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二件落着

 森を抜けると俺の魔力障壁が見え、その中には少女と男がいる。新たな魔物がやってこないとは限らなかったので、少女が俺の言う通りに障壁の中で待ってくれていたことにホッとした。男は馬車から救出されたようだが、怪我をしたのか足を伸ばして座っている。


「お姉様!」

「エリカ!」


 背中から女の子の声が響く。


 少女はそれに気付き、綺麗な顔を喜びに染めながら女の子の名前を叫んだ。俺が周りの安全を確認してエリカちゃんを降ろすと、二人は駆け寄ってお互いを抱きしめ合う。それを見るだけで二人の姉妹仲が分かる。この姉妹を助けることができて良かった。そうでなければ、この光景を見ることは叶わなかっただろう。



 こうして見てみると、姉妹でもそれぞれの印象は少し違う。

 姉の方は金髪を肩まで伸びていて、顔も綺麗な部類に入ると思う。

 妹の方は金髪が腰まで伸びていて、顔は可愛いの部類に入るだろう。それがこれから年を経るにつれ、どう変わっていくのかは俺には分からない事である。




 しばらく抱きしめ合った後、姉妹は俺の方に身体を向けた。


「私達を助けてくださって本当にありがとうございます。私の名前はエリス・ミルリット。妹はエリカ・ミルリットです。貴方のお名前は?」

「俺はアレス・ウォルター。そこのおじさんの怪我は?」


 俺は自己紹介して、エリスの後ろで座っている男に目を向けた。その問いに、エリスは辛そうに目を伏せて答える。


「彼―――モーリスは左脚が折れてしまって、馬も脚に怪我を………。私は回復魔法が不得手なので、悔しいですが何もできません」

「……そっか。行き先はアルカディア?」

「はい。その道中にあの蛇の魔物に襲われてしまったのです。馬車も壊れてしまい、アレスさんが来てくれなかったらどうなっていたか………」


 ここからアルカディアまではまだ距離がある。モーリスさんも馬も治せず、魔力切れで魔法も少ししか使えないとなると、アルカディアに行くのにかなり時間がかかってしまう。時間が経つと別の魔物が出てくる可能性があるので、今の彼女達の状況は良くないだろう。


「――分かった。それじゃあ、俺が治してもいいか?」


 しかし、それは俺がいない場合の話だ。今の俺は魔力が有り余っているし、回復魔法と修復魔法を使える。俺が馬車を修復して馬とモーリスさんを治せば、エリス達がアルカディアに行くことは可能となる。


「「――――――」」


 そう思って尋ねたのだが、なにやら姉妹の様子がおかしい。質問された二人の目は驚いたように見開かれている。驚愕の視線が俺に向けられるが俺自身そう驚くような事を言った覚えはないので、なんとなく居心地が悪い。


「な、治しても、よろしいでしょうか……?」


 確認の為に再度訊いてみるが、口調がつい丁寧になってしまう。最初は何気なく尋ねただけなのに、どうしてこう丁寧に再確認することになってしまったのか。頑張って考えてみるが、やはり分からない。


「も、勿論できるのならば、こちらからお願いしたいぐらいですが」

「回復魔法は珍しい魔法と聞くのですが、使えるのですか!?」


 二回目の質問に、エリスは驚きが残りながらも答えてくれた。治療については問題なしのようだが、エリカちゃんの言葉が気になる。どうやら二人が驚いているのは、それが原因らしい。


「回復魔法って珍しいの?俺は普通に使えるんだけどなぁ」


 回復魔法は珍しい魔法。そんなことは初めて聞いた。俺は七歳の時には既に使えていたので、それが当たり前だと思っていたのだ。

 驚く姉妹の横を通り過ぎ、モーリスさんが座っている場所に屈む。モーリスさんの左脚に右手を伸ばし、詠唱する。


「《ヒール》」


 俺の右手が白く発光し、痛みに苦しむモーリスさんの表情が徐々に和らいでいく。五秒が経った頃には痛みなんて無かったかのようにモーリスさんの顔から苦痛の色が消え、脚を動かし始めた。


「な………!?痛みが消えた!普通に動くぞ!」

「す、すごい………!」


 モーリスさんが喜びの声を上げながら立ち上がったのを見て、エリカちゃんの口から言葉が漏れる。

 同じように馬にも回復魔法を施すと、こちらも元気良く動き出した。これでモーリスさんと馬の治療は無事に終了。後遺症も無く、完治だ。

 安心した俺は、壊れた馬車の方に振り向いて魔力を集中を集中させる。


「後は、馬車を直さないとな。《リペア》」

「ば、馬車が元通りに!?こんな速さで修復するなんて……!」


 馬車が数秒で直ったことに驚いているエリスを見た俺は、そんなにすごいことだろうか?と思ってしまう。


 粉々になっていた訳でもないし、この程度の破損なら誰でも直せるはずだが………。もしかすると、大きな物が魔法で修復されるのを初めて見たのかもしれない。それならば簡単な物を直しても驚くだろう。


