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ヴァルハラ  作者: 八神あき
開戦
2/27

誘惑

 冷たい金属の扉をあける。

 靴を脱ぐのも億劫だ。血を流しすぎたせいか、頭がふらつく。外で眠るわけにもいかず、ここまで歩いてきたが、もういいだろう。

 司は(まぶた)をおろす。睡魔に誘われるまま、意識を手放した。



 空腹で目が覚めた。

 どれだけ眠っていただろう。わずかに扉を開けると、日は中天を過ぎて西に傾いている。


 どうりで腹が減るわけだ。

 血まみれで外に出るわけにもいかないのでシャワーを浴びた。一応傷の具合を見ておく。まだ痛むが、放っておけば治るだろう。


 外に出るともう黄昏時。

 住宅街を抜け、駅へ。

 普段なら下校中の子供や、定時帰宅する恵まれた社会人が歩く時分。というのに、今日は人っ子ひとりいない。閑散とした市街。

 はあ、これも流行病のせいかね。ニュースなど見ないが、またぞろ外出禁止令でも出たのだろう。とすると夕食も危ういのだが。

 ぐー、と腹が鳴る。


 とはいえ、ここまで出てきたのに何もなしで帰るのもしゃくだ。もしかしたら店が開いているかもしれない。

 目当ての格安中華料理屋へつく。休業の札はないが、店内に人はおらず、電気もついていない。


 不審に思いながらも、扉に手をかける。力を込めると、なんの抵抗もなく開いた。

 中に入るも、やはり無人。

「あのー、さーせん」

 しばらく待っても、返事はない。

 仕方なしに帰ろうとすると、澄んだ声音に引き止められた。

「どうかしました?」

 声に反応して振り返る。

 ダガーの女が立っていた。


 司は後ろへ飛び退いた。拳を構える。わずかに顎を引き、相手の眉間を見据えながらも、ぼんやりと全身を視野に入れた。

 戦闘準備万端の司を前に、女はあわあわと手を振る。

「そんなに身構えないでよ。今日は戦いに来たんじゃないの。話に来ただけ。街がおかしいの、気付いてるでしょう?」

「……人がいないことかよ」

「そ」

 女はにこやかに答える。見る限り本当に戦意はないようだ。司は拳を解く。


 女がカウンター席に座った。司も隣に座る。

「支路井岬」

「は?」

「名前よ。あなたは?」

「雲上司」

「へえ。珍しい名前ね」

 司はじろりと岬を睨む。雑談をするつもりはない。

「そんなに睨まないでよ。怖いなぁ」

「うっせえ。さっさと話すこと話せ」

「異世界なの、ここ」

「は?」

 藪から棒な物言いに、司は思考がとまる。

「何言ってんだ、お前」

「言葉通りよ。違う世界。建造物は完全に再現されてるからわからないでしょうけど。生き物はいないでしょう?」

「……わけわかんねえ」

「神隠しって知らない?」

「まあ、聞いたことは」

「あれと同じようなものよ。司くんはもとの世界からここに連れてこられたの」

「連れてこられたって、だれに?」

「神様」

 異世界の次は神と来た。司はさらに混乱する。

「神とかそういうのがいるとして、なんでそんなことするんだよ。異世界とか言われても意味わかんねえよ」

「戦わせるためよ。ここに呼ばれた人間は九人。九人で殺し合って最後に生き残った人間が願いを叶えてもらえる。腕に紋が出てるでしょ?」

 言われ、腕を見てみる。九枚の花弁のような模様が浮き出ていた。シャワーを浴びた時は血がついていて気ずかなかったようだ。

「ちなみにこの世界は一週間ほどで消えるから、勝者が決まらなければ私以外は全員死ぬわ」

 穏やかじゃないことを言われたが、それ以上に気になることがあった。

「お前以外?」

 問うと、岬はにっこりと笑う。

「私は正規の参加者じゃないの。昔、私のご先祖様がこの大会に勝って、能力を子孫に受け継げるようにしたのよ。その能力で無理やりこの世界に転移した。だから当然、私自身の意識で帰ることもできる。正規の参加者は九人だけど、この世界にいるのは私を入れれば十人ね」

「お前の能力って?」

「秘密。けど、私と手を組んでくれるなら教えてあげる」

「手を組む?」

「私は正規の参加者じゃないって言ったでしょ。もし私以外の九人が死んでも願いは叶わないの。だから、私に協力して欲しい。あなたを勝たせてあげるから、私の願いをあなたが頼んでくれない?」

「……俺に得がない」

「私の家、結構なお金持ちだから。神様の力ほどじゃないけど、大抵のことなら叶えてあげる」

 岬に見つめられる。司は咄嗟に目を逸らした。女は苦手だ。


 しばし考え、司は答える。

「断る」

「あら、残念」

 さして残念そうな素振りも見せず、岬は立ち上がる。店を出る間際、ふと立ち止まった。

「そういえば、願いが叶うといったけど、この戦いで死んだ人間を生き返らせることはできないの。覚えておいてね」

「知ったことか」

 司のつっけんどんな態度にも気を悪くせず、岬はひらひらと手を振る。

「そう。それじゃあ、またいずれ」

 岬は店から出て行く。

 司はひとり店に取り残された。

 腹が鳴る。

「……人、いないんだよな」

 司は勝手に店の冷蔵庫を漁り始めた。

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