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情報

ナターリアは、再び軍神達が一人一人検分を始めていると聞いて、眉を寄せていた。

ミラナが、軍神が去ったからと隣りの小屋で様子を聞いて来たのだが、そちらも同じように話を聞いて、さっさと引き揚げて行ったという事らしい。

それが、夕刻になり月も昇ろうかという頃に、また戻って来て今度は女を調べよと言っている、とミラナが聞いて来た。

ナターリアが、いよいよか、とミラナを見た。

「…龍王が、我らアマゾネスが関わっておるのだと気取ったのか。確かに、これだけ派手に仙術を使えばの。アイーシャ達は、逃げ仰せておるのだろうか。」

ミラナは、首を振った。

「分かりませぬ。あちらから、こちらへ連絡をして良いのは事が終わって一年後との命を受けておるので、あれらは、接触しようとはせぬでしょう。ですが、まだ軍神達から悲壮感が漂っておらぬので、維月はまだ、消滅しておらぬのかと。」

ナターリアは、木の格子が嵌まった窓から空を見上げて、言った。

「…何もして居らぬで数週間とか聞いておるほどであるから。それでも、あれだけ元気に話しておったのだから、一人で放置しておったら逃げようと動き回るだろう。そのうちに気は消費する。数日であろうかと我は思うておるのだが…それだけの時を、あれらは維月を隠しておけるのか。」

ミラナは、首を振った。

「細工はしっかりしたつもりでありますが、何やら軍神達が結構な深くまで追って行っている様子。追いつくのも、時間の問題かと。」

ナターリアは、ギリギリと歯を食い縛った。

「今見つかってはまずい。術者が死なねば膜が破れぬと聞いておるが、龍王がどんな手を使って破って来るか分からぬだろう。できたら、我は奥へ放置して消滅するのを見守れと命じたが、こうなって来ると維月を連れて逃げておって欲しい…あれらなら、やってくれると思うが。」

ミラナは、頷いた。

「あの二人は優秀でありましたから。それに若い。力もありまする。きっと、ナターリア様のお気持ちを汲んで、良いように動いてくれておるはずです。」

ナターリアは、頷いた。

「とはいえ…できたら我らも見つからぬ方が良い。」と、床下を開いた。「少しここから離れようぞ、ミラナ。どうせいつかは見つかるであろうが、維月が消滅するための時だけは稼ぎたい。まだ一日しか経っておらぬから、恐らくは無理だろう。穴から出て、森へ向かおう。」

ミラナは頷いて、床下に間に合わせに掘って置いた、少し先の森へと抜ける通路へと飛び込んだ。

そうして、ナターリアもそこへと飛び込み、上の板を閉じて俄かには分からぬようにと細工すると、そのまま這うようにして細い穴を抜け、森の方へと向かったのだった。


新月は、また一つ一つ軍神達と手分けして、はぐれの神の小屋を検分していた。

とはいえ、昼間と何も変わらない。

男にも女にも、術の気配はなかったし、皆軍神と言われるほどに気があるわけでもなかった。

この中から探すのかと途方もない事に萎えそうになったが、あいにく新月が組んでいる白虎の(しずか)は、とても元気できびきびと動いて萎えることなく次々に小屋をあらためて行っていた。

なので、当の龍である新月が萎えている場合ではなく、気持ちを奮い立たせて調べて回っていた。

そのうちの一つに、男神と女神の組み合わせで、赤子を抱いている三人家族らしい小屋があった。

そこを訪ねると、男は戸を破るまでもなくサッと戸を開いて、そして二人を中へと招き入れた。

やけに前向きなのにもしや罠かと静が警戒して、新月と視線を交わすと、新月に外に残るように目で合図を送り、自分は中へと戸を開いたまま入った。

だが、男は言った。

「…話がある。二人共中に入ってくれぬか。聞かれたくないのだ。」

二人は顔を見合わせた。

男の気は二人ほどではなかったが、他と比べると軍神として務める事ができそうなほどに大きい。

静が、言った。

「…それはできぬ。ならば我だけ。」

相手は、イライラと言った。

「我が名は奈河(なか)。」相手は名乗った。「こちらは妻の八重(やえ)。子の河玖(かく)。その昔は我が父は、どこぞの宮の軍神であったらしい。詳しく話を聞く暇もなく死んだので、これ以上は我には分からぬ。我らは、月の宮に入りたいと願っておる。主らに有益な情報を渡せば、それを褒美にもらいたいのだ。妻や子を、こんな所にこれ以上置きたくないからの。だが、他の奴らに気取られたら仲間を売ったとこれらの命が危ない。ゆえ、聞かれたくないのよ。」

