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苛立ちの女騎士

「おじさん!俺、合格だった!」


 泊まっている部屋に入ってすぐ、俺はそう叫んだ。声が大きくなったのは気持ちが高ぶっているからだ。ちょっと大きすぎたかな、なんて考えてみるがそれは最早どうしようもないことである。

 椅子に座っていたおじさんは俺の言葉を聞いた後、少しの間動きを止め、そして自分のことのように表情を歓喜に変えた。


「おお、マジか!やったじゃねぇか、アレス!」

「ああ!おじさんのおかげで、俺はここまで来れた。……本当にありがとう」


 おじさんが俺の為に動いてくれなかったら、俺は今も村の中で過ごしていただろう。そんな俺に機会を与えてくれた人はおじさんに他ならない。本来ならありがとうの一言では足りないくらいだ。

 心の底からの感謝をおじさんに伝えると、おじさんは気さくな笑いで返す。


「いいんだよ。オレはオレにできることをやっただけさ。これはお前の努力が掴んだ結果だ。おめでとう、アレス」

「おじさん………」


 俺にはこの人が眩しく見える。こんな時、俺は周りの人に恵まれているということを実感できる。こんな人に出会えた俺は本当に運が良い。


「この事、ロジャーにも伝えるんだろ?ほら、早く行きな」


 おじさんは頬をポリポリ搔きながら、俺にロジャーさんの元に行くよう促す。それが照れ隠しなのは誰が見ても明らかだ。


「はいはい。それじゃ行ってくるよ」


 敢えてそこは指摘せずに、おじさんの言葉に従う。

 俺はロジャーさんに、合格したら伝えると去り際に言った。あの人も俺の応援をしてくれた人達の一人だ。合格したのならそれを伝える義務が俺にはある。


 部屋を後にして外に出ると、通りには相変わらず人がいっぱいだ。三日前にロジャーさんと出会った場所はたしか門の傍だった。兵士に話しかければロジャーさんとも会えるかもしれない。

 門に向かって軽く走る。俺達が泊まっている宿は門からそう遠い場所にあるわけではないので、兵士はすぐに見つけることができた。忙しいとは思うが、それでも話しかけてみる。


「すいません。ロジャー・エルターナさんに会いたいんですが………」

「隊長に?何者だ、お前」


 兵士の対応は冷たい。俺のことを不審者と思っているのだろう。

 ………そりゃそうだ。見ず知らずの子供から突然自分の隊長の名が出てきたら、警戒するに決まっている。

 俺も目の前の人とは初対面だ。俺とおじさんが迷惑を掛けた時に門番をしていた人は、今はいないらしい。その人がいれば話は早いと思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。


「俺、三日前にここで迷惑を掛けた者でして、その時に会う約束をロジャーさんとしたんです」

「…………ハッ。お前、冗談も大概にしろよ。隊長はお前のような奴と会う方ではない。逆恨みだか何だか知らんが、俺はそんな嘘には引っ掛からんぞ」


 俺の説明を兵士は軽く笑って一蹴し、嫌な物を見るようにギロリと睨みつけてきた。恐らく、その眼には不審者よりも下劣な人間が映っているのだろう。

 困ったことに、俺の説明は全て嘘だと思われている。このままではロジャーさんに会うことができない。

 その後も根気強く粘ってみたが、兵士は取り合ってくれない。


「いい加減にしろ……!これ以上は容赦しないぞ!!」


 むしろ喧嘩腰になっていた。気付いたところで時既に遅く、兵士は声に怒りを滲ませ、槍を構えていた。

 まずい、と思ったが手遅れだ。執拗に迫った覚えはないのだが、俺がやりすぎたか相手が短気だったか、状況は最初より悪化していた。

 ここは一旦退くべきか。そう思い、後ずさった時。


「貴様等。そこで何をしている」


 女性の凛とした声が響いた。声の方向に振り向くと、そこには俺より年上の女性の兵士が立っていた。

 長い茶髪を後ろにまとめて垂らしている女性は堂々とした姿勢で俺達を見ている。顔が整っている割には纏う雰囲気が鋭いので、少しだけ気圧される。


「ロナ様!」


 ロナという名前の女性を見て、気が立っていた兵士は慌てたように姿勢を正した。

 我に返ったというか、機嫌が直ったというか。どちらにせよ、ロナさんのおかげで危うい状況は脱した……のかな?


「この者が隊長に会いたいと言っておりまして、しかし怪しい者故にここで止めていたのです」

「なるほどな。それで騒ぎ立てていたのか。―――おいお前、ついて来い」


 突然のロナさんの呼びかけに、はい?と返す。

 すると、ロナさんは自分が歩いて来た方向に身体を向けた。俺はその行動の意味が分からず、呆然と立ち尽くす。兵士も俺と同じ気持ちなのか、その場で固まっている。

 それを見たロナさんは不機嫌そうに顔をしかめた。


「なんだその顔は。隊長の所に連れて行ってやると言っているのだ」

「…………え?」


 いきなりすぎて言葉が上手く出ない。

 ロナさんと兵士の話を聞いた感じ、駄目だと思っていたのですごく驚いた。親切なのは嬉しいが、反面少し心配になってくる。兵士は俺のことを怪しいと言っていたが、そんな俺を受け入れて良いのだろうか。


