朦朧とした痛みの中で
有給取ったその日の朝に風邪引いた。
ムカついたから小説にしてやるよこのやろー。
体に鉛でも執着したのか。そう錯覚してもおかしくなかった。
私が目を覚ますと、明らかに枯れている声と喉の痛み、そして物理的でない体の重みに戸惑った。しかし、すぐに私は風邪症候群に身体を侵されてしまったと知覚した。道理で、暖房をつけても解消されることのない寒気が、私の背筋から離れていかないわけだ。
不幸にも風邪薬は切らしてしまっていたので、布団の上に毛布を被せ、怠い身体を引き摺りながら13分掛けて駅前のドラッグストアへ向かい、風邪薬と大量の経口補水液とスポーツドリンクを買った。そこから家に戻るまでは良かったのだが、安心を無意識に感知した体が急激に怠くなった。戦場で負傷した兵士のように、麻酔が抜けない患者のように死に体の体をロフトまで運ぶ。重い体を布団に仕舞い込み、私はいそいそと風邪薬と経口補水液を無理矢理喉に通らせた。痛い、痛い、痛い。呼吸はできるが、固形や液体が喉を通過する度に不快でたまらない。
部屋の暖房も暑めにしたのに、私と布団が接していない部分が異様に寒く感じられる。汗は掻いているのに、感覚は寒気を覚えていた。それと同時に、心が急速に冷えて脆くなっていく感覚に陥った。強い孤独と云うか、救いがないことを自覚させられていると云うべきか。生憎と私には、家に呼べる知人や恋人など存在しない。頼れるのは死にかけの自分だけとは、笑ってしまいそうだが咳で喉が痛むので堪えるとしよう。
乾燥を防ぐために、ボウルに熱湯を注いで枕の横に置いた。これで少なくとも一晩は持つだろうと安心した私は、次の問題に直面した。暇なのである。動画や映画を見たり、Web小説を読むしかできることがないのである。これこそ、病床に伏せた人間が最も苦しめられることなのではなかろうか。
できることなら動画の編集や小説の執筆がしたいのだが、残念ながら怠さと寒さで梯子を降りることすら億劫になってしまっている。
諦めてイヤホンで音だけを聞きながら瞼を閉じるが、ここで私の精神を苦しめるものがやってきた。幻覚だ。透明な欠片を、これまた透明な手のようなものが摘み取って私の上に置く。すると、何も乗っていないはずなのに地中深くに落とされるような重量感と浮遊感を一瞬感じた。
私が思うに、これは心の弱さが具現化したと思う。病気で弱った私の心そのものが、幻覚となって私を奈落に叩き落とそうとしているに違いない。あるいは無意識なのかもしれないが、とてもその時の私にはそれを考える余裕など持ち合わせてはいなかった。
擬似的な重圧や落下の感覚が定期的にやって来る。無心であれば問題ないが、気が緩めば途端に私を突き落とすのだ。夢の中に逃げたいのも山々だが、逃げたら逃げたでより鮮明な幻覚が苦しめに来るだけだろう。
今度は何を見せられるのか。山肌を流れる湧水と岩か、白い空間で倍々ゲームのように増えていく黒い球体か、眩い光を放ちながら宇宙空間を飛ぶ隕石か。何にしろ、私を一時的に狂わせてくることは保証できる。
鬱になれば、いよいよ私はどうなってしまうか分からない。最悪なのは、こんな状態の私の所に招かれざる客が来ることだ。それだけは何としても避けたいと思っていたのだが、事態は4日目に悪化した。不動産の訪問営業が家に来たのである。弱っていた私は応対してしまい、結局は断って追い返すことができたが、正直言って精神安定剤が欲しいくらいには精神を消耗してしまった。一時は自殺まで考えそうなくらいだったが、その衝動が不味いものであることは分かっていたので、インターホンの電源を切り、布団から一切出ることなく寝るまで朗読やASMRを聴き続けた。
それから3日かけて、私の精神は持ち直した。溜まりに溜まったストレスにより欠伸をしていなくても流れる涙やネガティブな精神状態を止めるため、普段は観ないお笑いや感動映画を鑑賞し、風邪が治ったその日の夜に居酒屋で酒に酔った。
次の日の朝に、私は久々に清々しい一日を迎えることができた。厄年でもないのに災難であったと言わざるを得ない。無駄に冴える頭が仇になってしまったようだ。2024年で最悪な数日間と胸を張って言える。
次は万全の状態にするためにも、薬は切らさないようにしよう。咳止めのトローチを舌で転がしながら、独り身による療養の辛さを痛感していた。
経口補水液は美味しい()




