病で病床に伏せる少年。そんな現実とフィクションの境目に存在するような虚実の彼らに想像の色を塗りつけていくのだ。誰の耳にも届かないシシオドシのような虚しさはない。私の内包する世界に、その崩壊が存在することが大事なのである。

 醜い自分を嫌う者も世の中には居るが、最も重要なのは美醜ではない。それは外界に存在する概念であり、人の中身にはレッテルのない"人間"という曖昧で、広義で、それでいて絶対的なものが淡い光を放って浮いているのだ。光の中では、光は見えないものなのである。それは闇も同じだ。だから人は比較、区別、または差別をしたがるのである。己の中に確立したものが存在しないから、その穴埋めを外の世界に作り出そうとするのだと、私は彼ら人間を見てそう思わずにはいられないのだ。

 この瞬間に大寒波が一瞬だけ来て、私以外の全てが凍りついてしまえば、そしてそれを蹴飛ばして砕いてしまったら、どれほど愉快なのだろうか。想像で留める限定的な世界を、私は自らの脳内と網膜に擬似的に投影して少しの楽しみを終えた。夕刻まではまだ早いが、風が強さを増して私を凍り付かせようとしている。生活感の染み込んだ蒲団の中で、一時的な安らぎを得ることにした私は、東へと呑気に歩いていった。

 背天から私を照らす太陽は、この時だけは北風に勝っていた。

途中から私という人間の破綻的側面が描かれてるだけやんけ

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