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刀と杖と丸腰と

 俺とエリスは魔力測定で使われた広場―――屋外の練習場に来ていた。試験のときに作られた土壁は全て土に還り、俺が風魔法で抉った地面も痕が見えない。俺が去った後、教員の方が丁寧に直してくれたのだろう。


 何故俺達がここにいるのかというと、ヴォイドが決闘の場所をこの練習場に指定したからだ。近くに屋内の練習場があるにも関わらずここを指定した理由は分からないが、どんな場所であれ戦えるのならばそれで良い。

 ここに来て十五分ほど経ったが、場所を指定した当の本人はまだ来ていない。どうやら向こうにも準備があるらしく、教室前で一度別れたのだが、一体何に時間をかけているのだろうか。

 暇を持て余して辺りを見回していると、エリスが顔を曇らせて俯いていることに気付いた。


「エリス、どうした? 何か変だぞ」

「―――アレスさん、ごめんなさい」

「……え?」


 俺が軽い気持ちで声をかけると、エリスはすまなそうな表情で突然謝ってきた。唐突な謝罪に、少しだけ混乱する。

 何故彼女が謝ってくるのか、俺には分からない。何処かで何か謝らせるようなことをしてしまったか?


「私がアゾスタに構ってしまったから、関わりのないアレスさんがこんなことに巻き込まれてしまいました。あのとき適当に流しておけば良かったと、今更後悔しています」

「それは違う。そんな悲しいこと言わないでくれ」


 エリスの言葉を反射的に否定する。俺のはっきりとした物言いに、俯いていたエリスは驚いたように顔を上げた。彼女の様子に気付きもしなかった自分に腹が立ってくる。

 教室前での出来事から今まで、エリスが自己否定するような考えをしていたというのに、俺は何を呑気に呆けていたんだ。彼女を暗い気持ちのまま放っておくことが友達のやることじゃない。友達だからこそ言えることがあるというのに、これでは一人の人間として失格だ。


「アレスさん……?」

「エリスは何も間違えていない。間違っていたのは俺の方だ。俺は、ヴォイドの言うことを聞こうとしていた。俺を一生懸命庇ってくれていたエリスを止めようとしたんだ。けど、今は違う。俺はヴォイドに勝つ。勝って、あの偉そうな態度を改めさせる」


 それが俺にできるエリスへの償いだ。それと、ヴォイドと戦う理由はもう一つある。


「それに、友達を馬鹿にされるのは気に食わないからな。あいつにエリス達を馬鹿にしたことを謝らせてやる。絶対に」


 友達を馬鹿にされて黙っているほど、俺は冷たい人間ではない。ぼこぼこにして、無理やりでも頭を下げさせてやるのだ。そうでもしないと、俺の心の棘が取れない。


「……フフ。なんだかアレスさんらしいですね」


 驚いたまま固まっていたエリスは、自信満々に語る俺を見て小さく笑った。その様子にこちらもほっとする。

 やはりエリスには笑顔が似合っている。曇った顔より目の前の笑顔の方が彼女らしい。


「分かりました。そう言ってくれるアレスさんを信じます。―――頑張ってくださいね」


 エリスの応援に頷きで返す。それと同時に、後ろから複数の人間の足音が聞こえた。音が聞こえた方向に振り向くと、ヴォイドとその仲間がこちらに歩いてくるのが見えた。

 戦いやすい服に着替えたのかと思ったが、ヴォイドはさきほども見た魔法学園の制服を着ている。しかし、その手には革の色合いをした手袋がはめられている。そして、戦わないはずの仲間達にも武器のような物が持たされていた。


「よう白髪。逃げなかったみたいだな」

「随分と遅かったな。待ちくたびれたよ」


 横柄な態度でヴォイドが何か言ったが、いちいちあいつの言葉を気にすると日が暮れてしまうのでそれを無視する。

 無視されたヴォイドはその顔を苛立ちに変化させるかと思われたが、俺の予想に反してその余裕な態度は変わらない。奴にそれを可能にする何かがあるのだろうか?


「ハッ! 大層な口利きやがって、テメェの強がりもお終いだなぁ」

「……何の話だ?」

「ここに来るまでにお前のことを調べたんだよ。アレス・ウォルター、お前の入学試験の順位は最下位だってなぁ!」

「―――――」


 突然の出来事に、言葉が無くなった。俺すら知らなかった事実を打ち明けたヴォイドは既に勝ったと言わんばかりの笑みを見せている。どうやって調べたのかは知らないが、仮にそれが本当だったとして。

 ――――それが、どうしたというのだろう?


