ランクアップ・マジック
「お前の仲間は倒したぞ。これで、俺と戦ってくれるんだろうな」
「………チッ、役立たずどもが」
ヴォイドは忌々し気に舌打ちをした。分かりやすく焦っている様子を見るに、俺が勝つとは全く思っていなかったらしい。
仲間を買っていたのではなく、俺を見下しすぎたのだろう。俺にはあいつが仲間を信用しているとはどうしても思えない。もしかすると、自分にとって便利な駒ぐらいにしか思っていないのかもしれないな。
「勝負。するのか、せずに逃げるのか、どっちだ」
「ああ? するに決まってんだろうが。ちょっと運良く勝ったからって調子に乗ってんじゃねぇよ」
俺が語気を強めてもう一度尋ねると、ヴォイドは苛立たしそうに俺を睨んだ。ヴォイドが決闘はすると言ったことに、俺は少しだけ安心した。
目の前の男はとてつもなく性格の悪い人間だ。途中で逃げられたらどうしようかと別の案を考えていたところだが、その心配は無くなった。後は、あいつを叩きのめすだけだ。
「アレスさん!」
「――エリス?」
いきなり背中に投げかけられた呼びかけに振り返る。
声の方向に目を向けると、離れた場所に立っているエリスがこちらに手を振っている姿が見えた。
エリスは自信満々の様子で、その金色の眼は期待の視線を俺に送っている。
「もう少しで勝てますよ! 応援していますからね!」
「―――ああ! 任せてくれ!」
明るい声援にこちらも手を振り返す。
この戦いは友達のためでもあり、自分のためでもある。俺は、俺を守ろうとしてくれたエリスの行動を肯定し、自分自身が感じた間違いに負けない人間で在りたい。
そう決意し、気を取り直して再び正面に向き直ると、ヴォイドは何故か偉そうな態度に戻っていた。
「ハッ、お前ら本当にバカだな。本気でこの俺に勝てると思ってんのかよ」
………いや、理由はなんとなく分かる。多分あいつの中に勝利のイメージでも湧いているのだろう。
あの、表情がコロコロ変わる様は見てて何処か興味深いものがある。
しかし、目の前の男は愉快な人間ではない。単純に調子に乗っているだけだ。その無駄な自信を、俺が取り除かなければいけない。
「勝てる勝てないじゃない。勝つんだよ」
「へいへい、ご大層な自信だコト。そんな身の程知らずには、――――圧倒的な力の差ってもんを見せてやらねぇとなぁ!」
ヴォイドは高らかに叫び、それと同時に地面に三つの玉をばらまいた。
それは決闘開始の合図に等しい行動。アゾスタの魔法がこの場に顕現するということだ。
「来い! 《ゴーレム》!」
ヴォイドは地面に手をつき、その直後三つの玉が浮き上がった。地面から盛り上がった土が玉を覆うように合体し、その体積を大きくしていく。
巨大な土の塊と化したソレは塊の四ヵ所から棒のようなものを伸ばし、それぞれが人体の手足に太く変化していった。最後に頭部を形成し、四メートルほどの大きさになったソレは、まるで角ばった人間のよう。
言葉に表すならば、土人形と呼ばれる物体だろう。それが三体、俺を見下ろすように立っている。
その姿を見て、俺はようやく合点がいった。ヴォイドが決闘の場を屋外に選んだのは、これらの土人形が戦いやすい環境にするためだ。屋内だと土人形を造っても巨体故に戦いづらくなる。だから教室から遠くても自分にとって都合が良いこの場所を選んだのだ。
………勝負は既に始まっていた、というわけか。
「ヒャハハハッ! どうだ、ビビったか? ここまで巨大なゴーレム、見たことないだろ! さぁ、どうする? 実力の差はご覧の通りだ。今の内に降参するなら、聞いてやらんこともないぜ?」
ヴォイドは自信満々に、俺に降参を薦めた。勿論そんなつもりは毛頭ないのでヴォイドに返答はせず、俺は目の前のゴーレムの構造把握に努めた。
どんな物体にも弱点というものは存在する。見上げるほど大きくても、肉眼では見えないほど小さくても、それは例外ではないはずだ。
