side 音
「すみません。遅くなりました」
「大丈夫ですよ。ねっ、お父さん」
「悪いが、人がいない場所で話せるだろうか?」
「はい」
「すまないね。君の話し方のせいで、私達が好奇な目に晒されるのは嫌なんだ」
「お父さん、そんな言い方しないで。ごめんなさい」
「いえ……」
「近くにカラオケボックスがあったんで、そこに行きましょう」
「はい」
俺は、出来るだけ言葉を発しないようにした。
カラオケボックスの受付に、一葉ちゃんが話をしてくれて部屋がとれた。
カラオケボックスの室内につくとお父さんは、あれを起きなさいと言わんばかりに机を指差す。
俺は、スマホを立ち上げて目の前に置く。
「先に、飲み物頼みましょう!音君は、何飲みます?」
「えっと……これで」
「コーヒーですね。わかりました」
「私もコーヒー」
「わかった」
一葉ちゃんは、立ち上がって部屋についている受話器で話している。
昔は、俺も徹とよくカラオケボックスにきた。
「こんな事を言ってはいけないけれど、娘と別れてくれてありがとう」
一葉ちゃんが、戻って来ないかをチラチラ見ながらお父さんは、話した。
「君の決断は間違っていない。娘には、今、素敵な人がいる。私は、彼と一緒になって欲しいと望んでいる」
「はい」
「君と別れた事を今は辛いかもしれない。だけど、いずれ彼が君の事を忘れさせてくれる。だから、君は、もう何も心配しなくていい。娘……。いや、琴葉の手の傷の事も悪いと思わなくていいから」
「お父さん、ちゃんと話した?お姉ちゃんが……」
一葉ちゃんに見えないように、俺はスマホの位置をずらす。
店員さんが、飲み物を持ってやってくる。
「音君……。お姉ちゃんが」
「一葉、迷惑だからやめなさい」
一葉ちゃんが、何を言いたくて俺の元にやってきたのかがわからない。
「でも、とにかく一度は……」
言葉を続けようとする一葉ちゃんをお父さんが止める。
一度は、琴葉に会って欲しいって事なのだろうか?
「お父さんが、ちゃんと話すって言ったんでしょ!だから、連れてきたのよ」
「一葉。ワガママ言うんじゃない」
さっき言われた言葉の意味は、嫌でもわかる。
もう二度と《《琴葉に会わないでくれ》》って事ぐらい。
わかってる。
そのつもりだったから……。
だったら、ちゃんと伝えてもらおう。
「先ほど、琴葉さんの手の傷を気にしないでいいと言っていただき助かりました」
「音君……?」
一葉ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしながら俺を見つめている。
「正直、いつまで責任をおわなきゃならないんだと思っていたんですよ。あの日、あの場所での待ち合わせがいいって言ったのは琴葉さんでしたし……。それに、俺も結婚したい相手がいるんでね。だから、今日、荷物を纏めてるんです。それなのに、こんな場所に呼び出されて。本当に迷惑してるんですよ」
突然、頬を痛みが走る。
俯きながら話していたから、叩かれるのを気づかなかった。
「一葉、やめなさい」
「最低。どうして、そんな事言うの?お姉ちゃんは、どんな事があっても、どんなに反対されても音君が大好きで、音君を信じているのに」
「そういうのが迷惑だって伝えていてください。話しは、それだけなら失礼します」
「こちらこそ、わざわざ呼び出してすまなかった」
スマホを取って立ち上がる。
【最低。いい人だと思ったのに、最低】
一葉ちゃんの羅列が胸を締め付ける。
琴葉が倒れて、一葉ちゃんに何かを話したんだと思う。
一葉ちゃんは、琴葉の気持ちを俺に伝えにこようとして……。
お父さんに見つかったのだろう。
お父さんが、その何かを伝えてくれると一葉ちゃんは信じていたんだと思う。
でも、お父さんが俺に話したのは別の言葉だったのだろう。
忘れようと決めたのに、幸せを願おうと決めたのに……。
ジンジンする頬の痛みとズキズキする胸の痛みが重なって。
涙がポタポタと目から零れ落ちていく。




