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宴の後

維月は、名残惜しく維心に連れられて、居間へと戻って来ていた。

維心は、維月に言った。

「どうであったか?楽し気にしておったの。久方ぶりに主が友と話しておるのを見たわ。」

維月は、微笑んで維心を見上げて、その着物を換えようと脱がしに掛かりながら、頷いた。

「はい。誠に楽しい時間でありました。維心様には、同席をお許しくださいましてありがとうございます。」

維心は、首を振った。

「良い。最近はこんなことも無かったしの。」と、わらわらとやって来た、侍女を見た。「先に主が着替えよ。その着物では動きづらかろう。我は後で良い。」

維月は頷いて、侍女に手伝われながら夜具に着替えた。維心は、続けた。

「それで、綾は誠にそっくりであったの。我も見た時には驚いたわ。」

維月も、侍女達に簪を抜いてもらいながら、頷いた。

「そうですの。あまりにも綾様そっくりであられるので、私も懐かしくて思わず涙が浮かんでしもうたほど。もしかしたら、本当に生まれ変わりであるのかと、じっと見ておったのですけれど、分かりませんでしたわ。お父様なら、ご存知であられるでしょうけれど。」

維心は、苦笑した。

「碧黎は言うまいな。まあ、良いではないか?話が合うておったようだし、よう躾けられておって動きも品がある。あれなら我も、主の友としておっても良いと思うぞ。」

維月は、嬉しそうに顔を輝かせた。

「誠に?まあ有難うございます。では、お帰りになられたら早速にお文など遣わせて、ご交流を。本当に懐かしいのですの。椿殿も、まるで母が生きておるようだと喜んでおりましたし、私も癒されましたわ。まだ幼い感じが残ったご様子なのも、愛らしくて。」

維月は、着替え終わって維心の帯へと手を掛ける。

維心は、頷いた。

「翠明も、あれからチラチラと落ち着かぬ様子であったわ。とはいえ、まだ成人もしておらぬ皇女のことであるしの。何も言わなんだが、あれも出来たら傍におきたいと感じておるのではないかの。出来たら焔には、他に縁付ける前に翠明に聞いてやれと、炎嘉が小声で言うておった。あれだけ似ておったらなあ。分かる気がする。」

維月は、維心の着物を全て剥いで夜具を着付け、そうして二人で身軽になって、椅子へと並んだ。

侍女がぬるいお茶を持って来るのを受け取って、二人でそれを飲みながら、ホッと和んだ。

これはいつものルーティンで、寝る前には二人でこうやって、冷たいお茶かぬるいお茶を飲んでから、奥へと行くのだ。

「翠明様には綾様をとても大切にお世話なさったのですから、私も良い縁だと思いますわ。とはいえ、綾様には何もご存知ではないのですから…もし、誠に生まれ変わりだったとしても、綾様のお力では記憶はお持ちではないでしょうし。また、翠明様には綾様のお気持ちを、惹き付ける必要がありますでしょうね。しっかり励んでほしいと思いますわ。」

維心は、それを聞いてクックと笑った。

「翠明もあの歳でまた一から励まねばならぬとは大変な事ぞ。主が不死で誠に良かった。ずっと一緒に愛し合っておられるからの。」

維月は、フフと笑った。

「誠に。維心様と共であるのが、とても幸福でありますわ。何でも私の事をご存知ですし、お傍に居ると気が緩んでしもうて…でも、とても楽なのですわ。」

維心は、維月の肩を抱いて頬を摺り寄せた。

「我もぞ。だがのう、あまり無理を申すでないぞ?我は分かっておるが、神の王達は厳しい目で見ておるから。公の場ではおとなしゅうしておれ。主の評判にも関わるゆえ、案じるのだ。」

維月は、今日の事を言っているんだとバツが悪そうな顔をした。

「申し訳ありませぬ。本日はご無理を申してしまいましたわ。焔様があのように綾様をお呼びになるものですから、何かあったら庇わねばと慌ててしまい申して…それに、皆が集まって話す機会もこれを逃してはまた先になると思うと、あの場で話しておかねばと。」

維心は、苦笑しながらも頷いた。

「分かっておる。なのでああしたのだ。我は構わぬのよ、だが、炎嘉も言うておったが主が勝手に見えるゆえ、損であるなと思うたのだ。これからは、慌てずの。時など、我が作ってやるゆえ。また、こちらで茶会など開けば良いではないか。我が許すゆえの。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様…いろいろご配慮くださいまして、ありがとうございます。」と、その首に腕を巻き付けた。「まだ奥へ参りませぬか…?」