「《スキャン》」
巨大物体に薄い魔力を行き渡らせ、その構造、魔力の通り道、魔力の溜まり場などを読み込み、詳細に調査して、知覚する。
…………三秒の時間をかけて、俺はその大体を把握した。ヴォイドが投げた三つの玉は魔道具で、ゴーレムを形成、維持する中心部となっている。その証拠に、ゴーレムの胸部の中心から末端に行き届くように魔力が動いている。
いくらゴーレムを造る魔法に長けているとはいえ、それを個人の力だけで生み出し、制御するのは難しいらしい。
「………よし」
――――これで俺の戦い方が決まった。正直、不安はある。成功率は低いし、ここ一番の戦いなのだから、本来は堅実に攻めるべきだろう。しかし、俺の直感が、無意識にこの戦い方を考えていた。それに、不安と共に確証もある。
俺は十年間魔法の試行錯誤をしていた。だから魔法の感覚を掴むことは何十回、何百回とやっている。今は俺の中のセンスと運に賭ける他ない。
もう一度だけヴォイドのゴーレム達を見上げる。今から俺が行うのは再現ではなく昇華。眼前に君臨する土の人形を超えなければならない。だが、俺自身に与えられる猶予はそう多くないだろう。そんな状況で、成すことができるか否か。
―――――いや、そんなこと考えるまでもない。仮にできぬのなら、疑似魂でも創り出して無理矢理にでも引っ張り出してやるまでよ。
自問した瞬間、俺の確信がそう叫んでいた。それが可笑しくて、一人小さく笑う。疑似魂だなんて、そんなモノ創ったことないのに。よほど他のやり方が気に入らないらしい。
だが、確かにその通りだ。そんな憂いよりももっと考えるべきことがある。
如何に巧くやるか。
今の俺には、それで充分だ。
目を閉じて、精神を集中させる。外界からの余分な情報を切断し、意識を己の身体その最奥、自身の魔力に向ける。地面に手をついて直接魔力を送り込み、俺は心静かに詠唱した。
「―――《ゴーレム》」
地面が盛り上がるように揺れ動き、魔力が人の形を形成していくのを感じ取る。頭から膝の辺りまでの外見を形作ることはできたが、その代わり内部の魔力操作が巧くいかなくなり、些細な誤操作を皮切りに、魔力は人の形を維持できずに崩壊してしまう。
「ハァ!? オイオイマジかよ!! お前、俺の魔法を真似るつもりかよ!? ハハハ、どこかおかしな奴とは思ってたけどよ、とうとう頭イカれちまったか!!」
「―――《ゴーレム》」
視界が黒に塗りつぶされる中、もう一度魔法を試みる。次は内部の魔力を重視してやってみるが、そうすることで外見を保つことが難しくなり、現時点では上半身を維持することに手一杯になってしまう。
なんとか保とうと魔力の加減に注意してみるが今度は魔力が外側に漏れてしまい、内側から崩れ落ちてしまった。
「お前じゃ無理だっての! この俺でも一体を造り上げるのに五年もかかったんだ。 見苦しい真似は止めた方が良いぜ? ああそうとも、負けたって分かったんなら、素直にそう言えばいいんだよ。俺は優しいからな、今なら無傷で帰してやるぞ? …………おい、聞いてんのかよ。負けましたって言えば、許してやるっつってんだよ!!」
「―――《フォース》、《ゴーレム》」
諦めずに魔法を続け、一回目と二回目から学んだ、外側と内側の調律を試してみる。
身体のイメージは筋肉質の男性、魔力のイメージは体中を駆け巡る血液。ザラザラと表面の土が削れ落ちるのを最低限食い止め、身体全体を生成しながらも魔力の調整を忘れずに、二つの作業を並行して行う。
やがておおまかな形が出来上がり、二メートルにも満たない人型のゴーレムが直立した姿で現れた。
………三回の試行錯誤を経て、これでようやく感覚を掴むことができた。今さっき出来た試作品を粉々に解体し、もう一度魔力を練り直す。
「――――ハッ、いいぜ。じゃあお望み通り、ぶっ殺してやるよ………!! 行け、ゴーレムッ!!!」
