第40話
簡易型巻物は携帯しやすい大きさが特徴である。
衣服のポケットに入る程度の大きさで、魔力さえ流せば簡単に魔法が発動できる利便性が多くの冒険者に重宝されていた。
ただし、こめられた術式によっては高額で持続性も低いため、使いどころが難しいものもある。
カレンが使用したものは敵から離脱する際に一時的に障壁を作るメジャーなタイプだった。
汎用性も高く手に入りやすいアイテムである反面、効果は数十秒という短時間のものでしかない。
ギルドマスターという立場上、身の危険が迫ることも考慮して支給されている備品のひとつである。
簡易型巻物の効果が終了すると障壁は当然のごとく消失する。
ソフィアはそれを待ってから執務室のドアを開けて廊下に出た。
「何をするの!?」
先に廊下に出ていたカレンは予想外の展開に声を荒らげた。
階下におりようと廊下に出ると、正面から見知った男が歩いてくるのが見えた。
元冒険者で現在はギルドの守衛兼剣術指南役を担っているマイヤーがこちらにやって来る途中だったのだ。
現役を退いて久しいが、高ランク冒険者だった彼ならソフィアを抑えられる可能性があった。それに期待して声をかけようとしたのだが、無表情に見下ろしてくる目を見て違和感を感じる。
普段のマイヤーは無愛想だがもう少し柔らかい目をしていた。同じパーティーの女性冒険者と交際し、彼女が身ごもったのを機に結婚して冒険者稼業を引退、ギルド職員に身を転じたのだ。
その彼が今日は異常なほど冷たい目をしていた。
簡易型巻物による障壁でソフィアを足止めしたが、その効果は短い。
マイヤーに状況を説明することにリスクを感じたカレンはそのまま通り過ぎようとした。
「すまない。」
横をすり抜けようとした瞬間、マイヤーがそう言ってカレンの腕を掴み背後へと回った。
「どういうつもり?」
カレンは可能な限り冷静さを失わないよう言葉を発した。
「本部の執行官に協力するよう言われた。」
「まさかそれだけが理由じゃないでしょうね?」
マイヤーとは仕事のつきあいしかないが実直な性格なのは知っている。それにパーティーで交渉ごとを担当していた彼の妻セシルとはそれなりに仲が良かった。
そういった関係を考えれば、いくら本部の執行官に命じられたとはいえ何の確証もなしに盲目的にそれを信じるというのは不自然だと思える。
「············」
返答のないマイヤーの目に翳りを見たカレンは、何となく状況を察するのだった。