「しかし、ロナ様。よろしいのですか、本当に?」

「構わん。隊長の名を知っているのならば、顔見知りという可能性も捨てられないからな。それに、何かあれば私が責任を取る。それで良いだろう」


 兵士は反論するが、ロナさんは至極当然のように言い切る。兵士はまだ何か言いたそうだが、ロナさんが歩き出すと、諦めたようにそれについて行った。俺も慌ててそれに続く。

 予想外の展開だったが、ともかくこれでやっとロジャーさんに会いに行けるようだ。それなら、何も問題は無い。

 俺はそれに安心し、そのままロナさんの後をついて行った。



 ☆☆☆



 行き着いた場所は兵士達の訓練場、だろうか。屋外だがその面積は広く、今現在も兵士が剣をふるったり筋トレをしたり、各々で自身を鍛えている。


 訓練場の真ん中辺りに来たところでロナさんは止まった。しかしその様子はどこか変だ。佇まいが静かすぎる気がする。俺達は真ん中に立っているので、他の兵士からの視線が突き刺さる。

 何か、おかしい。まるで、俺がここにいるのが間違いのような、俺が何か見当違いを起こしているような、そんな感覚。


「あの、ロナさん」


 目的地はここで合っているのか問おうと、背を向けたままのロナさんに呼びかける。

 だが、それすら俺は間違えていた。

 彼女の名前を呼んだ瞬間、眼前に銀の刃が停止した。

 目の前では、ロナさんが俺に向かって剣を突き出している。


「軽々しく私の名を呼ぶな」


 ロナさんの声には静かだが燃えるような怒りが籠っている。ロナさんは少しだけ前に進み、刃の先が更に近付く。これ以上は鼻骨に刺さりそうだが、それの警告は逆効果になるかもしれないので、俺は黙ったまま動かないようにする。

 ………状況を整理しよう。

 ロナさんは長剣(ロングソード)を俺の前、ギリギリ触れない所で止めている。その行動に、周囲は驚きと混乱に包まれている。ロナさんの行動が予定されたものではない事は、周りの反応で分かった。

 そして、ロナさんの行動は怒りで行われたのではないだろう。ロナさんが長剣を持った腕を限界まで伸ばしても俺に届いていないのは、彼女が敢えてそうなるようにしたからだ。当たる距離なら俺が避けている。

 ロナさんが怒っているのは俺が名前を呼んだからであって、あくまで怒りはついでのはずだ。

 しかし、何故こんな事をする?

 理由が全く分からない。


「貴様に質問がある。何故、私の祖父の名を知っている?」

「え………?」


 祖父?

 それってロジャーさんのことか?

 じゃあこの人がロジャーさんの言っていた、お孫さんか?

 疑問の数々が頭に浮かぶ。逆に尋ねたい気分だが、このまま答えないわけにはいかない。鼻を削られずに済むには、今は自分の知っていることを言うしかないだろう。


「三日前に門の前で会って、その時にまた会う約束をしたんです。訊けば分かるはずです」

「……そうか。悪いが隊長と貴様を会わせることはできない」

「何だって?……それは、なんで」


 ロナさんの態度は崩れない。その目は真っ直ぐ俺を見ている。剣も瞳も、ぶれる気配がない。


「貴様が信用に足る人間ではないからだ。そんな奴に私やお祖父様の名を馴れ馴れしく呼ばれるのは癪に障る」


 ロナさんは不愉快そうに呟く。

 つまるところ、俺は良い人物に思われていないらしい。逆に言えば、それだけロジャーさんのことを尊敬しているということか。個人的には、祖父思いなのは良いことだと思う。悠長にしている場合でもないようだが。


「じゃあ、どうすれば会えるんですか」

「貴様は得体が知れない。だから、―――これはどうだ?」


 ロナさんは剣を降ろすと、俺と距離を取って再び剣を構え直した。そして、それと同時に周囲が再度ざわめく。ロナさんの構えには一分の隙も無く、戦意が感じ取れる。


「それは………?」

「決闘だ。お互い剣を交わし、勝った方が望みを叶える、というのはどうだ?貴様が勝てばお祖父様に会わせてやろう。しかし、私が勝てば貴様には帰ってもらう」


 ロナさんの眼光が更に鋭くなる。

 どうやら、この勝負に勝たないとロジャーさんには会えないらしい。人間と戦った経験は無いが、こうなった以上仕方がない。

 だが、その前に条件を提示するとしよう。


「分かりました。けど、その前に一つだけ。安全の為にも、木剣で戦いませんか?」


 真剣で戦うのは危険だから怖いのだ。殺さないように振るのならば、殺傷能力が比較的低い木剣の方が適切だ。

 ロナさんは俺の提案に賛同らしく、笑みを浮かべて何度も頷いている。

 良かった。敵視はされているが、なんでもかんでも否定される、というわけではないようだ。これなら、もう少しは仲良くなれるかも。


「奇遇だな。私もそうしたかったところだ。真剣だとうっかり殺してしまう」

「………………」


 よし、最後の部分は聞かなかったことにしよー。

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