第35話
冒険者として高みを目指す場合、ランクを上級まで上げることに専念する者が多いのは執行官の受験資格が一般的な内容ではないことが一因である。
本来は執行官を目指すことで短命な冒険者生活からの脱却を計れると思うべきところだが、受験するための条件が厳し過ぎるためになかなか受けることができない。
その辺りも執行官をよく思わない風潮を生んでいる原因ではないかと思えた。
夜になるのを待ち、普段の装備に加えてダガーや他の武器を追加装着する。
夜目がきくように暗闇で慣らしていたため、視界ははっきりとしていた。
木々の間を抜け、緩やかな傾斜となった地面を足音を立てないように進んで行く。
下りきった辺りには薄らと明かりが見えている。
死角に身を潜めるように歩んでいるため、互いに姿を見ることはできない。
野営をしている奴らは気配を消すこともせずにいた。
彼らはもともと敵に追われている訳ではない。それに、魔物が出やすい危険な場所を野営地に選んで設営している訳でもなかった。
冒険者の野営も似たようなものである。夜に行動が活発化する獣や魔物の動線から外れた位置で野営するのがセオリーなのだ。
しかし、その油断がこちらにはつけいる隙となった。
焚き火を囲んでいる見張り役がふたり。
その片方がトイレに立つのを待ってから行動する。
用を足している背後から近づき、事が済んだ直後に砂を入れた皮袋で殴打した。
使用したのはブラックジャックと呼ばれる殴打用の武器である。別名でサップとも呼ばれ、表面が滑らかな皮でてきているため打撃音はあまり出ず外傷も負いにくい。
こちらの世界で普及しているものではなく特注で作らせたものである。俺のような仕事をしていると非常に重宝するのだ。
当初は靴下に砂や硬貨を入れて使用していたのだが、こちらの布地は目が粗いため気密性が低い。さらに布だとすぐに破れてしまうため、口の堅い業者に作らせたのである。見慣れない物のため、中身を入れていなければおそらく業者も何に使う物かは理解できていなかっただろう。
コムオーバー・ウィッグはともかく、こういった実用性の高い武器はあまり流通させるわけにはいかない。魔物の討伐など冒険者稼業に役立つならともかく、犯罪などに用いられるような道具は普及しない方がよかった。
音を立てないように殴り倒した相手を支えながら地面に寝かせておく。すぐに意識を取り戻さないよう、死なない程度の強さで再び殴打しておいた。




