協力者との初対面
「わ。なんだこの椅子とテーブル!?綺麗な色してるなぁ。表面滑らかだし。こんな高そうな物がどこにでもあんの?都会って凄いなぁ」
「フッフッフ。甘いな。王家とか貴族が使ってるやつはもっとスゲェんだぜ。このぐらいで驚いてちゃまだまだだな。………まぁ、俺も最初はそんな感じだったけどよ」
ある建物の中、俺とおじさんは田舎者丸出しの会話をしながら席に着いた。
ロジャーさんと別れた後、俺達は多くの飲食店が並んでいる場所に来ている。お昼時だからか人が多く、どの飲食店も賑わっている。幾つもの店のドアが人の出入りによって開閉され、付属のベルを軽やかに鳴らしていた。
俺とおじさんがいる建物もその中の一つである。ここが、入学の手助けをしてくれる『先生』との待ち合わせ場所らしい。俺たちが座っている席は店の隅にあるのだが、ここがおじさんと『先生』が初めて出会った場所だとおじさんが言っていた。『先生』のお気に入りの席は俺の席の正面だと聞いているので、緊張で自然と肩に力がこもる。
そしてその時は訪れた。
がちゃりとドアを開く音とともに一人の男が入ってくる。男は長い髪を垂らしていて、うっすらと微笑んでいるその顔は、見る人に柔和な印象を抱かせる。眼鏡の奥にある目はまっすぐと俺を見ていて、まるで―――――――何かを見抜かれているような感覚だ。
こちらに歩いてくるその男におじさんも気づいたらしく、こっちだと手を振っている。男がテーブルにたどり着き、俺達も椅子から立ち上がった。
「――――おじさん。この人が」
「ああ、そうだ。このお方がオレ達の協力者だ。久しぶりですな、先生」
「ええ。確かに一週間ぶりですねザウロさん。お元気そうで何よりです。……そちらの子が、例の?」
男はおじさんと軽い挨拶を交わした後、確認するようにこちらを目を向ける。男の目はまだ俺のことを探っているように感じた。だが、そこから警戒は感じず、どちらかといえば興味対象として見られている、のだと思う。男の問いかけに、おじさんは自慢げに答える。
「はい、そうなんです。この子が魔法を使える子です。この子を先生んとこの学校に入れてやりたくて」
「ア、アレス・ウォルターです。えっと、よろしくお願いします」
「フフ、そう緊張しなくても大丈夫ですよ。私の名前は、フロイド・フォンホルンです。こちらこそよろしくお願いしますね、アレス君」
フォンホルン先生の穏やかな表情のおかげで、体の硬直が少し解ける。こちらを見る視線はさっきから変わっていないが、良い人なのが話し方から感じ取れる。挨拶を終えて椅子に座った後、先生は唐突に探るような視線を切って謝ってきた。
「すみませんアレス君。『眼』は解除したので、大丈夫ですよ。私の視線、不快だったでしょう」
「え、あ、いえ」
先生からいきなり謝罪されてしまい、少し戸惑った。おじさんはハテナマークの顔をしているので、『眼』のことは知らないようだ。あの視線を受けたことがないのか、それとも。
「俺は大丈夫です。見られてて、不思議な感覚はありましたけど。――――――あれ、もしかして『魔眼』ってやつですか?」
「ご名答です。………分かったんですね、あれ。いきなりですが、魔眼のことはどのくらい知っているのですか?」
「正直そこまでは。特殊な眼で、普通の人には見えないものが見えたり、超能力のようなものが
こもっていたりするってことぐらいです」
「なるほど………。確かにその解釈で合っていますね。さらに詳しく言うなら、魔眼は魔力を消費して使うのではなく、自身の生命力を使っているんです。要するに体力です。走れば疲れるように、魔眼も使い続ければ疲れてしまいます。過度な使用をすれば失明してしまう恐れがあるので、注意が必要なんですよ」
「へぇ、そうなんですか。一日に何回も使うのは危険なんですね」
「その通りです」
納得だ。魔法のようなことを魔力を使わずに行使するのだから、体の負担も相当なはず。だが、生命力を消費すれば魔眼を使えるということは、魔法が使えなくても魔眼は使える人間もいる、ということになるのだろうか?
