第20話
俺がディルクに渡したナイフは、たまたま見つけたものでこちらの世界では何の意味もなさないものだ。
狩猟用として鍛冶師の手で作られた名もなき逸品で、その形状を見て興味を引かれて購入した。
後から少し加工を施したため、元の世界のある分野では有名なナイフと酷似している。
ディルクやミアの反応を見る限り、その形状に見覚えがあるように思えた。
近代特殊部隊の父と呼ばれたウィリアム・P・ヤーボロー中将に因んだヤーボローナイフ。
グリーンベレーの過酷な修了試練を乗り越えた隊員たちは、独自のシリアルナンバーが刻まれたこのナイフをグリーンのベレー帽とともに受け取るのである。
2002年から2008年の間で2004個が製造されたこのナイフは、今も尚、グリーンベレーの隊員たちの間で遺産、そして伝統として語り継がれていた。
もっとも、俺が所持していたのはもちろん偽物である。
しかし、ディルクやミアたちにとってはそれなりにインパクトのあるメッセージとなったはずだ。
彼らがソフィアと同じくグリーンベレーに属する者だったという確証はない。
しかし、端々に見られた独特な動きや、ナイフを手にした時の扱い方はやはり特殊部隊で訓練された者を連想させた。
俺がしたことは早急かつリスクの高い行動かもしれない。
だが、このふたりが副議長の身内ということで、遅かれ早かれソフィアが接触をはかることになるだろう。
俺の想像が当たっていれば、その時点で一触即発となる可能性が高かった。
その前に多少の下調べはしておくべきだと思ったのだ。
他でもない、カレンからの依頼である。 状況がわからないまま殺し合いなどをさせるわけにはいかなかった。
カレンにとってディルクとミアは恩人の孫であり、ソフィアは冒険者ギルド本部の執行官なのである。
カレンが把握していない中で対立するという構図は、彼女の立場からもあまり歓迎すべきことではない。
ならば、たまたまとはいえ双方に関わった俺が、可能な範囲で緩衝材となるべきだと思ったのだ。
「ナオさん、一度依頼に同行してもらえませんか?」
ミアが真面目な表情でそう告げてくる。
これまでのやり取りから考えると、何か含みがありそうな気もした。
「そうだな。何かめぼしい依頼はあるのか?」
「採取と強力な魔法がなくてもできそうな討伐依頼を2つか3つ受けようかと思っています。」
測るような目をしたミアを真っ直ぐに見返して快諾することにする。
「わかった。決行日はこちらで決めさせてもらう。」
「わかりました。」
依頼内容についてはふたりに任せて、その日は解散することにした。




