第36話
残ったもうひとりの見張り役には不用意に近づかない方がよかった。
野営地は少し開けた場所にあるため、いくら警戒して近づいても相手の視界に入る可能性が高いからだ。
俺は少しずつ木々の影を移動しながら、別の武器を取りだして離れた位置から狙いをつける。
わずかに空気を裂くような音が出た後に、見張り役はゆっくりと横に倒れた。座った状態からなのであまり大きな音は立たない。
今回はスリングショットを用いて玉石を飛ばした。
スリングショットは、いわゆるパチンコと呼ばれる武器である。Y字のフレームにゴム紐を張った簡易な狩猟武器だが、これもこちらの世界では普及していない。
フレームには堅い木を使い、ゴム部分は鹿などの腱を用いることで作製が可能だ。
焚き火の男にはスリングショットを用いたが、それ以外にもスリングライフルを自作して所持している。
今回はかさばるので持参していないが、スリングライフルは射程距離が20~40メートルほどだ。前の世界ではタングステンの球形弾を主に使用するのだが、こちらではそんな物が存在しないため代替品を用いている。
タングステンは融点が非常に高く、比重が金に近い重金属である。その性質は魅力だが、同じものが用意できないため金貨や銀貨を溶解させて代用している。コストが高過ぎるのと、射った球形弾を回収しなければ証拠として残ってしまうため使用には注意が必要だった。
スリングライフルの威力は40メートル先の鴨やキジなどに致命傷を負わす程度のものである。人間相手の必殺武器ではないため、俺は意識を奪うときに使っている。
スリングショットは5~10メートル、スリングライフルは20~30メートルの射程で用いることがほとんどだった。
因みに、スリングショットもスリングライフルも元の世界では銃刀法には関連せず、狩猟免許もなしで使用することができる。とはいえ、携行していると軽犯罪法の凶器携帯の罪に問われることがあり、スリングショットやスリングライフルでの狩猟は鳥獣保護法を遵守しなければならないので注意が必要と言っておこう。
見張り役を倒した直後、俺は他の者が起きてくる気配がないかを確認してから素早く動いた。
野営のテントは三ヶ所に別れていたため、それぞれの傍らを通り過ぎながら小さな袋を中に投げ込んだ。
袋の中には強力な催眠効果を持つ巨大蛾の鱗粉から精製した粉が入っており、それを吸い込むと数時間は目を覚まさなくなる。これは魔物の討伐にも用いられるため、放置しておいても出処を探られることはないだろう。




