着物
嘉張は、広い草原に所々に森や林が点在するその土地を、他の鳥と龍達と共に探して回った。
当然ながら膜に籠められている維月の気配は皆無で、気取りようがない。
知らせを受けて洞窟から出て来た明蓮は、言った。
「広すぎて全く分からぬ。時々、はぐれの神の住む小屋を見付けるが、維月様の気配はない。このままで大丈夫なのか。」
嘉張は、首を振った。
「分からぬが、それが命令ぞ。片っ端から探すよりないの。」と、広く土地を見渡した。「主は引き続きこちらの潜めそうな場所を探してくれ。我は、ここから向こうへ範囲を広げて調べて来るゆえ。」
明蓮は、頷いた。
「頼んだぞ。」
そうして、嘉張は明蓮を残して、遠く川の方へと軍神達数人を引き連れて飛んだ。
その辺りの茂みを、川から一列に並んで気を放ってつつきながら進んで探していると、フッと何かの気配が背後を通った…気がした。
嘉張が振り返ると、そこには川しかなく、穏やかに緩やかに流れている。
…川の中…?
龍が、川の中まで調べているのだろうか。
嘉張は、ふと思った。何しろあれらは龍身を取ったら川の中などお手のものだ。
だが、そこまで大きな気配ではなかった。
…何やら覚えのあるような。
嘉張は、気になってその気配を追って、川の上を浮きながら、水の中に目を凝らしてその何かを探した。
「嘉張殿?」
軍神達が、気付いてこちらを見上げる。
嘉張は、構わず見ていて、何かの布のような物をちらりと視界の端に捉えた。
「…ああ!」
嘉張は、急降下してそれを掴んだ。
一気に引き上げると、それは龍の気配がする間違いなく龍が織った布で、ほんのりと月の気配がした。
「まさか…!!」嘉張は、それを河原に置いて広げて見た。「まさか維月様の着物…?!」
《維月の着物だ!》空から、十六夜の声が悲痛な色を帯びて降りて来た。「やっぱりもう、光の玉になっちまってるんだ!」
いきなり人型になって現れた十六夜は、水を含んで重くなった着物を抱き締めた。
「ならばやはりこの近くに御わすのだ!」嘉張は、軍神達に叫んだ。「王にご連絡を!それから光の玉を探せ!暗い今なら目視でも探しやすいはずぞ!」
軍神達は、慌てて言われた通りに動き出した。
十六夜は、その着物が着付けられたままの形で流されていたのを見て、中身が消えてこうなったのを再確認した。
恐らくは、着物で足がつくのを恐れた誰かが川へと流したのだろう。
「急いでくれ!光になったんなら長くはねぇ!消えちまう…維月という人格が!」
嘉張は頷いて、まだ着物を離さない十六夜をそこに置いて、明蓮に話すために飛んで行ったのだった。
「王!」
維心と炎嘉がはぐれの神の集落へと到着して間もなく、志心がアマゾネスを捕らえに行ったと聞いて帝羽から進捗状況を聞いているところに、鳥の軍神の一人が慌てた様子で飛んで来た。
「どうした?あちらで何かあったか。」
軍神は、息を整えて炎嘉の前に膝をついた。
「は!維月様のお着物が川の中から発見されました!脱がされた形ではなく、着付けた形そのままの状態で…!十六夜が降りて来て、確認したので間違いありませぬ!」
炎嘉は、目を見開いた。やはり維月はあちらか…!