「つまり、そんな落ちこぼれがこの俺と戦うなんておこがましいのさ。だから―――」


 ヴォイドの言葉に続くようにヴォイドの隣にいた仲間達が前に出てくる。それを見て、ようやくヴォイドが何を言いたいのか分かった。

 相変わらずのくだらないプライドだ。そこまでして優位に立ちたいらしい、あの男は。


「そいつらと戦えってことか」


 俺が相手の言葉を繋げると、ヴォイドは仰天したようにパチパチと拍手をした。元々俺のことを見下してはいたが、俺の入学試験の順位を知ったことで更に蔑視に拍車がかかったようだ。


「ほぉ、最下位のくせにそれは分かるようだな。そのとおりだ。こいつらに勝ったら、この俺と戦うことを認めてやろう」

「………俺がお前らに勝ったら、エリスに謝って、今までの態度も改めてもらうぞ」

「ああ構わないぜ。だが、俺等が勝てばお前は一生俺等の言いなりになってもらうぞ。あ、殺すのはアリだからな。じゃないと俺等も本気が出せねぇ。どうだ? 降参するなら今のうちだぜ?」


 結局、ヴォイドの態度は最後まで崩れなかった。褒めるべきか呆れるべきか、俺としては両方だな。その図太い神経を褒め、その傲慢な性格に呆れる、といったところか。いや、今はそんなことどうでもいいな。

 とにかく、ヴォイド達には俺を殺せる自信があるらしく、故に俺に降伏を持ち掛けてきたようだが、俺には降伏する意思も死ぬつもりもない。なので、そんな愚問には一切答えず、俺は勝負の催促をした。


「時間の無駄だ。早く始めよう」

「その前に、どっちとやるか選ばせてやるよ、最下位」


 仲間の内、剣を持っている男がそう言って剣先をこちらに向けてくる。

 いや、あれは剣ではなく、刀といったか。この街に来て武器を買ったとき、似たような物を見たことがある。剣の刃より耐久性は低いが、その分速さに重きを置いた武器だ。


 武器が必要なら《アイテムボックス》から剣を出そうかと考えたが、向こうが持っているのならばその必要はないようだ。


「―――だ」

「あ? なんつった?」


 俺の言葉と同時に、ビュウと強い風が左から俺の顔を撫でた。はっきりと言ったつもりだったのだが、どうやら風の音がそれをかき消したらしく、ちゃんと相手に聞こえなかったようだ。

 俺は半身の構えで、掌を上に向けたまま相手に右手を差し出して指を手招くように動かし、もう一度。


「時間の無駄だ。二人で来い」


 開戦の言葉を告げた。


「―――粋がりやがって! そんなに死にたいなら殺してやるよッ!!」


 刀を構えた男が叫びながら直進して来る。

 俺がまだアカニ村にいた頃、ザウロおじさんに「お前もムカつく奴に喧嘩売る方法を知っとけ」と教わったことを実践してみたのだが、割とあっさり引っ掛かってくれた。この分かりやすい挑発が効いたのは相手がカッとなりやすい性格だからだろう。

 短絡的で助かった、と言って良いのかな? ………それを考えるのは後にしよう。今は目の前に集中集中。


 軽く頭を振って思考を切り替える。刀持ちが振り上げた刃は角度的に俺の身体を右肩から両断するものだろう。俺も相手に合わせて走り、正面から急速に距離を詰める。

 ヴォイドのもう一人の仲間は杖らしき物を持っていた。俺が左右に避けると魔法を使われる可能性が高い。しかし俺がヴォイドの仲間達同士と直線上に位置していれば、杖持ちが刀持ちを庇って魔法を使わないはずだ。

 奴らが俺を殺す気だとしても、犠牲の中に自分の仲間が含まれるなんて考えているわけではないだろうからな。それに、距離を詰めていれば刀持ちが斬撃魔法を使えたとしてもそれを封じることができる。


 案の定、俺に詰められた刀持ちは苦い顔をしている。丸腰の俺が間合いの外に出ると思って中距離魔法の準備でもしていたのだろう。

 僅かにたじろいだ刀持ちは魔法は使わず刀を振り下ろした。俺はその刃を身体を傾けることで避け、振り下ろされた刀――を握っている手を思い切り踏んづけた。


「ぐあっ」


 刀持ちが小さく呻き、握っていた刀を手放した。俺の履いている靴は底が硬いので踏まれると結構痛い。

 後で痣とかできちゃってるんだろうなー、と頭の隅っこで考えながら、落ちた刀と地面の間に滑るように足を入れて刀を蹴り上げる。そして、俺と男の間を上に飛ぶ刀を追うように跳躍し、空中で掴んだ刀を着地と同時に振り下ろした。


「ひぃっ」


 刃が上から下に通り過ぎ、短く悲鳴を上げた男の胸から少量の血が垂れた。屈んだ状態からすぐ立ち直り、相手の動きを見逃さないよう敵を視界に留める。

 だが俺の予想に反して、男は何もしなかった。その切り傷は回復魔法を使えばすぐ治るほどの浅い傷だが、痛みや血に慣れていないのか男は怯えた顔で後ずさっている。自棄で突進でもされるかと思っていたので、少々拍子抜けだ。