そんなことを考えていると、先生が不思議そうな顔をして、尋ねてきた。
「ところで、私が魔眼で見ていたこと、アレス君はいつから気付いていたのですか?」
先生の質問に、さっきの感覚を思い出しながら答える。アレはいつ気付いたんだっけか。
「いつからって……。先生が店に入ってきて、俺に視線を向けた辺りですかね」
そうそう確かその辺りだ。見られてすぐに、視線に違和感を感じたのだった。視線が普通の人間の出すものではなかったから魔眼だと気付くことができたが、もし魔眼の存在を知らなければ危うく先生のことを警戒の目で見るところだった。危ない危ない。無知とは恐ろしいものだなぁ。
答えた後、手元の水を飲んで一息ついたのだが、ふと先生の顔を見てみると、意外なことに先生は驚いていた。
「そ、それ最初からじゃないですか…………!初めてですよそんなこと………!」
「へ?」
先生の言葉の意味が分からず、つい変な声が出てしまった。
特に驚くことのない答えのはずだが、何故か先生はびっくりしている。おじさんは変わらずハテナ顔のままだ。状況を理解できていない俺を見て、先生は動揺が残りながらも説明してくれる。
「ええとですね。本来はいかに魔眼とはいえ、あの距離で視線を受けた人がそれを感じ取ることはほとんど無いんです。可能な人も稀にいますが、それも経験を積んだ才能ある魔術師だけなので、本来はあり得ないはずなのですが………………いやしかし………………ああでも………………」
「ちょ、ちょっと待ってください先生。あの、先生?」
うつむいてブツブツ呟きながら、なにやら考え込んでいる先生に俺はストップをかけた。
だっておかしすぎる。先生の言うことが本当なら、俺はレベルの高い魔術師に匹敵しているということになってしまう。たしかに俺は十年間魔法の練習を続けてきたが、それだけでそんなことになるわけがない。
四回目の呼び掛けでようやく先生は気付いてくれたが、聞く耳を持っていない。完全に自分の世界に入ってしまっている。
「ええそうなんです。アレス君にはまだ経験が足りていないはずなんです。最初に言っておきますが、アレス君。君には魔術師の才能があります。私の魔眼は視界に入れた相手の、魔術師としての才能を色と気配の大きさで見抜くことができます。君を視た瞬間に君の才能は素晴らしいことが分かりました。ですがザウロさんに聞いた限り、十年の修行だけでその領域に辿り着くはできない。つまり私の魔眼ですら見抜くことのできない潜在能力が君にあるんです!」
「―――――おじさん!ゴメン、ヘルプ!」
うん、これちょっとダメっぽい。才能があると言ってくれたのは素直に嬉しい。それはとても喜ばしいことだと思うのだが、喜びに浸る暇を先生が与えてくれない。勢いが強すぎる。
「おい先生。ちょっと落ち着けって」
おじさんは俺の救援に応えてくれて、先生の肩をバンバン強く叩いて呼び掛けてくれた。おじさんの遠慮の無さが今はすごくありがたい。何度も叩かれた先生はようやく我に帰ったらしく、ハッと気が付いて、何回か深呼吸をしてなんとか落ち着いてくれた。
いやほんと良かった。なんとなくだが、あのまま続くのはかなり危険だったと思う。………しかしまぁ、この人にもハマってしまうツボがあるんだなぁ。
先生の意外な一面を知ったところで、話を戻すとしよう。
「…………あの、大丈夫ですか?」
「―――――――申し訳ありません。つい熱が入ってしまいました。いつもはこんなことはないのですが………」
先生はだいぶ凹んでしまっている。俺は早急に話を戻すべきだと判断したので、気を遣いながら質問する。
「あー、それよりも、先生。さっき、俺が視線に気付いたことに分かっていたような発言をしていたと思うのですが、あれは」
「……あぁ、あれは単純にカマをかけただけです。普通の人は何の話をしているのか分からないといったことを言うので。…………まさか魔眼を発動したタイミングまでバレているとは思いませんでしたが。これなら試験については心配いりませんね」
カマをかけられていたということは、俺は試されていたのだろう。結果的に先生に認められたので、こっちとしては悪い気はしないし、むしろ才能アリとのことなので、気分は上々である。
「試験について教えてくれませんか?おじさんも全然知らないようなので」
「そういえばそうでしたね。―――――試験日のことなんですが、実は明日なんです」
「あ、明日………?」
頭の中が真っ白になる。仮に筆記試験のようなものがあったらどうすればいいのか。今の状態、結構マズイのでは………?
慌てる俺とおじさん。おじさんは「そんなこと聞いてませんよ」と言うが、先生に「言う前にザウロさんが街を出ていってしまったので」と返され、黙ってしまった。
そんな俺達を見て、先生は安心させるように語る。
「大丈夫ですよ。魔法学園の受験には二通りの試験方法があるんです。魔力測定と筆記試験の他にもう一つ、魔力測定と魔物討伐。アレス君にはこれを受けることを提案します」
「――――魔物討伐。それができたら俺は筆記試験をする必要がなくなるんですね」
「はい。その代わり、魔物討伐試験には少々危険が付きますが、どうしますか?」
どうするかなんて、考えるまでもない。筆記試験を受けることになっても、今から暗記できることなんてたかが知れている。間違いなく結果は良いものにならないだろう。
しかし魔物討伐試験なら?
戦闘経験はゼロだが、俺には十年間の修行と先生の太鼓判がついている。だったら後は、当日の自分の行動次第。俺の選択は既に決まっている。
「俺は魔力測定と魔物討伐の試験を受けます。その方が試験に受かる可能性が高いと思うので」
「分かりました。私も試験官の一人なので、時間があればこっそり見に行きますね。君の力、思う存分振るってください」
「はい!ありがとうございます!」
「助かります先生。お礼に今度、飯食うときに奢りますんで」
「ええ、その時はお世話になりますねザウロさん。それでは、また」
先生はそう言って立ち上がった。先生も他の用事などがあるのだろう。
笑顔で店を出る先生を見送った俺とおじさんはそのまま昼食を食べた後、必要になる物を買って、明日の朝を迎えた。