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十七年越しの再会

 老兵が、久々に会った知り合いに掛けるような言葉……………のような憎まれ口をおじさんに叩いたことに、俺は驚いて固まっていた。

 老兵はほかの兵達と違って赤いマントを鎧の上に羽織っていたので、普通の兵とは格が違うのが見て取れる。他の兵達が整列して老兵の後ろに控えているから、恐らく老兵は彼らの上司、隊長なのだろう。つまり、身分が相当高いはずだ。

 そんな人間がおじさんのことを覚えていて、しかも声まで掛けているのだ。田舎者の俺でも流石にそのことの異常性を理解している。

 この二人は一体どんな関係なのか、俺はおじさんに聞いてみた。


「おじさん、あの人のこと知ってるの?」

「いいや、全く知らん。見たことも聞いたこともない。初対面だ」


 即答だった。初対面って言ってる割には滅茶苦茶嫌そうなお顔をしてらっしゃる。何とか誤魔化そうとしているのがバレバレだ。そんなに嫌いなのこの人のこと………。

 老兵もこれには呆れていて、ちょいちょいと俺達を道から外れた場所に手招きしながら言う。


「おいおいそれはないじゃろお前………。ほれ、ちょっとこっち来い。道のど真ん中に突っ立ってると通行人の邪魔じゃ。あ、お前もじゃぞそこの白髪坊主。…………おいこら、お前さんまで嫌な顔してんじゃないよ。取って食うわけじゃねぇんだから、いいからこっち来なさいって」


 げっ、て顔をしてる俺まで呼び出され、俺達は抵抗空しく兵達に連れて行かれてしまったのだった。



 ☆☆☆


「坊主とは初めてじゃな。儂の名はロジャー。ロジャー・エルターナじゃ」


 近くにあった兵たちの休憩所で、俺とおじさんは椅子に座らせてもらって早速、そう自己紹介された。

 俺もロジャーさんに自己紹介と謝罪で返す。


「アレス・ウォルターです。色々と迷惑かけてしまって申し訳ありません。俺、街に初めて来たので舞い上がっちゃって、つい…………」


 落ち着いて思い返すと、さっきの出来事については反省しかない。アルカディアに着いてから、驚きや落ち込みなどがあったが、心の何処かでは舞い上がっていたのだろう。その気持ちがあの大笑いで爆発した結果が、この状態だ。

 初めて街を見てテンションがハイになっていた俺と、アカニ村とアルカディアのギャップを共感する相手ができたおじさん。第三者からはあのやりとりはマトモには見えなかったらしく俺達が兵士に連れて行かれている時、周りからは変人奇人を見るような目で見られていた。

 このままでは街を追い出されるのではないかと心配になる俺だったが。


「―――――――まぁ、今回は特別にお咎め無しじゃ」

「……え。ほ、本当ですか」


 ロジャーさんの言葉は俺達を許すものだった。俺の身体から緊張が抜けて、同時に安堵が沸き上がってくる。勿論お礼は忘れない。


「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

「そういう輩はもっと過激なことをしとる場合が多いから、お主はまだマシな方じゃよ。しかも、ちゃんと反省しておるしの。謝れるのは偉いことじゃ。のぅ、ザウロ?」


 俺の謝罪を受け入れてくれたロジャーさんはおじさんの方を向いて、責めるような視線を送る。ロジャーさんの表情を見るに、多分おじさんも昔何かをやらかしたことがあるのだろう。そして、そのことに関してはおじさんは全く謝らなかったらしい。

 視線を受け取ったおじさんは、何食わぬ顔で質問して話を逸らしたのだった。譲る気ゼロである。大人げない。


「それはともかくだ。ロジャー、アンタいつ帰ってきたんだ?てゆーかそもそもこの十七年間何やってた?」

「―――――そうか。もうそんなに時間が経っていたのだったな。久しぶりに帰ってきたと言うのにお主の態度が相変わらず過ぎて、全く実感が沸かんかったわい。先程は暫く見ぬ間、とは言ったが、今はまるで数週間ぶりに会ったような感覚じゃよ」

「………そいつはどうも」


 おじさんに敬語や礼儀が無いことに関して、ロジャーさんは大して気にしていない様子だ。むしろ喜んでいるとも見える。昔からおじさんはこんな感じなので慣れているのだろう。

 しかし、益々不思議だ。おじさんはハッキリした性格だが、敬語を使えない訳ではない。むしろ、いろんな街に行って商売をやっているのだから、敬語の使い方は普通の人より巧いはずだ。なのに、敢えて使わないというのは、それほどあの二人には何かあったということだろうか。


「話を戻すぞ。儂が帰ってきたのは五日前じゃ。向こうでの用事が済んで、ここ一帯の兵達の隊長としてこの老いぼれの体に鞭打って戻ってきた、という訳じゃ。全く、儂ももう引退する歳じゃというのにのぅ」

「嘘つけ。アンタ絶対生涯現役だろ」


 やれやれといった表情をするロジャーさんにおじさんはきっぱりと言い返していた。おじさんの反論には俺も納得だ。

 ロジャーさんの雰囲気には引退の要素なんてこれっぽっちも感じない。俺達の周りにいる兵達が束になってこの人に襲いかかっても、恐らく傷一つ付けられないだろう。チラリと周りの兵達の顔を見てみると、彼らもロジャーさんの引退という言葉に対して、絶対嘘だ、という表情をしていた。ロジャーさんという強者が隊長をやっているのだから、その隊の訓練がキツくないはずがない。

