襲撃
お布団は偉大だ。
お高いホテルのベッドは寝そべると体全体が包まれる。
床に薄いマットレスをしいただけの寝床とは大違い。
目を閉じればすぐに眠気がやってきた。眠っていると疲れが溶け出していく。
その安眠を妨げるものがいた。
ずる、ずると、ざらついたものが床をこする音。
最初に聞いた時は音も小さく、無視していたのだが、時間が経つにつれ大きくなる。
司はなんとか目を開ける。時計を見れば、まだ四時前。
騒音問題許すべからず。
ベッドから這い出て顔を洗う。
ジーンズにシャツ、運動靴、血を出すためのカッター。準備を整えた。ドアの前に立つ。
だれが来たのかはどうでもいい。眠りを妨げるやつ殺す。
息巻いてドアのぶに手をかけたときだ。
無数の針がドアを突き破ってきた。
「はあ!?」
反射的に腕で顔をかばう。流れ出した血液は形を変え、一振りの槍となる。
ドアが割れた。
異形の化物がいた。
全身真っ黒。ギリシアの女神メドゥーサのように、髪は逆立ち、自在に動いている。何百本もの髪が束となって数センチのチューブとなり、先端は鋭利な棘。ドアもあれで破壊したのだろう。
よく見れば、黒い見た目も、全身が髪で覆われているのだ。
針状の髪が襲いかかる。
司はそれらを槍で弾く。距離を詰め、喉元を刺す。しかし、弾かれた。全身を覆っている髪が鎧となり、攻撃が通じない。
一旦距離をとる。
司は目を見開いた。
後ろからさらなる化物が現れたからだ。
巨大な泥人形だった。
ずるずると、歩くたびに体が壁をこすって不快な音をたてる。
黒曜石の目が司をとらえた。真っ暗な瞳に吸い込まれそうになる。
「なんじゃこりゃ……」
ぞっと背筋に冷たいものが走る。二体の化物はちょっときつい。
しかし、それはすぐに方向を変える。司の隣の部屋、楓の寝ている部屋を向いた。巨大な拳が振り下ろされる。壁はなんの抵抗もなく崩れた。
ゆっくりと、泥の怪物は楓の部屋に入り、爆音と共に吹き飛ばされた。
「なんなの! いきなり意味わかんないんだけど!!」
楓がキレ散らかしている。元気そうでなによりだ。
泥の怪物は楓に向かっている。なら一対一だ。
司はもう一度槍で攻撃をしかける。
さっきよりも血を入れ、硬度をあげている。体に塞がっていない傷があれば血の量は自在に調整可能だ。
今度は腹に突き刺さった。
怪物は耳障りな鳴き声をあげて髪を振り回す。
司は舌打ちし、また距離をとる。何十とある髪の鞭をよけるなどできない。
司が離れると、髪は一直線に襲いかかってくる。
司はそれらを払い落とした。が、どうにも戦いにくい。いまさらながら狭い廊下で槍を出したことを後悔する。
「ロビーに行くか」
司は槍を50センチほどの剣に変える。槍ほど得意ではないが、剣も多少は使える。
髪の束を切り落としながら近づき、相手の目の辺りを切り付ける。
痛がる相手の背後に周り、膝を後ろから蹴り付けた。倒れた相手の足を突き刺す。
絶叫。
これでしばらくは追ってこれないだろう。
司はエレベーターに乗り、一階のボタンを押した。
楓は一際不機嫌そうに侵入者を見据える。巨大な泥人形。ゴーレムといったところか。
ゴーレムはのっそりと立ち上がり、楓に迫ってくる。
ミニグレネードをぶち込まれたくせになんのダメージも食らっていない。泥の塊というのは意外と厄介だ。
ゴーレムは拳をあげて楓に殴りかかる。楓は危なげなくかわした。マグナムを生成し、至近距離から相手の足を撃ち抜く。
大量の泥が跳ねた。足は膝から下がちぎれ、ゴーレムは片膝をついたような姿勢になる。
しかしゴーレムに痛覚はない。
ダメージなど気にせず殴りかかってくる。
遅い。
楓は大ぶりの拳をしゃがんでやり過ごす。手榴弾を生成し、胴体に押しつけた。泥の中にうまる。
すぐにゴーレムの背中がわに移動。同時に爆発。
ゴーレムの腹が抉れる。もとより命のない人形、死ぬことはないが、格段に動きは遅くなる。
楓は火炎放射を生み出した。ゴーレムの身を炎が包む。
火災警報がなり、スプリングラーが作動するが、炎は弱まらない。
ゴーレムの背面は乾燥し、ひび割れ、粘性を失う。
乾き切った泥人形に、マグナムを打ち込んだ。
割れ、砕け、崩れ落ちる。
体はほとんど失ったというのに、ゴーレムはまだ動いている。残った手足と頭が散乱した泥の中で蠢いていた。それでももはや戦闘力はない。
楓は悠々と部屋を出た。
ゴーレムは人間ではない。ならば、ゴーレムを操る異能力者がいるのだろう。どの程度の距離まで操れるのかはわからないが、近くにいる可能性は高い。
楓は考える。もし自分がゴーレム使いならどこにいる?
ここより上の階はないだろう。退路を立たれる。なら下。異能力者同士の戦闘で建物が損害を受けることもあり得る。電気系統が故障すればエレベーターはとまる。
楓は考えをまとめると、非常階段へと向かった。