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カリスマ美容師

作者: 赤菱

その店にはカリスマ美容師がいた。

何も伝えなくても客の思い描いたとおりのヘアスタイルにしてくれるという評判だった。

その美容師は毎日決まった時間に2人しか客を取らなかったため指名はいつも争奪戦だった。その店の店長は内心もっと客を取ってほしいと思っていたが、指名できなかった客がドタキャンを狙ってこぞって前後の時間帯に予約を入れるので何も言わなかった。



今来たのは新規の客だ。

受付のスタッフがどこか誇らしげに担当者がカリスマ美容師であることを告げる。その瞬間、店内に静寂が広がり、次の瞬間にはそこかしこで羨望ややっかみの眼差し、「羨ましい」などの興奮したささやき声が聞こえてくる。

新規の客は、ああ噂どおりだったのかと気分良く、しかし注目されてどこか恥ずかしくなり、席に案内するスタッフの後を少し足早についていく。

カリスマ美容師は客が席に座ると同時に現れ、ニッコリと微笑みながら言う。

「はじめまして。今日はよろしくお願いします」


しばらくのち、客の怒鳴り声が聞こえてくる。思い描いていたヘアスタイルにならなかったのだ。

ここが気に入らない、ここはこうしたかった、わざわざ遠くから来た意味がない、といったようなことを延々話している。

周りの客は「カリスマでも間違えることはあるもの」とほとんどが美容師に同情的だ。

カリスマ美容師は客の話をニコニコと表情を崩さずに聞き、客が息切れをして何も言わなくなったところでこう告げる。

「分かりました。少しお時間いただけますか?」

そして自分の髪を少し触る。

するとふわっとすべてのものの輪郭がぼやけ…また元のように戻ったときにはちょうど客が席に座ろうとするところだった。

カリスマ美容師は客の近くに行き、ニッコリと微笑みながら言う。

「はじめまして。今日はよろしくお願いします」



今来たのは常連客だ。

受付のスタッフがどこか誇らしげに担当者がカリスマ美容師であることを告げる。その瞬間、店内に静寂が広がり、次の瞬間にはそこかしこで羨望ややっかみの眼差し、「羨ましい」「またあの人」などの興奮したささやき声が聞こえてくる。

常連客は店中の注目を浴びてとても気分が良くなり、席に案内するスタッフの後を堂々と歩いていく。

カリスマ美容師は客が席に座ると同時に現れ、ニッコリと微笑みながら言う。

「お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


しばらくのち、客の困ったような声が聞こえてくる。思い描いていたヘアスタイルにならなかったのだ。

ここはもっとこうしてほしかった、こっちは前回と変えたかった、といったようなことを延々話している。

周りの客は「カリスマでも間違えることはあるもの」「でもよく担当されているはずなのに分からないなんて」と意見が割れている。

カリスマ美容師は客の話をニコニコと表情を崩さずに聞き、客がため息をついて何も言わなくなったところでこう告げる。

「分かりました。少しお時間いただけますか?」

そして自分の髪を少し触る。

するとふわっとすべてのものの輪郭がぼやけ…また元のように戻ったときにはちょうど客が席に座ろうとするところだった。

カリスマ美容師は客の近くに行き、ニッコリと微笑みながら言う。

「お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」



来店してしばらくのち、新規の客も常連客も上機嫌で店を後にする。カリスマ美容師に何も伝えずとも、思い描いたとおりのヘアスタイルにしてくれたのだ。

「あの噂は本当だった」「私のことを本当に分かってくれている」などと思いながら。

そして、満足して帰っていく客を見ながら、他の客も次こそはなんとかあの人を指名したいという気持ちを新たにするのだ。



あるとき誰かが、なぜ1日に2人しか客を取らないのかと聞いたことがあった。あれだけ手際よく迷いのない施術なのだからもっと何人でも客を取れるでしょう、と。

カリスマ美容師はニッコリと笑ってこう答えた。

「周りからは短時間に見えるかもしれませんが、私にとってはとても長く濃い時間なんです。1人1人のお客様に向き合って要望を叶えるのは想像以上に大変なんですよ」

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