 強く在る為とはいえ、相当厳しいであろう訓練に励んでいる兵の皆様方には頭が上がりません。そんなことを考えた俺は、心の中で彼等に感謝と応援を捧げたのだった。

 その後、俺はさっきの言葉の中で気になったことを聞いた。


「あのー、ロジャーさん。用事というのは一体………?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた、アレス。その用事というのが、この十七年間やっていたことに繫がるのじゃが………。これはとても大事なことじゃから、ザウロよ。お主にも聞いてほしい」


 そう言って厳しい顔をしたロジャーさんを見て、おじさんは姿勢を正した。さっきまでの気怠い表情は一転、何故か深刻なものになっている。

 大事なこと、という言葉に反応していたから、心当たりでもあるのだろうか。


「―――ああ、分かったよ。それで、何なんだよ。その用事ってのは」

「……あれは十七年前のことじゃ。この街にいた時、儂のもとに一通の手紙が届いた。送り主は儂の愛らしい娘からでな。その手紙で、儂はとんでもないことを知った。それは――――――」


 自然と周りの空気が張り詰める。少しの手違いでプツンと切れてしまう糸のようだ。全員の動きが止まり、視線がロジャーさんに集中する。

 ほんの少しの沈黙の後、ロジャーさんの口から語られたのは―――――――――




「なんと、儂に可愛い孫娘ができたんじゃ!」




「……………………………………………………………………………………はい?」

「……………………………………………………………………あぁ…………………」


 ――――――――――まさかの、お祖父ちゃん宣言でした。

 俺は思わず間の抜けた声が出てしまった。

 兵士の方々はなんともいえない表情をしている。あの反応からすると既に知っていたようだが、きっと初めて知ったときは俺と同じような感情だったんだろうなぁ………。

 おじさんの方は、その手があったか………みたいな顔をして頭を抱えていた。これにも心当たりがあるんだ………。

 ロジャーさんの口は止まらない。その様子は完全に、大好きな孫の話をするおじいさんのそれだった。


「それでな、その子の成長を儂も見守りたかったから無理を言って、十年程の休暇を貰って帰郷したんじゃ。あの子と一緒にいることはかなり多くてな。これがもう可愛くて可愛くて。小さい頃からしっかり者だったんじゃがの、五歳の時、なんと料理がしたいと言い出してな。屋敷の料理人に頼んで野菜を切ることだけは許してもらえたんじゃが、初めて包丁を握る手が危なっかしくて、儂と妻はヒヤヒヤしながらそれを見つめておったわい。じゃが、それももう過去の話。今はすっかり腕が上達していて、これがまた滅茶苦茶美味いんじゃよ。おかげで腹がもっと寄越せと儂に訴えてくるもんで、食べ過ぎて妻に注意されてしまうことなんてしょっちゅうじゃった。あの美味しい料理を食べていると、いつかあの子にも嫁の貰い手が来てしまうんじゃなぁと思ってしもうて、気が早いとは分かっていてもつい寂しくなってしまうものじゃ。あの子は強がりなところはあるが、その内には清く正しい心を持っておる。いつも外面だけで、強いと思われているから、あの子の優しい内面を理解してくれる人が現れることを切に願うばかりじゃ。…………む?どうしたお主ら。何じゃその微妙な面構えは」

「―――――いや。そういやアンタ、そーゆー人間だったなぁって。再確認できて良かったよ。まぁそれはともかく、お孫さんのことはおめでとう。うん、本当に素晴らしいことだと思う。で、オレ達もう出ていって良いか?」


 凄い。何が凄いって、ロジャーさんのお孫さんへの愛の強さも凄いけど、この状況で出ていって良いか聞いてしまうおじさんの精神も中々のものである。

 普通はそんなこと聞けない。慣れてるんだこの人。おじさんはもう既にこんな感じの話を何回も聞いている。ロジャーさんがお祖父ちゃん宣言したときのおじさんの顔で分かった。そして最初辺りの気怠い表情に戻っていた。

 ロジャーさんもおじさんが考えていることに気付いたらしく、コホンと咳払いを一つして話を変える。


「あぁ、そういえば聞き忘れておったが、お主らは何の目的でこの街へ来ておったんじゃ?」

「やっとかよ……。アレスが魔法学園の試験を受けるって話になって、協力してくれる人に会いに行くところだったんだよ。オレだってやる時はちゃーんとやる男なんでな」


 それを聞いたロジャーさんは目を見開いて嬉しそうに笑った。その顔は、おじさんの成長を喜んでいるように見える。


「ほぅ、そうなのか。お主がそう仕向けたのか。そりゃ驚いた!お主昔に比べて本当に口が上手くなったんじゃのぅ」

「…………………なんか言い方に語弊があるような気がするんだが。ともかく、そういう訳で人を待たせるんだ。お咎め無しなんだから、もう行ってもいいだろ?」

「おお勿論構わんぞ。長く引き留めて悪かったな」


 ロジャーさんの許可を貰ったおじさんはじゃあなと言いながらふて腐れた表情で椅子から立ち上がって、出口へと歩き始める。

 俺も続くように立ち上がって、ロジャーさんにお礼を言う。


「お世話になりました。それでは、また」

「うむ、またな。それと、アレスよ。」

「はい、何でしょうか?」

「お主が学園に入学できることを祈っておる。こんな機会二度とはないじゃろうから、精一杯励むんじゃぞ」

「………………………はい!ありがとうございます!合格したら伝えに来ます!」


 優しい笑顔で頷き返してくれたロジャーさんに背を向け、俺はおじさんの後を追って休憩所を出て、再び道へと戻った。三日前から灯っている心の熱がさらに強くなっていくのを感じながら。

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