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ヴァルハラ  作者: 八神あき
開戦
3/27

邂逅

 腹を満たした司は外に出る。人がいないだけで、いつも通りの街並み。

 ——異世界ねえ。

 確かに生き物は見かけない。鳥や野良猫、家の前に繋がれていた飼い犬も姿を消している。

 街灯は付いているので、電気が止まっているわけではない。シャワーも使えたので、インフラは生きているのだろう。異世界などと言われてもまったく実感がない。


 岬の言っていたことは本当なのか。

 司の思考を中断させたのは大きな爆発音だった。

 続いて、野太い雄叫び。だれかいるらしい。


 岬の言葉を信じるなら自分以外の能力者。つまり敵だ。

 考えても仕方ない。今は行動あるのみ。司は音のする方へ走り出した。

 商店街を駆け抜け、交差点を曲がる。真っ暗な路地に入った。音源に近づくにつれ、明るくなって行く。街灯の光ではなく、赤く荒々しい光。

 商店街の裏を走る道路に出た。


 そこでは二人の人物が相対していた。

 ひとりは筋骨隆々の男。それが異能なのだろう、掌には炎を弄んでいる。

 対するは可憐な少女。歳の頃は十五、六。背丈は160を少し上回るか。動きやすそうなジャージ姿。亜麻色の髪を短く切りそろえ、端正な顔立ちが真っ赤な炎に照らされている。


