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第二十六章 無差別皆殺し命令

紅丸は氷織の胸元から飛び出し、着地すると同時に一気に数倍の大きさになったかと思うと、牙をむいて唸り、二本になった尻尾は空中でふわふわとしきりに揺れた。


 氷河の環境のおかげで、氷織の氷雪術は強さを増し、CランクではあるがBランクの力を発揮することができた。

 彼女はさながら下界に降りた女神のように、周囲の敵を一掃した。紅丸もかわいらしいペットから二本の尻尾を持つ巨大で獰猛な狐に変身し、牙と四本の足、そして二本の尻尾が全て武器に変わり、氷織と共に戦った。


 氷織が前にいた数人の衛兵を退け、顔を上げて陣眼に視線を向けると、そのちょうど中央には副隊長が立ち、二本の旗を振って攻め込む衛兵に指示を送っていた。

 氷織は急に跳び上がり、二本の尻尾を持つ巨大な狐となった紅丸に跨がり、手で紅丸の頭を軽く叩くと紅丸はすぐさま理解し、副隊長に向かって突進した。


 自分に向かって疾走して来る氷織と二本の尻尾を持つ巨大な狐を見て、副隊長が口角を上げ、軽蔑したような冷笑を浮かべて旗を振ると、部隊全体が急激に収縮し、副隊長の前方に羅盤(風水で大地の気脈を読み、土地の吉凶を占うために用いる方位盤)を形成し、素早く回転し始めた。

 氷織は高々と跳び上がり、法杖ほうじょうを振り上げると、羅盤の中心を指した。副隊長は顔を上げて彼女を見ていたが、その目には彼女が間違いなく死ぬという自信が(あふ)れていた。


 「フン!死にたいのか!」


 氷織の法杖ほうじょうがピタリと止まり、彼女は左目でウインクした。


「かかったわね!」


 副隊長が驚いた次の瞬間、彼の目の前に紅丸の巨大な顔が現れ、両目から突如冷たい光線が発射された。副隊長は両目を押さえて叫び、旗を投げ捨て、指揮がなくなったため、衛兵はまとまりを失った。氷織と紅丸は羊の群れに入った狼のように、空中や地上の至る所に衛兵たちを吹き飛ばした。


 衛兵隊長は怒りを抑えきれず、大きく目を見開くと、全身が突如として金属製の鎧に覆われ、さらに金属製の兜とマスクも装着し、殺意を抱いて突進して来た。紅丸は防ぎ止めようと飛び出したが、一撃で吹き飛ばされ、吐血した。


 「紅丸!」


氷織が大声で呼んだ。


 彼女が法杖ほうじょうを振り、五本の氷の矢を放つと、矢は上下左右そして真ん中に分かれ、それぞれ隊長目がけて飛んで行った。衛兵隊長は軽やかにかわすと、一撃で矢をたたき落とした。

 氷織は再び法杖ほうじょうで巨大な氷の盾を作り出したが、隊長に一撃で砕かれた。衝撃で後ろに飛ばされた氷織に衛兵隊長は蹴りを放ち、氷織は法杖ほうじょうを持ち上げて衛兵隊長に突き刺した。


 衛兵隊長は軽々と跳び上がると、法杖ほうじょうの先端に立って両手を胸に置き、尊大な態度で氷織を見下ろした。


「どうだ?今降参してもまだ間に合うぞ」


 圧力を掛けられた法杖ほうじょうは徐々に地面に近付いている。氷織の額には汗がにじみ始め、大きく息をつきながら入った。


「あなたに私を降参させられるわけないわ!」


 氷織の長い髪は風に舞い始め、周囲にはどんどん雪が立ち籠め、徐々に竜巻を形成して衛兵隊長に向かって突進して行った。衛兵隊長はさっと跳び上がると、竜巻をかわし、再び氷織目がけて突進して来た。


「一時的にAランクに強行昇格したか!いつまで持ち堪えられるかな!」


 氷織は呟いた。


「あなたの相手は充分できるわ」


 衛兵隊長は見下すように言った。


「身のほど知らずめ!」


 氷織は憤慨した。


「卑劣なやつらね!女の子一人を相手にするのに、手段を選ばないなんて!」


 衛兵隊長はへへへと笑った。


「ではお前の服を引き裂き、お前が小娘か異星の魔獣か確認してやろう!」


 氷織は慌てて横を向き、紅丸に大声で


「早く幻術を!」


と言うと、紅丸の方へ飛んだ。


 紅丸の眉間にある三つの炎の模様が赤く光り出し、二本の尻尾は尻尾を逆立て、「ブッ」と大きな音を響かせて屁を放った!その後、氷織と紅丸は「ボンッ」と白煙に化け、姿を消すと同時に、三組の氷織と紅丸が、それぞれ別々の方向へ走って行き、星殿の衛兵たちは白煙のせいで前後不覚に陥った。