「取り敢えずこれで大丈夫だと思うけど、どうかな?」

「は、はい。アレスさんのおかげでアルカディアに行けそうです。―――ここまでしてくださって本当にありがとうございます」


 エリスはそう言い、礼儀正しく頭を下げた。それに続くように、エリカちゃんとモーリスさんも頭を下げる。


「いいって、そんなに頭下げなくても。俺がやりたくてやったことなんだからさ」


 三人から突然頭を下げられたのでエリカちゃんの時とは違い、照れ臭くなってしまう。


「それでも、貴方は命の恩人です」

「お姉様の言う通りです。アレス様がいなかったら、わたし達は生きていません」

「坊っちゃんには馬車の修理や俺と相棒の治療までやってもらったんだ。謙遜する必要はねぇさ」


 三人から感謝を述べられ、俺は何も言えなくなってしまう。そして、自分はそれだけ感謝されることをしたという実感がわいてくる。

 このまま目の前の感謝を拒むのは失礼に値するだろう。ならば。


「……分かった。素直に受け取っておくよ」


 その方が良い。いや、俺はそうするべきなのだ。

 自分の魔法が人を助けた。そう考えると、自然と心が暖かくなってくる。やはり人助けは良いものだと、俺は改めて思った。


 エリス達は俺の言葉に満足したらしく、馬車に乗り込んでいった。その途中、エリスは窓から顔を覗かせる。


「アレスさんもアルカディアに戻りますよね」

「そうだけど、それが?」


 どうかしたのかと尋ねると、エリスは綺麗な顔を笑顔に染める。それを見て、俺の中の謎は益々深まっていった。


「では、またお会いした時の為にお礼を用意しておきますね」


 この言葉を聞いて、俺はようやく理解した。

 俺がどこの街の冒険者か分からなければ、エリス達もお礼のしようがない。ここはアルカディアに近いが、必ずそこにいるとは限らない。偶然別の街の冒険者が遠出でアルカディアの近くに来ていた、ということもあり得るのかもしれない。

 だから、エリスはどこの街を拠点にしているか訊いたのだろう。


 俺も軽く笑いながら、別れの言葉の代わりとして言い返す。


「ああ。楽しみにしておく」


 俺が言い終わると同時に馬車が出発する。街道を走る馬車の姿は段々と小さくなっていき、俺はその姿が見えなくなるまで見守った後、踵を返してアイツの元へ向かった。


 森の中、凍って身動きが取れない白蛇。ソイツは未だ抵抗を続けていた。しかし、その努力に対する応酬は無い。後回しにしていたせいで危うくその存在すら忘れるところだったが、コイツに止めを刺さなければいけない。


「《ロックフォール》」


 蛇の頭上に大岩が生成され、垂直に落下する。衝撃音の後、蛇の頭があった場所には頭の代わりに大岩がずっしりと鎮座していた。


「―――じゃあ、俺も帰るとするか」


 蛇は始末した。もうここに用は無い。今度こそ戻って報酬を受け取り、明日を迎えるとしよう。明日は試験の合格発表日だ。

 俺はどんな結果を見ることになるのか。

 ワクワクとドキドキを抱えながら、俺は帰路に就いた。



 ☆☆☆



「ようやくか………」


 魔法学園の校門前で、校舎を見上げる。

 大きい校舎、次々と門を通って入って行く同年代の人達。目の前の景色は二日前とそう変わりはない。唯一違うのは、隣におじさんがいないということだけだ。以前は道案内として来てくれたが、その時に学園までの道は覚えてしまった。なので、おじさんは宿で待機している状態だ。


「………ふぅ」


 深呼吸して気持ちを落ち着かせようとするが、緊張は失くならず心臓の鼓動を強く感じる。

 しかし、いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、覚悟を決めて地面を踏みしめる。緊張に震える足を動かして、そのまま俺は合格発表の場へと向かった。


 少し歩いた後、学園の校舎の壁に大きな一枚の紙が貼り出されているのが見られた。その下には人が沢山集まっていて、各々の顔は喜びに満ちたものがあれば、悲しみに染まっているものもある。皆が見ている紙には人の名前が書かれていた。

 その紙に名前が書かれていれば合格、そうでなければ不合格ということだろう。


 人だかりの中に入り、紙に書かれている名前の中から自分の名前を探す。自分の名前は、何処に。いや、そもそも自分の名前はこの中にあるのか。

 緊張で身体が固まる。ドクンドクンと心音がうるさくて、周りの雑音すら聞こえない。

 左上、俺の名前は無い。左下、無し。右上、……無い。


「………嘘だろ?」


 縋るような思いで右下に目を向ける。


 他人の名前が羅列する中、その一番端に。


『アレス・ウォルター』


 俺の名前があった。


「―――あ」


 あった。そこに、俺の名が。

 衝撃と感動で身体が震える。間違えていないか何度も確認するが、そこに確実に存在する俺の名が疑いようのない事実を俺に突き付けてくる。


「やった………!」


 嬉しい。俺の努力は無駄ではなかったのだ。十年の頑張りを認められたことに対する喜びが身体から溢れ出そうだ。

 自分の名前を確認した俺は急いでおじさんがいる宿へ向かう。早くおじさんに俺の合格を教えなければいけない。


 俺は喜びで飛び跳ねそうになる衝動を抑えながら、自分を祝福してくれる人の元へ走った。

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