笑う門には兵来たる
「こ、ここがアルカディア。魔法学園がある街………!!…………………………………ん?」
おお、と声を漏らし、感動に浸っている俺だったが、おじさんが言った言葉の中に、何処か引っ掛かりを感じた。
ガッツポーズのままで停止すること約十秒。俺はようやくそれに気付いた。
「え、ちょっと待って。今、アルカディアって言った?あのー、えーと、確かそれ……」
ウィンディアの中で最も栄えている都市のはずなんだけど……。いや、それはさっき聞いた。おじさんが中心都市って言ってたし、そりゃあ栄えてますとも。けど、それよりも。
「俺たちの村から三日で行けたの……?…ここ……」
「ん、まあな。それがどうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかって、思ったよりも近くない!?村から三日で行けるって、下手すれば他の街に行くよりも早いんじゃないの?中心都市なんて、俺てっきり七日は掛かるもんだと思ってたけれど。」
俺の質問に何でもないことのように答えたおじさんに俺はつい声を大にして反論してしまうが、これは我ながら仕方のないことだと思う。
俺達の故郷アカニ村は山の中にあるので、ほかの街に行くとなるとかなり遠くなると聞いている。だから、あの村は魔法に関する情報が少ないと思っていたんだけど…………。
「なぁ、アレスよ」
顔が疑問の色に染まっている俺を見て察したらしく、おじさんは何故か真顔になって何かの教えを説くように厳かに口を開いた。その姿に、俺もついピンと背筋を伸ばしてしまう。
「はい、何でしょうか、おじさん」
「アカニ村はどんな土地にある?」
「……四方が山に囲まれていて、山一つ越えると海に面する場所があり、土地面積はそこそこ広く、基本的に村人は皆畑を耕していて、主な特産品は野菜と果物、おじさんが売りに出すものです。気候は基本的に穏やかで、魔物がやってこない数少ない地域、といったところでしょうか」
「その通り。その状況を、人は何と呼ぶ?」
「……………………ド田舎」
「大正解だ。お前ももう分かってきてると思うが、平和すぎて冒険者や魔術師は来ない。言い方は悪いがあんな田舎村、三日かかる距離があれば魔法の情報なんてまともに入ってこないさ。お前の疑問に対する答えは多分これでいいと思うんだが………」
「………………ウン。良く分かったヨ。アリガトウ」
ぐうの音も出なかった。紛うことなき正論パンチ。俺の疑問は跡形もなく砕け散ったのであった。
……でも何だろうなぁ。この、スッキリした筈なのに妙に泣きたくなる気分は。
ふとおじさんの顔を見ると、彼も俺のように複雑な顔をしていた。どうやらおじさんも同じ気持ちのようで、なんとなくお互いに黙り込む。
「「……………………………………………………………………はぁ」」
数秒の後、俺達は同時にため息をついた。
この少々落ち込んだ雰囲気を醸し出していても、時間は進み、人々は明るい表情で道を歩き、空は相変わらず晴れやかで、今の自分たちの雰囲気はここには余りにも似合わないからだ。そもそもここに来て落ち込む要素なんてまだないのだから、だんまりを決め込むのは大間違いなのだった。
「………ま、とりあえず」
沈黙を破るように、先に言葉を出したのはおじさんだった。俺は、うんと頷いて次の言葉を待つ。そして、顔を上げたおじさんは、
「それ今どうでもよくねぇか!!?せっかくアルカディアに来たってのに、ウジウジ考え事してたらバカになっちまうぞ!!!そうだろ、アレス!!さっさと先生のとこ行って用事済ませて、なんか旨いもんでも食おうぜ!!!」
考えることを止め、愁いをすべて吹き飛ばそうとする勢いでそう言ってワハハと大笑いしだしたのだった。
唐突すぎて少し驚いたが、無論、そのノリに乗っからない俺ではない。俺も負けじと声を出しながらポジティブ発言を繰り出し始める。
「ああ、そうだな!!今俺達がするべきことはこんなことじゃない!!!だいたい、俺達二人で何か考えたって、どうにもならないしな!!!まだまだこの街でやることは盛り沢山だ!!!」
「そうだろそうだろ!!!あんなのんびりしてる村のことだから例えどんな英雄が、あの村が私の故郷です、とか言っても大して変わりゃしねぇって!!!」
「俺も全く同感だよ!!!ホントそれなー!!!」
「「わはははははははははははははははははははは!!!!!」」
俺とおじさんの明るい笑いが門の前に響き渡る。
うん、やっぱり笑顔は素晴らしい!笑いはこんなにも清々しいものなんだなぁ。俺はこの街に来て、また新たな発見をしたと思う。村の皆が言うように、この笑顔を忘れなければきっと今にも良いことがやってくるはずだ。笑う門には福来る、なのだ!
「おい貴様等!門の前で一体何を騒いでいる!」
「うわぁっ!?」
しかし、後ろから突然そんな怒声が飛んできて、俺達の喝采は終わりを告げた。背後から物凄い怒りを感じ、本能的に体が萎縮してしまう。
恐る恐る振り返ると、そこには後ろに数人の兵を連れた老兵が立っていた。鉄の鎧を見に纏っているその老兵は白い髭の生えた顔を鬼のように歪ませていて、滅茶苦茶怖い。
恐怖から逃れるようにおじさんの方を見てみると、おじさんはまるで見たくもないものを見るかのような苦い顔をしていた。俺がそれを不思議に感じていると、老兵がおじさんの顔を見て何かに気付いたような表情をして、こちらに歩いてくる。
そして。
「ほうほう。よく見ればバカ丸出しのその面、お主ザウロか。暫く見ぬ間に一丁前に見せかけた顔しおって。危うく騙されるところじゃったわい。」
老兵はニヤリと笑って、久しぶりに知己に出会ったような口ぶりでおじさんに話し掛けたのだった。