 本来であればそのまま放っておくが、これは殺し合いでもある。何も言わずただ下がるだけの獲物だが、言質の一つでも取っておくべきだろう。


「降参するなら聞くが、どうする?」

「え? そ、それは………」


 男は言い淀んで、チラリと後ろを確認した。視線の先に目をやると、そこには苛立たし気に顔を歪めるヴォイドの姿があった。その顔は、なんで負けているんだ、とも、降参なんて認めないぞ、とも言っているように見える。

 刀を使って戦う人間が刀を奪われるのはその時点で負けているようなものだ。格闘に強くない限り、そんな奴に仲間として貢献できることは無いに等しい。なので、残された選択肢は降参か死だが………。

 ヴォイドは言葉を濁す男を睨み、それに震え上がる男は俺とヴォイドを何度も見ては答えを躊躇っている。ついでに言えば、今の内に何か仕掛けてくればいいのに、杖持ちにも動く気配は無い。

 感覚を戻して魔力の気配を探ってみるが、魔法の準備をしている様子もない。彼なりに仲間のことが心配なのか知らないが、随分と勿体ないことをしているなぁと思う。今なら威力の強い魔法を準備して射線を通せば、俺に攻撃できるというのに。

 要するに、彼等は戦い慣れしていない。ならば、ちょっとした脅しで退いてくれるだろう。

 取り敢えず一歩大きく力強く踏み出してみると、男はまた一歩下がった。得物を盗られたことにだいぶ戦意を削がれているようだ。だったら、もう少しだな。


「沈黙は否定ということだな。分かった」

「あ、ちょっと待―――」


 相手の言葉を切るように刀を横に振り、今度は男の額を切った。切れたといっても、これも浅い切り傷で、痕が残るものではない。だが、精神にはかなり効いているようで、身体は動きを止め、口だけがぱくぱくと動いている。


「悪いな、外した。次は上手くやるから安心してくれ」

「―――ッ! こ、降参だ! 降参するから、命だけは助けてくれ!!」


 俺はわざと口角をニヤリと吊り上げ、悪者のような笑顔を見せる。それが決め手となったのか、男はヴォイドの無言の圧力を払い除け、乞うように降参して逃げ出した。

 この状況に、ヴォイドと杖持ちは唖然としている。だが切り替え早く、杖持ちは後退しながら赤い杖を掲げて炎の玉を形作る。


「くそッ! ――燃えろ、《フレイムショット》!」

「《アイスエッジ》」


 俺目掛けて飛んでくる炎の球。それに合わせるように刀に氷を纏わせて氷の刃を作り、直進してくる三つの炎の球を氷の刀で手早く打ち消していく。

 それを見た杖持ちは更に後ろに下がり、今度は炎の球を次々と乱れ打ちで放ってきた。距離を取って遠距離魔法で仕留めにきたらしい。確かに全てを刀で打ち消すのは骨が折れるし、こちらも攻めきれない。だが、その場合は当たらないように近づけばいいのだ。


「《ライトニング》」


 駿足の雷魔法を使って地を駆け、迫り来る炎の球を右に左に避けていく。その動きは蛇の如く、炎の球は俺にかすることもなく、虚しく俺の残像を通り過ぎるしかない。杖持ちは焦った顔で炎の球を放ち続けるが、炎より俺の足の方が速いので難なくかわしながら、素早く距離を縮めていく。

 すると、突然攻撃が止んで相手に隙が出来た。無論その機を逃すつもりはなく、直進して接近する。その途中、相手の杖の先に魔力が収束するのを視認した。


「さっさと死ねよ……! 《フレイムアロー》!」


 俺に向けられた杖から、赤く光る矢が放たれた。高速で走る俺と勢い良く宙を貫く炎の矢。この二つが衝突する時間は一秒もかからない。このままだと俺の顔は灼き飛ばされることになるが、さっきより強力な魔法が来ることは既に予測している。

 俺は咄嗟に身体の中心を軸に回転しながら横に反れ、炎の矢をやり過ごす。そして地面を滑って勢いを殺しながら、逆手持ちにした刀の柄頭を相手の腹部に強く捻じ込んだ。

 腹に柄がめり込んだ杖持ちは、ぐぇ、と声を上げて三メートルほど吹っ飛び、地面に力無く倒れた。その顔は白目を剥き、口からは唾液が漏れている。つまるところ、完全に気を失っていた。

 やり過ぎとは微塵も思わなかった。こいつはヴォイドと共にいろんな人達に迷惑をかけ、何よりも俺の友達とその家族を侮辱した。だから、このくらいの罰は下るべきなのだ。


「………ふぅ」


 一度息をつき、一瞬だけ休憩する。これでヴォイドの仲間には勝利した。残るは本命。適当な所に刀を投げ捨てた俺は、最後に戦う敵の方向に振り向いた。

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