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side 音

最寄りの駅前についた。

琴葉の仕事場は、電車で二駅先にある。

さすがに、もうついてるか……。


琴葉が現れた!

声をかけようとしたら、隣に知らない男が立っている。

俺は、慌てて見えない場所に隠れた。

傘越しに見ると、琴葉が嬉しそうに笑ってるのが見える。




「音、もう別れなさい」

「また?もういいって」

「聞こえる子はね、聞こえる子同士といるのが幸せなのよ。いっとき、付き合えたって最後には音を捨てるんだから……それぐらいわかりなさい」



半年前。

母さんに言われた言葉を思い出す。

聞こえる人といるのが幸せ。

そっか……。

そうだよな。

二人の姿を避けるように家に帰る。




【母さん、美弥子の連絡先教えて】

【会ってくれる気になったのね。向こうに音の連絡先送ってていい?そっちの方が早いでしょ?】

【じゃあ、そうして】



聞こえる相手とは、いっとき……。

だったら、割り切って付き合わなくちゃいけないよな。

部屋に入って、机の引き出しをあける。


「澄み渡った空の匂いって何か好き。わかる?音」


琴葉が言うから、好きになった。

耳が聞こえなくなっていく俺に、琴葉はいろんなものを教えてくれた。


鼻孔をくすぐる香りや手に触れる感触や目で見る色彩。

舌の上を滑るように落ちるチョコとか……。

耳が聞こえてるうちに、音と連動して様々な事を教えてくれた。

だから……。


引き出しに入った茶色箱。

蓋を開くとサファイアの指輪。

琴葉と見た、あの満天の星空の夜の色が忘れられなかった。

海のパシャンパシャンと跳ねる音。

砂を踏む音。

この色を見ただけで、全部思い出せる。




明後日は、付き合ってから5年目だった。

だから、プロポーズしようと決めてたんだ。

スマホを開いて、予約した店をキャンセルしてリビングに戻る。



「ただいま、おと」

「お腹、大丈夫?」

「だいじょうぶ。おとのかおみたらなおった」

「よかった」

「うん。なにかのむ?」

「別れようか」

「えっ?何?」

「俺達、別れようか」

「どうして?」

「俺、もう琴葉を好きじゃないから」

「えっ?ちょっと何で?意味わかんない。ちょっと待って、頭の整理がつかないから」

「悪いけど、出てってくれない?一週間以内に……」

「何で?そんな事言うの?もしかして、結婚の事でお義母さんに何か言われたとか?だったら、気にしなくていいよ。私、まだ結婚とか考えてないし」

「ゆっくり話して!!」



テンパっている琴葉は、早口で話しているから……。

唇を読むのが追い付かなくてイライラした。

俺は、スマホを取り出した。



「もう一回話して」

「私、結婚なんて考えてないよ」

「もっと長い言葉だったろ?二回言うのめんどくさかった?耳が聞こえてる人なら、こんなの見なくても普通に話せるもんな」

「何で、そんな言い方するの?」

「ごめん。俺は、もう琴葉に優しく出来ない」



顔を見たら泣いてしまいそうだったから、部屋に行く。


「パタンって閉まる音がするでしょ?ほら、持って。行くよ」


このドアは、文字にすればパタンって音が聞こえるドアだ。

何度も、何度も、琴葉が教えてくれた事。



「キュウリ食べる時は、頭の中にポリポリって音が響かない?」

「見てみて。お風呂のお湯。パシャンとかピチャンって聞こえない?」

「揚げ物をする時の、パチパチって音が好きなの。わかる?」

「ねぇーー、音」

「この靴の音、覚えてて。お気に入りだから」

「音が忘れないように同じの買うから……」

「同じ曲聞くから……」

「映画は、これ。最後に耳が聞こえた時に聞いたやつ」




俺は、琴葉に新しいものを触れさせてあげる事が出来ない存在なんだ。

だけど、さっきの人は違う。

琴葉に新しいものを教えてあげられる。

日本映画に字幕をつけて見なくたっていいし、音楽だって今ヒットチャートに上っているのを聞ける。

琴葉が欲しい靴を履いてもいいよって笑ってあげられる。



【結婚なんて考えてないよ】


さっきの羅列に胸を締め付けられる。

琴葉の優しい嘘は、いつだって俺を苦しめるんだ。

大好きだけど、大嫌いだ。


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