 一見すればただの女子高生。しかし、その立ち姿は戦いの心得がある者のそれ。

 身軽にステップを踏み、拳はゆるく握っている。司のような伝統武術ではなく近代格闘技の動きだ。正中線はぶれず、炎の男を見据え、獰猛な笑みを湛えている。


 完璧な美と一流の武。

 本来なら相容れない二つの要素がひとりの少女の内に調和していた。


 目を離せない。手を出さない。

 絵画じみた光景は男の放った炎で壊された。

 閃光が夜の空気を引き裂いて少女を喰らわんと迫る。

 少女は笑みを崩さず、斜め前方へ飛び出した。その手には先ほどまではなかったナイフが握られている。


 ただのナイフではない。刀身は湾曲し、内側に刃がついている。刃渡は15センチほど。東南アジアに端を発する武器、カランビットナイフだ。


 剣、刀、槍、縄鏢など、武具の扱いには自信のある司も使ったことがない。一部の軍人や、シラットなどの格闘技を収めた者しか扱えない、特殊な武器だ。


 少女は軽やかに舞い、男の腕を切り付ける。炎が消えた。

 男は悲鳴をあげ、少女を捕まえようとするも、振り上げた手は宙をかくだけ。少女は後ろへ回って男の足を切りつけ、振り返った男の顔を殴り、足を払って地面に倒す。


 派手な音を立てて男は倒れ込む。少女は首元を蹴り、男の意識を奪った。


 圧勝。洗練された、無駄のない動き。

 少女はくるりと振り向いた。

「で、あんたもやんの?」

 気だるそうな声音。


 司が答えずにいると、少女は左手にもう一振りのナイフを出す。

 武器の生成、それがこの少女の能力のようだ。

 立ち尽くす司の目に、倒れた男が立ち上がるのが見えた。

「おい、後ろ!」

 言うと同時、駆けた。


 男は立ち上がると両手をかざして業火を投げる。司は少女の体を掴んで炎をよけた。

 少女はすぐに正気に戻り、手に拳銃を構える。しかし男はもういない。遠ざかる足音だけが炎の男が逃げ去ったことを告げていた。

「お前バカだろ。なんでトドメ刺さないんだよ」


 司が思わず言うと、少女はあからさまに不機嫌そうな顔つきになる。

「は? バカ?」

「そうだろ。相手は殺す気で来てんのに、頭けとばして終わりなわけねーだろ」

「キモ。バカはあんたでしょ。殺すとか頭イッてんじゃないの? てか、音で気付いてたし。余計なことしないで」

「んだとこのガキ」

 司が睨んでも、少女はどこ吹く風。それどころか不敵に笑いさえした。

「じゃあそう言うあんたなら殺す気でもいいってことだ!」

 少女は持っていた拳銃を司に向けた。


 司は咄嗟に飛び退く。さすがに当てる気はなかったのか、かなり離れた地面にあたった。

 しかし、牽制としては十分だった。

 司の懐に少女が滑り込んでくる。至近距離、ナイフの間合いだ。


 かわせない。

 司は一歩踏み出し、少女に頭突きを喰らわす。よろけた少女の腕を掴み、捻りながら投げた。


 少女は地面に叩きつけられる直前、司の首元を掴む。自分が倒れる勢いのまま司を巻き込んだ。かえって司が倒される。

 少女は司に馬乗りになり、首元にナイフを突きつけた。


 勝ちを確信する。そこに油断が生じる。

 司は自ら首をナイフに押し付けた。

「え!?」

 少女は驚き、ナイフを持つ手がゆるむ。司は力ずくで少女を跳ね飛ばした。


 司が起き上がると、目の前に銃口。構わず突っ込む。撃つはずがない。

 銃声が轟いた。司は咄嗟に身を屈める。避けれるはずがない。しかし弾は当たらない。

 空砲。音だけのこけおどし。


 気づいた時には遅い。

 回し蹴りが司の右側頭部に入った。意識がぐらつく。間髪入れずに左からフック。

 司は完全に意識を失った。


 戦いが終わる。少女は立ち去ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

 ——この男、大丈夫だろうか。

 炎の男はまだこの辺りにいるかもしれない。あれは完全に殺す気できていた。喧嘩っ早いだけの司よりよほどヤバい。


 明日の朝、すずめのさえずりのもと、焼死体となった司の姿が頭をよぎる。

「……だるいなあ」

 自分のせいで人が死ぬなど考えたくもない。


 少女は手にナイフ生成する。司の服を切り裂いて細長い布を作り、手足を縛った。

「ねえ」

 司の肩をゆする。

「ねえってば。起きろ」

 ぺちぺちと、ほおを叩くと司は目を開いた。


「こんにゃろ!」


 司は飛びかかろうとするが、手足を縛られているため頭から地面にダイブすることになる。(したた)かに顔面を強打し、涙目で上半身を起こした。少女が冷たい目を向けている。

「バカじゃないの」

 司の頭が沸騰する。ただでさえ苛立っていたところに拍車がかけられ、臨界点を突破した。

 しかし、今の自分は文字通り手も足も出ない。罵声を浴びせたところで虚しいだけ。


 深呼吸してたかぶる気を鎮める。そこへ少女が口を開いた。

「私には攻撃しないって約束して。そしたら解いてあげる」

「あ? 口だけの約束なんて信じんのかよ」

「破ったらそんときは撃つ」

 少女が拳銃、漆黒のベレッタのセーフティを外す。引き金に指をかけ、近くの電柱に向けて撃った。


 人間が武術を編み出して数千年。あまたの達人たちが練り上げてきた拳が、およそ及ばぬ威力のこもった鉛のつぶて。

 高速で発射されたそれは簡単に人の頭蓋を砕き、肉を貫き、命を断つ。


 司は悔しそうに顔を歪めた。

「どうする? 別に私はこのまま帰ってもいいけど」

 この状態で放置すれば他の能力者に狩られるのがオチ。そのことは司にもわかる。

「クソがっ!」

「なに?」

「……わあったよ。約束する。お前には手出さねえ」

「お願いしますは?」

 少女の言葉に、司は声を失った。


「喧嘩に負けて手足縛られて生殺与奪の権を奪われて、地面に這いつくばる人間が、勝者に許しを乞うの。ふさわしい言葉があるでしょう?」

 司にせよ炎の男にせよ頭のネジはぶっ飛んでいるが、この少女もたいがい良い性格をしていた。司の口角がひくひくと痙攣する。


「ぶっ殺す!」


 飛びかかるも、さっきと同じく地面に倒れるだけ。無様に転がった司の頭を、少女は無慈悲に踏みつける。司には見えないだろうが、満面の笑みをたたえて。

「ねえ、早くしなよ。あの男戻ってきても私助けてあげないよ? 敗北者の僕に寛大な慈悲を与えてください女王様って、泣き叫ぶの」

 いつのまにか、女王になっていたようだ。


 司は額で血管がブチ切れる音を聞いた。何があってもこの女だけは縊り殺す。手足に力を込めるが、少女とて簡単にほどけるような結び方はしていない。抵抗できない。

「…………さい」

「え? なに? 聞こえなーい」

「許してくださいお嬢様! 約束いたしますので!!」

 司はヤケになって叫んだ。


 少女はふふんと鼻を鳴らす。

「そうそう。最初から素直になってればいいのに」

 やはりぶち殺す。

 司の内に殺人衝動が駆け巡る。

 少女は縛っていた紐を切った。司は拳を握る。


 しかし。

 手を出さないと約束した。それがどんな状況であれ、たしかに自分の口で誓った。

 振り上げた拳は行き場を失う。

 少女は司が攻撃して来ないのを見て、満足げにうなずくと、今度こそ帰路についた。

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