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迷杖混絡

「「「ええええええええ!!??」」」


 俺のみならずエリス、他の生徒たちも仰天の声をあげていた。

 一体何事かと、本日何度目かの騒然。


「うわぁ、懲罰だ、懲罰! 影薄かっただけなのに《ヴェール》がどうとか言い訳したから……」

「宮廷上位魔術師相手に、よりにもよって《ヴェール》かよ。人だかりで使えるような代物じゃないってのに」


 どうやら《ヴェール》は軽率に触れるべきでない単語だったようだ。何故かは分からない。あれ、そんな大層なものだったか……!?


 困惑の空気の中、待ったをかけようと口を開く。

 しかし、俺よりいち早く、エリスが声を上げた。


「待ってください。ナーバ先生! アレスくんは私たちと同じ一年生、しかも新入生です。一人だけいきなり教師との模擬戦闘というのは……」

「不要な憂慮だ。《ヴェール》で宮廷上位魔術師たる私の目を誤魔化したと言うのなら、それなりの出来は見せてもらわねばな。無論、最初の攻撃くらいは譲って差し上げよう」

「そんな……。フォンホルン先生はそれでよろしいのですか!?」


 そうだそうだ、と頷きながらフォンホルン先生に救援を求める。

 先生は閉じた目で思案の様子を見せると、馴染みのある穏やかな顔で言った。


「確かに、一人だけ全く異なる授業形式というのは公平性に欠けますね。しかし、上位魔術師との模擬戦闘はそう簡単にできるものではありません。これも良い機会として、是非挑んでみてはいかがでしょうか?」


 ……うーむ、なるほど。言われてみれば、またとないチャンスではあるだろう。

 優秀な魔術師と出会うという俺の夢も叶う形になるし、貴重な経験も積める。


 ちゃんと考えてみると良い話なのだ。なのだが……。


「どうした、何を迷う必要があるのかね? 臆することなどあるまい。ふっふっふ、先程の不遜な自信をもう一度見せてもらおうではないか」

「…………」


 これだよ。

 この『何か踏んじゃいけない尻尾踏んじゃいました』な状況が俺にそう思わせてくれないのだ。


 空恐ろしい緊張感というか。

 ラッキーだと誇れる喜びよりアンフェアだと思えてしまう抵抗感の方が強い。


 叶うことなら、俺も皆と同じようにやりたかった。

 だけど――。


 ――ええいっ。よくは分かんないけど、これも運命か!


 なんて、柄でもない言い訳を吐くしかないのであった。


「分かりました。全身全霊で臨ませていただきます」

「大丈夫ですか、アレスくん?」

「ああ。最初はこっちに有利を持たせてくれるらしいし、叩きのめすって感じでもなさそうだから。……ちょっと怖いけど」


 意を決して、泰然と構えるナーバ先生に向かい合う。

 生徒たちは俺から遠ざかり、俺とナーバ先生の自然なバトルフィールドが出来上がる。


 嫌な緊張は消えないが、ここで逃げる選択肢は無いと感じた。

 利点はさっき考えた通りに。

 上手くやれと命じられているのではない。これもエリスや他の生徒がやったことと同じ。


 今の自分を理解するための、少し大変な戦いだ。


「攻撃は俺から……で良いんですよね」

「無論だ。私に少しの攻撃でも通せば上出来だろう。ちなみにこれは蛇足だが、私は無防備で待つつもりはない。防御準備は(あらかじ)め行い、君の攻撃が遅い場合、攻撃魔弾に変換し即座に発射する。初撃は譲るが、時間の譲歩はそれに及ばないことを理解しておきたまえ」

「…………」


 それ、補足って言うんですよ。

 そしてすごい今更なタイミングで言いましたね。


「……《スキャン》!」


 飲みこむ。

 益にもならない小言はやめだっ。


 呼吸を乱さないよう努め、神経を研ぎ澄ませる。

 杖全体に魔力を行き渡らせ、内部構造をくまなく把握する。


「……!」


 そして理解した。

 これまでに挑んだ生徒たちが苦戦した理由はひどく単純だった。


 単純な話。

 この杖の中には、幾千の終点を持つ立体迷路が築かれていたのだ。


 当然、正しいゴールは一つしかない。

 だが、そこに辿り着くまでの道のりは侵入者を惑わせるに過ぎる。


 先端に進ませる道の先には最後の最後で裏切る偽のゴール。途中で進路を見失う複雑な交錯。

 人間一人の頭による整理など容易ではない。魔力の流通ともなれば尚更のこと。


 この魔法杖は厳密には杖ではない。

 円柱の迷路――ここまでのモノだと迷宮か――に木の筒を被せただけだ。


 ルーシーが魔力量でごり押したのも頷ける。

 考え無しにやっても魔力が詰まるだけなので決して楽な方法ではないが、漏出するほどの魔力出力でなければ時間短縮は叶わなかったのだろう。


 ……俺は運が良い。魔力操作に関してはアカニ村でずっと鍛練してきた。

 構造自体は複雑極まっているが、魔力を通すことは不可能ではない。


 まずは先端に届くルートを探り当てよう。


 《スキャン》の効果範囲を杖全体に固定し、ゴール側から遡っていく。

 分岐点は片っ端から精査。不正解を一本ずつ消去する。


 本音を言うと一気に二本三本といきたいところではあるのだが、道の一本一本が非常に長い。

 横着は危険と判断し、慎重を第一として迅速に遂行する。


 半数ほど振り分けたとき、先端から末端に通じる一本の導線を認識した。

 感触は瞬時に確信へと変わる。


 これが正解のルートだ。

 早めに見つかって良かった、と安堵するより速く魔力を稼働させた。


 道さえ解れば後は早い。

 俺の最速をぶつける……!


 《スキャン》でピックアップした道標に沿って、魔力を杖の先端に送る。

 たちまち正面に発生した魔力の玉を視認する。と、同時に躊躇いなく撃ち放った。


「ああ、もう一つ蛇足だが。私の最高記録は四十二秒。記録上の魔術師の中では最速だ。即ち、私の防御魔法を打ち破ることも視野に入れ――てばはぁ!!?」


 突如として素っ頓狂な声が響き渡り、大の男が宙に舞う。


 どさり。

 無情な音が余韻のように床を濁す。


「…………あれ」


 何故だろう、と。

 困惑は間の抜けた声として表れた。


 ナーバ先生は床に倒れ伏している。防御魔法は組み立てていなかったように見えた。

 それは、今の先生の姿は俺の魔弾によるものであることを指し示しており、つまるところ。


 先生をぶっ飛ばしたという蛮行に他ならない……!!


「やばいやばい、どうしよう……!」


 周囲の空気は凍りついていた。

 エリスも他の生徒たちも、あと模擬戦闘を勧めてきたはずのフォンホルン先生すら、陸に打ち上げられた魚みたいに口が開きっぱなしになっていた。


「は、速すぎんだろ、いくら何でも!?」

「幻でも見せられてるんじゃ……?」

「アゾスタに決闘で勝ったって話は聞いたけど、それどころじゃないだろ、これ……」

「一体、何者なんだよアイツは!?」


 うぅ、何か噂されている……。


 どうしてこんな滅茶苦茶なことに。

 俺はこの学園で、ただ普通に魔法を学びたいだけなのに……!

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