静と新月は、顔を見合わせた。

これまで知っているはぐれの神とは違い、かなりしっかりした話し方だ。

少しはものを知っている…恐らく、父が軍神崩れであったからだろう。

宮で仕えるのがつらくなり、結界を出てはぐれの神になる軍神も、確かに居たからだ。

「…では、話を聞こう。だが、おかしな動きをしたら、問答無用で主の妻子の命は無いぞ。良いな。」

奈河は、緊張気味に頷いた。

「分かった。早く中へ。」

新月は、静と頷き合って中へと入り、戸を閉めた。

男は、ホッとした顔をした。

「ここは、我の結界の中。」と、妻の方を見た。「妻から聞いた。朝からこちらへ検分に来ていたそうだの。我は子の着物を探しに参っていて、留守にしておったのだ。なので、戻ってから聞いた。どこぞの王妃が拐われたのだと?」

静は、頷いた。

「そう。なので探しておるのだ。犯神が恐らくどこかのはぐれの神の集落に紛れ込んでおるだろうと。」

奈河は言った。

「何度も来るほどここは広くはあるまい。なぜにまた来た。」

それには、新月が答えた。

「今一度女もしっかり調べよとのことでな。主は、何を知っておるのだ。」

奈河は、言った。

「…主らの話を聞いて、ますますそうだろうと思った事がある。だが、先に約してくれぬか。これを漏らしたと知られたら、妻や子が住民達から袋叩きに合うやもしれぬ。確かに月の宮に入れるか。」

新月は、顔をしかめた。

それを決めるのは、王の蒼だからだ。

「それを決めるのは月の宮王ぞ。我らは軍神であるし、確かにそうするとは言えぬ。」と、申し訳程度についている、木の格子の窓を振り返った。「…月に聞いてみたら分かるのだがの。」

すると、突然に声がした。

《そいつはまともそうだし、嫁と子供を守ってるから真面目に働きそうだしオレが入れてやるから、話を聞け、新月。》

びっくりした顔をした奈河が、窓を見た。

「だ、誰ぞ?!結界内の声が聴こえておるのか?!」

新月は、ため息をついた。

「…月ぞ。月にはどんな結界も関係ない。こうして月灯りが入る場所なら、いくらでも見えるし聴こえる。」と、窓を振り返った。「十六夜、確かにそうだの?勝手に決めて良いのか。」

十六夜は答えた。

《いい。みんな家族で月の宮に来て、頑張ってるからな。その代わり、真面目に働かねぇとすぐに放り出すし、二度と入れねぇぞ。それだけは肝に銘じておけとそいつに言え。》

奈河は、戸惑いながらも頷いた。

「聞いておる。それは肝に銘じる。生まれたばかりの息子が不憫であるし…機はないかといつも探っておったから。」

十六夜は、言った。

《だったら問題ねぇ。早いとこ話せ。時間がねぇんだ。》

奈河は、言われて新月を見る。

新月は頷いて、奈河は話し始めた。

「…ここ数十年、出たり入ったりの女神達が居る。最初、いきなり来て北の端に空いていた小屋に住み始めた。どんな奴らかと皆で見に参ったら、そやつらは女だてらに盗賊であるようで、大層な着物や宝玉を集めて来ていて。我らに分け与えてくれたので、皆歓迎していた。それからも、出て行っては数週間で戻る。戻った時には必ず某か手土産があるので、皆戻るのを待っていたぐらいぞ。そんな生活をしていて、あれらがまた戻って来たのはつい昨日。我は出掛けていて知らなんだが、戻って軍神が多く来ているので隣りの男に聞いた。どうやら、誘拐犯を探していると。」

新月は、頷いた。

「その通りぞ。その女達は、盗賊だったと?」

奈河は、顔をしかめた。

「まあ、ここらに盗賊でない神など居らぬ。我とてそう。主らに言うのは気が退けるが、生きるためには必要なことでな。だが、あやつらは特殊ぞ。女であれほど簡単に奪って来れるもの達などない。なので、我も警戒しておったのだ。もしやどこぞの神の女か何かで、奪っておるのではなく貰って来ておるのでは、と。だが、我らの間ではそういった物資の出所など聞かぬもの。だが、主らの話を聞いて、あれらは誠に奪って来ていたのではないかと。」

静が、言った。

「どこの小屋ぞ?北の端?」

奈河は、頷いた。

「案内したいところだが、月の宮に受け入れてもらうまでの間、妻と子が危険な目に合うと困るのでそれはできぬ。一番森の近くの位置にある小屋ぞ。無愛想というか、偉そうな様子の金髪の女と、物静かな茶髪の女。名は、ナミとミナ。だが、先に申しておくが、ここらの小屋の下には大概何かの襲撃に備えて抜け道を掘ってある。」と、奈河は土間の上に置いてある、板を剥がして見せた。「こんな風に。他の集落の奴らが襲って来ることもあるゆえな。ここに隠れるか、ここから外へ出る。一見物資を隠す場所のようだが、それに気を取られておるうちに逃げるための囮ぞ。」

中を見ると、確かに着物が数枚、申し訳程度に置いてあった。

新月と静は、頷き合った。

「…ならば検分して参る。確かな情報であったら、すぐに月に申して主らをそちらへ連れて参ろう。」

奈河は、緊張気味に頷く。

新月と静は、そこを出て言われた小屋へと向かった。

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