日陰の氷はいつまでも
医務室には多くのベッドが用意されているとのことで、杖持ちを背負ってエリスと共に医務室に来た。
男はただ気絶しているだけなので、ベッドに転がしておけば問題は無いだろう。
……ヴォイドとの決闘でかなり時間をかけてしまった。
早いとこ教室に入っておかないと。
人を背負っている俺に代わり、エリスがドアを押す。
「失礼します」
エリスの凛とした声に続き、部屋に入る。
横に長い医務室には通路を挟むようにベッドが並んでいた。
木の骨子に白いシーツがよく映える。シワも汚れも目立つものは無く、気合の入った手入れを感じた。
入ってすぐの正面には、鮮やかな色合いのポーションがたくさん置かれた机。
一人用の大きさなので医務室の先生が使っているのだろうけど……座っている者はいない。
「……外出中なのかな?」
「珍しいですね。いつもはあそこにいるのですが」
「うーん……」
参ったなぁ。
待つというのもあまりできないし、かといって勝手に寝かせておくのも――それはそれで申し訳ないというか。
奥とかには……いない、よな。
ちょっと覗き込んでみたりする。
通路には窓から差し込む日光が燦々と。昼と呼ぶにはまだ早いこの時間、日向は通路を横切って縞模様を描いている。
「…………うん?」
「どうかしました、アレスくん?」
「あ、いや」
何だろう。
部屋の奥に、何か――淀み?
渦を巻いた魔力を感じる。
人のモノのような、また別の何かのモノのような。
どこか中途半端なソレはベッド一つ分の大きさしかないが、秘められた濃度は半端じゃない。
元々大きいものを縮めに縮めたような印象だ。
かの魔法学園の医務室にこんな不思議スポットがあるとは。いや、ここだからこそのモノだったりして。
……せっかくだ。ちょっと見に行ってみよう。
ベッドに挟まれた通路を奥に進む。
窓から覗く日光に度々目が眩み、行き着いたのは日陰に佇む一つのベッドだった。
渦巻いた魔力は最奥のベッド、カーテンの仕切りの中でとどまっている。
「……よし、いくぞ」
カーテンに左手を掛ける。
好奇心を胸に、横に引っ張った。
遮る物が取り払われ、中に見えたのは――どこか見覚えのある、薄黄色の髪をした少女だった。
端正な顔立ちが最初に目に留まったが、それ以上に注目せざるを得ないのは彼女自身を取り巻く空気だ。
仰向けに眠る少女は寝息も立てず、血色の薄い肌には生気すら宿していない。
これを生き物の休息と呼ぶにはあまりにも静か過ぎる。
また、先程から続く濃密な魔力。
ソレは守るように少女を包んでおり、胴長の獣を想起させた。
そして、食らいつかんと俺を狙う殺気。
本能に通ずる眼光は魔力の繭から首を伸ばし。
「オォォ――――!!!」
暴風の如き唸りを上げて、飛びかかってきた。
魔力で形を成しているのだろう。姿はおぼろげだが、尖りのある頭で突撃を仕掛けているのは分かる。
即座に屈んで躱す。
「《ライトナックル》」
左手から光の拳を生成し、振り向きざまに撃ち放った。
ハンマーの如し拳が鈍い音を立てる。
殺気の主は窓の外へ吹っ飛び、やがて気配が霧散した。
「あ、あっぶね……」
な、何だったんだ今の。思いっきり殴っちゃった。
学園よりはこの少女に関係したものに思えたけど……。
「どうかしましたか、アレス君?」
と、不思議そうな顔をしたエリスがやって来た。
「たった今先生が戻ってきたんですが……外に何かありました?」
「あー、いや」
外、よりは内、というか。
ベッドの少女の様子は……特に変化なしか。
さっきのやつを殴ったからといって、この少女が大事に至ることはなさそうだ。
気には掛かるけど、今は安静にしておくべきか。
「特に何も。……ところでさ。ここって、いきなり頭突き食らうトラップとか、ある?」
「?」