維心は、笑って維月を抱き寄せた。

「そうか、もう参りたいか。まだ茶が減っておらぬのにの。」と、維月に口づけてから、抱き上げた。「参ろうぞ。我らには、我らの間だけの取り決めがあるものの。他にごちゃごちゃ言われる謂れはないが、主が面倒に巻き込まれるのだけは否と思う。」

維月は、頷いた。

「はい。私も同じですわ。維心様…ご存知ですか?」維心が、何のことだろう、と維月に問うように眉を上げて見せると、維月は続けた。「本日は、闇夜ですの…。」

また、あれか。

維心は、身を震わせた。今の維月は、陰の月の維月。

維月の瞳が、薄っすらと赤くなっている。

維心は、覚悟をして奥の間へと入って行ったのだった。


その頃、深夜まで立ち合った皇子達は、それぞれの控えの間へと向かっていた。

疲れ切っていたが、これ程充実した時を過ごせたのはついぞない。

紫翠が、興奮気味に言った。

「維明殿とあんなに立ち合えたのは初めてぞ。合わせてくださっておったのは分かっているが、誠に有意義であった。こんなに楽しかったのは、何年ぶりかの。」

烙が、苦笑した。

「誠にの。我とて一捻りであったが、それでもいろいろ学べたものよ。また王に立ち合ってもらおうかの。」

煌が、神妙な顔をした。

「烙はそうであろうが、我は父上などとは到底無理ぞ。皆我が跡目だとか申すが、烙の方が良いと思う。とてもじゃないが、主ほどに立ち合うなど無理よ。」

烙は燐の子で、煌は焔の子だからだ。

烙は困った顔をした。

「我とて王座などあまり。我は本来、父上と同じで生き物を世話して生きる方が性に合っておるから。主が王の子なのだから、精進するが良いぞ。」

そう言われても、今は想像もつかない。

箔遥が、言った。

「我とてあの父上の後を継ぐなど考えられぬのだから。皇子は皆そんなものなのではないか。コツコツやるしかないの。」

納弥が、言った。

「我は父上が不死であるので後を継ぐとかないが、皆大変だの。」と、高彰を見た。「ところで、高彰殿はまるで歳を経たような落ち着いた手筋でこちらは攻めあぐねてしもうたわ。主も父王相手に立ち合いを?」

高彰は、成人してもいないのに、どっしりと落ち着いた様でゆったり微笑んた。

「そうであるな、たまには。軍神達と立ち合う方が多いゆえ、後は己で考えておるな。」

それには、紫翠が驚いた顔をした。

「己で考えてあれか?主はその歳で凄いの。もっと手練れになろうな。油断のならぬことよ。」

言いながら、良い相手が出来たと喜んでいるのが、その声音で分かった。

炎月が、割り込んだ。

「それより主よ。」と、維黎を見た。「主は凄いの。とても追い付けぬと思うたわ。地の兄弟と聞いておるが、だからなのかの。主は地や父とは立ち合わぬのか?」

維黎は、首を振った。

「碧黎はそもそも立ち合いなどせぬし、父上も必要ないと言うてお相手してくださらぬ。我とて今は遊んでおって良いが、そもそもが皆を平等に守るための存在なので、戦うことは許されておらぬ。ゆえ、公式の試合などには出ることができぬのだ。役目が違う、と父上に言われた。そろそろ意識をもっと育てよと言われておる。だが、我はこれが楽しくて…今は多めに見てくださっておるが、直に立ち合い自体を禁じられような。」

それには、炎月も炎託と顔を見合わせた。

役目が違うと。

「…ならば今のうちにということか。」炎託は、慰めるように言った。「許される間、楽しめば良いではないか。そのうちに敵など無うなって、面白うなくなるだろうて。主は誠に敵無しの強さであるからな。」

将維が、維黎に言った。

「我も同じぞ。地を守る命に生まれたからには、皆を平等に。我も意識を叩き込まれておるからの。主も、共に励もうぞ。」

維黎は、将維も同じなのは知っていた。なので、自分だけではないのだと、頷いた。

「分かっておる。我らは生まれた場所が違ってしもうたのだからの。」

月の眷属には、月の眷属なりの悩みがあるのだな。

それを見ていて、箔遥は思っていた。

不死で敵無しの強さを誇り、大きな気を持ち、それでも穏やかな眷属で、羨ましい限りだと思っていたが、立ち合いを楽しむことすら禁じられるのだ。

自分は自分の責務のために、精進しようと箔遥は心の中で思っていた。

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