side 琴葉
「琴葉、震えてるよ。帰ろう。帰って、シャワー浴びよ」
春樹は、傘を取って私を立たせる。
もう、傘なんか必要ない程にびしょ濡れなのに……。
春樹は、傘を差してくれる。
春樹が話をしてくれるけど、私の耳には雨の音しか入ってこない。
気づいたら、春樹の家についていて。
春樹が、私をお風呂場まで連れてきてくれてシャワーを捻った。
「シャワー浴びて、あっ、お風呂いれようか?」
「シャワーで、大丈夫」
「琴葉の服や下着いるよな?」
「大丈夫。タオル巻いて取りに行くから」
「いやいや、俺が大丈夫じゃないわ。とりあえず、俺は部屋にいるから」
春樹は、フェイスタオルを一枚持っていなくなった。
春樹がいなくなって、服を脱ぐ。
雨に濡れて張り付いた服は、脱ぎずらくて……。
このまま、シャワーに入ってしまおうかと思う程だ。
何とか脱げた服を洗濯機に放り込んだ。
春樹がシャワーを捻ってくれていたから、入る頃にはお湯が出ていた。
シャワーのお湯が、冷えた身体を暖めていく。
体も心も冷え切っているのがわかる。
体が暖まっていくと、さっき春樹に縋ってしまった自分に腹が立ってきた。
でも、今、春樹の手を話してしまったら……私はどうなってしまうの?
今は、何も考えたくない。
今は、このまま時の流れに任せていたい。
シャワーから上がって、私は部屋に入る。
持って来た服にも1つずつ、音との思い出が宿っている。
音との思い出がなるべくないのがいい。
「懐かしい。まだ、入るかな?」
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「琴葉、お父さんがお土産だって」
生きる事が辛かった。
私の日々に父は、気づいていたのかも知れない。
「何、これ?」
「何かコラボとか何とかでな……」
「私、こんなの着ないよ」
「せっかくお父さんが、買ってきてくれたんだから着てあげなさいよ。一葉は、すぐに着てくれたのよ」
「ほんとに言ってるの?こんなダサいの私は着ないから」
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「入れた記憶なかったのに……」
お父さんのお土産のTシャツに袖を通す。
よくわからないけど、救われる。
何の思い出もないからかな?
コンコン……。
「はい」
「ご飯作るね」
「私も手伝う」
部屋から出ると春樹は私のTシャツの柄を見つめていた。
「お父さんのお土産。ダサいよね?」
「そんな事ないよ。何か、琴葉を思って選んだ感じがしたから見ちゃった」
「どこが?何か変でしょ?」
「確かに、見た目は子供の書いた落書きっぽいかも」
「そうだよね」
「でも、その淡いピンクとか散りばめられてるハートとか。俺は、愛を感じるけどね」
「ホントに?そうかな?」
「そうだよ。琴葉のお父さんは、昔から琴葉が大好きだったじゃん」
そうだ。
春樹は、私の両親を知っている。
高校の時、何度も家に遊びに来たから……。
交際を反対されると思ったけど、不誠実な行いはしないと言う約束だけをさせられた。
お互いにとって、全てが初めてで……。
新鮮な相手。
「何作るんだっけ?」
「ミートスパゲッティは、やめようか?」
「ううん。食べたい」
音の記憶は、上書きしよう。
別れを音が望むなら……。
私も、新しい日々に進まなきゃいけないよね。