「―――《ゴーレム》」
カッと目を見開き、詠唱する。地面より誕生するは二メートル足らずの土人形。身体つきは筋肉質の男性に似せており、筋肉の付いた二本の腕には籠手を武装、両足には爪先に三本、踵に一本の鉤爪を付属させている。
約三秒で完成した俺のゴーレムは、ヴォイドのゴーレムの攻撃を受け止めた。迫り来る拳を籠手で防ぎ、鉤爪が勢いを殺し、ゴーレムの腕で攻撃を敵ごと弾き飛ばす。
攻撃だけに気を取られていたのか、弾き飛ばされたゴーレムは後ろによろめいてドスンと尻餅をつき、ぐらぐらと地面を揺らした。
目の前で繰り広げられた攻防に、ヴォイドは絶句している。彼の目には、想像もしていなかった光景が映っていたのだから。
「………は? 何、だよ、それ。あり得ねぇ、あり得ねぇあり得ねぇあり得ねぇ……!! なんなんだよそれ! 俺が《ゴーレム》を成功させるのにどんだけかかったと思ってんだよ! なんで俺のゴーレムの半分しかねぇのに、攻撃を防げるんだよ! ワケ分かんねぇ! なんで、なんでなんだよクソがぁ!!」
ヴォイドは認めたくないものを見るように顔を歪め、精一杯荒らげる声はぶるぶると震えていた。その一方、俺は《スキャン》を使った三人称視点からの構造把握で、ゴーレムの無事とゴーレムに不具合が無いことを確認する。
たった四度の調整だったが、現時点で魔力の通りも身体の出来もバッチリであり、我ながら素晴らしい作品となっている。
だから、嬉しさと興奮が少しだけ落ち着きを殺していたのだろう。無意識に気持ちが舞い上がっていた俺はヴォイドに、する必要のない説明をしていた。
「ゴーレムの魔力量が違うんだ」
「は……?」
俺のゴーレムよりヴォイドのゴーレムの方が体格が大きい。大人と小さな子供が魔法を行使せずに喧嘩をした場合、勝利がどちらに傾くかは言うまでもないだろう。それほどに、大きさは勝敗に関わってくる。
しかし、ゴーレムの戦いとなれば新たな要素が加わる。それが魔力の多さだ。ゴーレムに与えられる魔力が多ければ多いほどより頑丈に、より強力になる。
「お前が三体のゴーレムに百ずつ魔力を与えているのなら、俺は一体のゴーレムに三百の魔力を与えているんだ。小さいゴーレムほど簡単で細かい操作が可能になって、大きいゴーレムほど難しく粗い操作になっていくんだろ? 戦闘に適切なのは大きい方なんだろうけど、小さい方が小回りが利くから俺は大きさを二メートルくらいに抑えたんだよ」
「う、嘘つくんじゃねえ! そんなに魔力を入れて、ゴーレムが耐えきれるわけないだろうが! ゴーレムが小さくなるほど籠められる魔力量も少なくなる。だから強力なゴーレムはデカい身体になるんだ! 身の丈に合わない魔力でゴーレムを造るなんて、魔道具を使ってもできるかどうか………」
「それは普通の土で造ったら、の話だろ。俺が使った土は魔法で強化した地面から生成したものだ。だから、たくさんの魔力を籠めても壊れないんだよ」
「そんな馬鹿な……。二重発動でゴーレムを造るだと………? じゃあ俺は、俺は―――」
ヴォイドは戸惑いを隠せず、頭を抱える。その姿を見て、俺はふと思った。
この説明、する必要なかったんじゃないか?、と。
わざわざ敵に情報を教えるなんて、何の意味もない。よくよく考えれば時間の無駄である。だがしかし、その説明のおかげでヴォイドは今気分が沈んでいて、不安定な状態だ。
なるほど。口は災いの元、と言われているが、使い方によっては福も呼ぶらしい。余分なものも自分の益となってくれるというのは少し勉強になった。やはり、どんなものでも侮ってはいけないな。
とにかく、今の状態が俺の目的を果たすのに絶好のチャンスということになる。相手に立ち直られて機会を失ってしまう前に、ここで決着をつけなければ。
「話は終わりだ。俺のゴーレムとお前のゴーレム。どっちが強いのか、答え合わせをしよう」