 衛兵隊長は厳しい口調で言った。


「幻影だ!分かれて追え、もれなく捕まえろ!さもなくば殿主に咎められ、全員罰せされるぞ!」


 氷河の峡谷を、氷織と紅丸は必死に疾走した。氷織が歯軋はぎしりして言った。


「どこもかしこも衛兵だらけ!むやみやたらに人を捕まえて殺すなんて、第十二星殿は一体何を企んでいるの!?」


 星殿の衛兵があらゆる方向から取り囲んだ。


 「こっちだ!」


 三機の戦闘機が、遠方のそれぞれ別の方向からビューッと音を立てて近付いてきた。


 氷織は振り返ってそれを一目見ると、歯軋(はぎし)りして罵った。


「戦闘機まで呼ぶなんて、どうなってんのよ!」


 戦闘機の轟音が響く中、三組の氷織と紅丸は、峡谷の三叉路をそれぞれ別々に逃げた。三機の戦闘機は峡谷上空に到着し、それぞれレーザー砲で氷織たちを狙った。


 バンバンバン! 


 戦闘機はひたすら砲撃を続け、爆発で吹き飛ばされた氷雪が空を覆った。氷織と紅丸は氷雪が爆発する中を逃げ回った。


「だめ、幻影もてんで役に立たない。彼らは弾薬を全く惜しまず、ひたすら乱射してくるわ!」


 峡谷にレーザー砲が命中し、巨大な氷塊を吹き飛ばした。巨大な氷が落下し、峡谷の逃げ道を塞がれ、氷織と紅丸は急いで立ち止まった。戦闘機は峡谷上空でホバリングし、星殿の衛兵の一群が逃げ道を失った氷織に迫り、彼女たちはじりじりと後退し、防御の構えを取った。


 先頭に立つ星殿の衛兵は得意気に笑った。


「ヘヘヘ、逃げろよ!逃げ続けるんだろ?ここはもう封鎖されている、ハエの一匹だって逃げ出せないぜ!」


 氷織はハアハアと息を切らし、紅丸はまた元の大きさに戻って氷織の懐に引っ込んだが、その口元には先ほどの血痕が残っていた。


 氷織は歯軋はぎしりして言った。


「今日ここから出られたら、あなたたちを決して許さない!」


 「ここから出る?何を夢みたいなことを!殺してやる!」


先頭に立つ星殿の衛兵が手を振ると、レーザー砲を所持した二人の衛兵が近付いて来た。


 その時、天地を揺るがすような龍の雄叫びが星殿の衛兵たちの背後から聞こえてきた。彼らが振り返って見ると、炎の龍が後ろから雄叫びをあげながら近付いて来ている。最後尾にいた星殿の衛兵数人は炎の龍に飲み込まれて火に包まれ、先頭に立っていた星殿の衛兵は驚愕きょうがくのあまり脇へ逃げた。


 「ほぼSランクの炎の龍?早く逃げろ!」


 炎の龍は峡谷にいた星殿の衛兵全員をひたすら飲み込み、氷織のそばまでやって来た。


 氷織はあたふたと後退し、思わず心配になって言った。


「暴風国の最後の君主?まさか剣一はもう絶望的状況なの?」


 衛兵隊長は戦闘機に素早く乗り込むと、峡谷上空にいた三機の戦闘機はレーザー砲の発射を開始した。炎の龍は空高く舞い上がり、口を開き戦闘機を一機飲み込んだ。


 ドカン!


 すぐに戦闘機は爆発炎上し、炎が空高く燃え上がった。


 炎の龍は尾を左に払うと、もう一機の戦闘機も轟音を響かせて空中分解した。炎の龍は今度は尾を右に払ったが、衛兵隊長が乗った最後の一機はそれをかわし、遠くへ逃げ去った。

 炎の龍は炎の中で人の姿になり、空から降りて来てポンッと氷原に着地し、静かに氷織を見下ろした。氷織の周りでは氷雪が突然密集し始め、彼女の長い髪は風に舞い、両目はにわかに紺色になって冷たくきらめいた。

 紅丸も氷織の懐からシュッと飛び出し、再び二本の尻尾を持つ巨大な狐に姿を変えたが、口から大量の血を吐いた。


 氷織は腹を立てて言った。


「あなた、剣一をどうしたの?」


 炎の人は軽快な口調で言った。


「剣一とは?お前を助けたのに、私とやり合おうというのか?」


 氷織は不思議そうに言った。


「あなたしゃべれるの?地下宮殿に最後まで残った二人のうち、やせ気味のイケメンがいたでしょ?」


 炎の人はきっぱりと言った。


「彼は死んだ」


 氷織は怒りで頭に血が上り、興奮して言った。


「ハハハ、いいわ、結構、じゃああなたの命で償ってちょうだい!」


 剣一が突然峡谷の上空から姿を現した。彼は二人の会話を聞き、汗を拭うと、回想して身震いしながら言った。


「よかった、間に合った!君主よ、あなたはなぜそんな大それた冗談を言うんですか!?」


 炎の人はわざとからかいながら言った。


「彼女、君に気があるみたいだよ」


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