「ならば人型を保てぬようになったということであるゆえ、時がない。」と、維心を見た。「主は平気やも知れぬが、我はあちらへ参るぞ!」
維心は、だが顔を激しく歪めていた。
炎嘉が驚くと、維心はもう飛びながら、言った。
「…罠ぞ!」なんのことかと慌てて後を追う炎嘉に、維心は続けた。「こちらに逃れた者が術を掛けたと思うておったが、違う!こちらは囮ぞ!恐らく維月の近くに居る奴らが全ての実行犯なのだ!維月を消滅させる、時を稼ぐために我らを分断させて発見を遅らせておるのだ!全員あちらへ向かわせるのだ!」
炎嘉は、報告に来た軍神に頷き掛けて、指示を伝えるように合図すると、自分は維心を追った。
「何を言うておる?!どうしてそう思うのだ!」
維心は、必死の表情で飛びながら、面倒そうに答えた。
「我は維月を見付けても術者を殺さねば意味はないと発見は二の次だと思うておった!だが、あまりにも…あまりにも思惑通りに動き過ぎておった!おかしいと思うた…遅かれ早かれ見つかるのが分かっておって、何故にこちらに潜むのだ?分かりやす過ぎる…もっと早く気付くべきだったのに!」
炎嘉は、確かに、と思った。
普通に考えると、誰かが拐われたらまず、拐われた本神を探す。なので、殺されたら術が解けるのが分かっているのだから、術者は別に逃がすものだと考える。
そして、神を隠すなら神の中にとなると、宮の結界には入れないのだからはぐれの神の中だと考える。
それを逆手に取ったということなのか。
だが、何故にそう思う。
「…何故に?主は術者が側に居ると?」
維心は、答えた。
「だから場所ぞ!」炎嘉が怪訝な顔をすると、維心は続けた。「あの神が誰も居らぬ場所。我らがはぐれの神の中に居ると探して、現に見付けたらその中に実行犯も居ると更に探すだろうが!時を稼ぐための囮ぞ!恐らく実行犯は、あの中には居らぬ!あちらぞ!維月をどこぞに放置して集落のどこかに逃げたのだろうと思うておったが…着物が川を流れて来たと申すなら、証拠を消そうとしておる!維月が己から川へ入るとは考えられぬし、もしそうなら光になった時点で目視されて見付かっておるはず。つまり、側にまだついておる!踊らされた…時を稼がれたのだ!現にもたついて維月は…もう人型をとれぬようになっておる!」
それを聞きながら飛んで、炎嘉が呆然としていると、広い草原に到着した。
明蓮が、急いで気配を気取って飛んで来た。
「王!維月様のお着物が…!」
明蓮は、十六夜が何かを抱いてうろうろと宙を行ったり来たりして下を見ている方向を指した。
それが維月の着物であるのは、すぐにわかった。
「…探す!間に合わせてみせる!」
維心は、鬼気迫る勢いで下へと降りて行った。
炎嘉は、これまで涼しい顔をしていたのは、維月は二の次なのではなく、術者を見付けることが維月を助けることだと思っていたからだったのか、と、自分も必死にその捜索に加わって、森の中を這うように探し回ったのだった。
アイーシャとエイダは、思った以上に維月が消滅するまで時がかかって居るので、焦っていた。
幸いまだ、軍神達はこちらに到達していない。
だが、もう時間の問題で、どんどんと神の気配は増えて来ており、この小屋を囲む勢いだった。
「…まだか!」アイーシャは、焦れて言った。「このままでは…!」
だが、維月の光の玉は何事もなく浮いている。
ここへ踏み込まれたら、一貫の終わりだった。
「…仕方がない…無駄やも知れぬが、箱に押し込んで床下へ放り込もう!」エイダは、外を気にしながら言った。「もう時は無い…!待っておっても始まらぬ!」
二人は、厨子代わりの大きな木箱に膜を引っ張って維月を押し込み、蓋をした。
外からは何も気取れないが、開いたら簡単に見つかる代物だ。
それを、二人で床下へと落として、急いで床板をはめた。
そして、上に麻の敷物を敷いたところで、軍神の気配が近付くのを感じた。
「…このままではまずい。気を遮断しているはぐれの神など居らぬ。早う膜を脱ぐのだ!」
二人は、お互いに膜を破り、そうして気を極限まで抑えた。
それでも、誤魔化せるかどうか分からない。
まさか、こんなに早くこちらまで捜索の手が伸びて来ようとは…!!
二人は、何が起こっても抵抗せずにおこうと心に決めて、その時が来るのを待った。
自然、体が小刻みに震えて来る。
思えば、戦場を経験したこともないのだ。
それでも、ここまでナターリアを王と崇めてやって来た。
命の危機が迫って来ると、これほどに身の震えが止まらぬものとは…!
そんな二人の耳に、小屋の戸が乱暴に叩かれる音が響いた。
遂に来たか…!!
二人は、黙ってうずくまっていた。
その二人の目の前に、戸が凄まじい音を立てて吹き飛んで転がった。




