初めての決闘
訓練用の木剣を借り、ロナさんから少し離れた場所に立つ。気付けば、集まって来た兵士達に周りを囲まれていた。
多分興味本位で来たのだろう。見せ物ではないのだが、こんなに見られると少し緊張してしまう。一方、ロナさんは緊張した素振りも見せず、落ち着いた様子で木剣を構え直している。その堂々たる振る舞いに思わず拍手を送りたくなるが、今はそれが許される状況ではない。
沸いて出た感情を制し、木剣を握りしめながら相手を見据える。
今の俺とロナさんが戦って、どちらが勝てるのか。
単純に考えれば、俺が負けると思う。ロナさんはこの国の兵士なのだから、戦闘訓練を受けているはずだ。しかし対する俺は修行の為に剣を振ることはあれど、対人経験は全く無い。
そんな俺が、ロナさんに勝てるだろうか?
「信じるしかないな……」
今までの十年を、その努力を当てにするしかない。
俺はロジャーさんに会わなければいけなくて、その為にロナさんに勝つ。
木剣の感触を確かめながら心の中でそれを反芻し、もう一度大きく息を吐く。
「降参させた方が勝ちだが、準備は良いか?」
再び決意した俺に、ロナさんが声を掛けた。
どうやら、待っていてくれたらしい。
ロナさんの方向に身体を向け、顔を上げる。
「はい。それじゃ、始めましょう」
お互い剣を構える。
間は約五メートル。
その距離を。
「フッ……!」
二人の足があっという間に詰める。
振り下ろされるロナさんの木剣を横に避け、横に力強く振り切る。しかし難なく受け止められ、素早い攻撃が襲い掛かる。俺はそれを後ろに跳んで躱し、一度距離を取る。
呼吸を整えながら、相手の動きを観察する。
ロナさんもこちらを見ながら剣を構え直している。
予想通り、ロナさんは手強い。剣術を鍛え上げ、その実力を高めていることが今の剣技に表れている。俺のような我流とは違う。やはり、剣術自体はこの人には敵わない。本当に勝ちたいのなら、体術も交えて立ち向かうべきだ。しかし、これは剣の勝負なのだから剣をメインに戦わなければいけない。だが、元々魔法の修行が基本で、剣はそのついでだったので、俺とロナさんでは剣を握っていた時間が圧倒的に違う。
――――少々、やりづらいな。
「……まあ、いっか」
やりづらいだけだ。最終的に勝てば良いのだ。問題は無い。
それを最後に、地を駆ける。
再びぶつかり合う木剣。周囲の視線に包まれ、俺達は剣戟を続ける。
実際に剣を交えてみて、目の前の兵士は剣技だけでなく筋力でも俺に勝っていることが分かった。見た目からは想像ができない事実だ。この勝負において、筋力は今更どうにもならない。だから、必要なのは技術。巧みに剣を操って相手に勝利するしかない。
今のところ、戦いにおいて俺は後手に回っている。俺の剣はロナさんに上手く防がれ、逆にロナさんの剣は一撃一撃の力が強く、防ぎきるのが難しい。
しかし、それも長くは続かない。剣を打ち合っている内に対人戦闘に慣れてきているのを実感する。
より繊細に剣を操作して相手の攻撃を受け流し、僅かな隙を突いて一気に斬り込む。
「何ッ……!?」
懐に入られたロナさんは驚きながらも防いでいるが、それも精一杯だ。
今この瞬間、俺は自分が有利になってきたことを理解する。攻め続けている今がチャンスだ。
剣が鍔競り合った瞬間に地面を蹴って力任せに前に押し込み、体勢を崩したロナさんに勢いのまま突っ込む。
先手必勝だ。持ち直される前にこのまま勝負を決める。
「ハアアッ!!」
俺はそのまま力を溜めて、全力で斬り上げた。衝撃が腕に伝わり、相手の木剣が宙に飛ばされる。ロナさんの視線が弾き飛ばされた木剣に注がれている隙に、木剣の剣先を首に突きつけた。
この場の全員の動きがピタリと止まり、時間が停止したように辺りが無音の空間となる。長いようで短い空白の中、木剣が地面に落ちた。
「………参った。私の、負けだ」
木剣の音が時間を進めたのか、ロナさんが降参の声を出した。俺は木剣を降ろし、ロナさんから離れる。
すると、
「す、すげえええええ!!!」
「うおおおおッ!!マジか、マジか!!!」
「あんな子供が、ロナ様に!??」
「あのガキ、何モンだ!?」
周囲から歓声が響き渡った。騒ぎ立てる人や拍手を送ってくれる人、楽しそうに酒を飲んでいる人までいる。
これほど騒がれるということは、やはりロナさんはこの人達の中でも実力者に位置するらしい。それにしても少し騒ぎすぎな気がするが………。
「何をしとる、お前ら」
歓声の中、老人の声が聞こえた。その声が通った瞬間、周りはしぃんと静まり返る。あまりにも不自然すぎるテンションの下がりよう。まるで悪事が親にバレた子供のようだ。
声の方向にいた人達が避けるように道を作る。そして姿を見せた人物は、俺が探していた老兵――――ロジャー・エルターナだった。
「こんにちは、ロジャーさん」
「む?アレスではないか。ここで何をしておる?」
「あー、えっとですね」
俺は何故ここにいて何をしていたのか全て話した。ロジャーさんに会いに来たが取り次いでもらえなかったこと。ロナさんにここに案内されて決闘をすることになったこと。そして決闘で俺が勝ち、周囲の兵士達が騒いでいたときにロジャーさんがやって来たこと。
「……そうか。お主には悪いことをしたのぅ。儂の孫がすまぬ」
俺の説明を聞いたロジャーさんは申し訳なさそうに言って頭を下げてしまう。ロナさんはそれを止めようとするが自分が原因だと分かっているらしく、悔やむように顔を歪める。
「いえ、謝らなくてもいいですよ。むしろ、良い経験になったので」
ロナさんと戦ったことで剣術の特訓にもなったので、こちらとしては逆に感謝したい気分だ。
そう言うと、ロジャーさんはそういうことなら、と渋々納得して顔を上げてくれた。
「まあ、積もる話は別の場所でするとしよう」
ロジャーはそう言って歩きだそうとするが、突然動きを止めて兵士達へ目を向けた。
「そういえば、お前達。訓練サボっておったな?」
ギクッとなる兵士達。皆ロジャーさんに目を合わせようとしない。ロジャーさんは笑顔だが、内なる感情が真逆であることは誰が見ても明らかだ。
「そんなお前達には後で特別訓練をさせてやろう。覚悟しておくことじゃな」
顔が真っ青になってゆく兵士達。自業自得な気がするので何も言えないが、取り敢えず死なないように祈り、歩きだしたロジャーさんに付いていく。ロジャーさんはロナさんの横を通り過ぎるように歩く。
その寸前。
「あ……、あの、お祖父様」
「後で話そう」
ロジャーさんとロナさんの会話はそれきりだった。
そのまま通り過ぎて、振り返ることもなく。俺達は三日前に話した場所、あの休憩所へと足を進めた。