逃走
司はロビーにいた。
武器も6メートルほどの大槍に変えている。武器の形質を変えるのに新たな血は必要ない。
髪の毛の怪物がエレベーターの天井を突き破って降りてくる。
見た目は恐ろしく、対人戦ではありえない攻撃をしてくる。
だがある程度のパターンは見切っていた。
近づけば四方八方から髪の鞭が飛んでくるが、ある程度離れれば全ての針が直線で飛んでくるだけ。
能力としては厄介だが、中身は素人。戦いの経験などない。攻撃は単調。
数十の針が飛んでくる。
司は槍を大きく回して髪を巻き取った。そのまま槍を回し、さらに髪を巻き取りながら近づいていく。長さは無限というわけではなく、巻き取るにつれ残りの髪は短くなっていく。
徐々に距離をつめていく。すべての髪を巻き取り、密着する。司は一瞬だけ片手を離して顔面に肘打ちをくらわす。
やはり硬い。だがまったく効かないわけではない。
思い切り体をのけぞらせ、頭突き。この状態ならどれだけ予備動作が大きくても避けられることはない。
膝蹴り、頭突き、肘打ち。長至近距離での攻撃を繰り返す。
相手はがくりと膝をついた。このまま押し通せば勝てる。
急にスプリングラーが作動し、水が降ってきた。司は気に留めず攻撃を続ける。
司の足に何かが絡みついた。髪だ。相手が体にまとっていた髪を一部解いて攻撃に回してきた。
相手は司を持ち上げる。司は槍を剣に変え、足にからみついた髪を切った。
司は着地と同時、相手のむき出しになっていた左足を切る。
切断まではいかない。だが健は切った。
悲鳴。女の声だ。
女は髪をやたらめったら振り回す。司は改めて距離をとった。
視界の端に眩いものが移った。炎だ。
司はよける。炎がきた方を見れば、いつだったか楓を襲っていた男が立っていた。
男はホテルの外から炎を飛ばしてくる。それと同時、女も髪の針を放った。
司は炎をよけ、髪を切り落とす。
まずは弱い方から倒す。
司は炎を掻い潜り、男に迫る。走る勢いそのまま喉をついた。
貫通。即死のはずだ。だがまったく手応えがない。
炎の男はにいと笑う。
剣に貫かれた首は、炎に変化していた。
男は腕に炎をまとわせる、否、腕を炎と化す。司を殴りつけた。
司はよけ、男の足を切る。しかし、やはり手応えはない。
体が炎へ変化している。
物理攻撃はまったく効かない。前に楓と戦った時は炎を出すだけで、攻撃は効いていた。なぜだ。
考える暇もない。次の攻撃。当たりはしないが、こちらの攻撃は通じない。
「司!」
楓の声。
見れば、ホテルの裏から楓が走ってきていた。バイクで。
——バイク乗れんのかよこの女。
ちょっとかっこいいとか思ってしまった。
楓は司のそばで減速。司は後ろに飛び乗る。すぐさまアクセルを全開にする。
「あんた、運転は?」
「無理だ」
「右手を手前にひねれば加速。あとは自転車と同じ」
言うや、楓は司の腕をとってハンドルを握らせる。自身は器用に司の腕の間をすり抜けて車体の後ろに回った。
「え!? いやこれどうすんだよ」
「うるさい! ごちゃごちゃ言うな!」
後ろでは男が特大の炎をためていた。あれで焼き尽くすつもりだろう。
楓は男が炎に変化しているのを見ていた。何をやっても死なないらしい。なら、何をやってもいい。
ミニグレネードランチャーを生成。榴弾を連発する。本来なら装填する必要があるが、楓は砲身の中に直接弾薬を生成している。グレネードだろうが無反動砲だろうが連射可能だ。
男の両手に造られていた炎が爆発でかき消される。
次いで、スモーク。数発打つとホテルの前の道が煙に包まれる。
最後に小銃。どうせ効きやしないだろうが、動きを邪魔するくらいはできるはず。
実弾を連発でぶっ放す。
30発入り弾倉を3つ使い切った。
「容赦ねえ……」
司が引いていた。殺せだとか言ってきたたくせに。
相手が見えなくなると、楓は運転を変わる。
「どこ行くんだよ」
「図書館」
「なんで?」
司が訪ねても、楓は答えない。説明するのが面倒だった。楓はもともと愛想のいいタイプではない。
司も乗せてもらっている身で何度もしつこく聞くのはためらわれた。なんとなくだが、楓は頭が回る気がする。今は楓に任せることにした。