捜索
炎嘉は嫌がる維心に無理やり小柄な龍の甲冑を着せて、共に捜索現場へと向かった。
志心にははぐれの神の集落の方へと行ってもらい、アマゾネスだと聞かない維心のために、女の軍神を探すよう、指示を出してもらう。
龍の軍神達が囲む地上に開いた穴の所に到着すると、穴の外に居た明輪が頭を下げた。
「王。炎嘉様。只今明蓮が夕凪と共に、軍神を伴って中へ降りておりまする。ここは、自然の穴ではなく龍達が出るために地下から開いたものらしく。義心が倒れておりました場所の真上でありまする。」
そう大きな穴ではないが、確かに降りる事はできそうだった。
維心は、言った。
「我が参る。」
炎嘉は、目を丸くした。
「何を言う。龍封じは主にも有効ぞ。動けなくなったら何とする。」
維心は、もう足から降りて行きながら言った。
「盾の呪文は覚えて来たわ。参る。」
炎嘉は、慌てて後に続いた。
「もう良い、嘉張、ついて参れ!あやつは頑固であるからもう!」
炎嘉は、前の維心の記憶がないのに同じようにこちらの言うことなど聞かない維心に、プンプン怒りながら、その後を追って洞窟へと降りた。
そこには、白虎の軍神が居て頭を下げた。
「炎嘉様。」と、維心を見て首を傾げた。「龍の、王族であられますか?こちらには龍封じを使う輩が居るので、上でお待ちになられた方がよろしいかと。」
維心が維心自身にそっくりなので、そう思ったのだろう。
何しろ、龍達は知っているが、白虎は志心以外事情を知らない。
維心は、答えた。
「我は問題ない。ところで、奥か。」
相手は、困ったように炎嘉を見たが、答えた。
「は。只今明蓮殿に案内されてさらに奥へ。どうやら突き当たりまで何も居なかったので、今は脇の穴を確認しておるところです。」
炎嘉は、言った。
「ならば、様子を見に参る。嘉張、主は夕凪を助けて捜索を。」と、維心を見た。「主は我の後ろに。術が飛んで来ても我が盾になるわ。我には効かぬからの。義心でも不意をつかれたのだから、盾の呪文が間に合わぬやもしれぬだろうが。さ、参れ。」
維心は言い返そうとしたが、白虎が居るので黙った。
危ないとかなんとか言われて、留められるのを案じたのだ。
そうして、炎嘉が前を飛んで、維心は後ろに続いた。
少し行くと、脇の穴からは軍神達の気配がした。
それは、どの穴でも同じで、皆で手分けしてあちこち入っているのは分かった。
一番奥まで来たら、確かに完全に行き止まりだった。
「…これは、誰かが塞いだわけではないの。」炎嘉は、岩に触れて言った。「完全な岩の壁ぞ。やはりこれまで見て来た穴の一つに居るか。」
維心は、来た道を振り返った。
そこそこ距離があって、脇の穴など無数にある。
それを更に奥までとは、面倒な話だった。
「…維月の気は持つのか。」維心は、それに掛かる時を頭の中で計算し、言った。「人型いっぱいの気があって、全く動かずなら確か数週間は持つと聞いておるが、拐われたのは夕刻。いくらか減っておったやもしれぬ。そこからもし歩かされていたとしたら…もう、そろそろまずいかもしれぬ。」
維月の事では必死になる維心が、冷静に言うのに炎嘉は戸惑った。
思えば維心は、維月を捜索させている間も冷静に己ができることをしていた。
前の維心なら、じっと座っているのも難しかったはずだ。
それを、維月消滅の危機が迫っているのを自覚しながら、これほど冷静に語っているのに驚いたのだ。
だが、考えたら維心にとってはまだ、たった一年世話をされただけの、母ではない女なのかもしれない。
乳母感覚だとしたら、その反応も理解できた。
炎嘉は、言った。
「…あの眷属はいろいろ機能があるゆえ、危機を感じ取れば恐らく眠りに入るはずぞ。誰かが運んでおるやも知れぬな。」
維心は、頷いた。
「ならば希望はある。」と、軽く浮いた。「戻ってめぼしい穴を我らも探そう。もし間に合わぬのなら、維月を探すより先にはぐれの神の集落へ行こうかと思うたのだが、ならば生きて見つける可能性があるしの。」
維心が冷静なので、炎嘉としては助かるのだが、何やら違和感があった。
維月が消滅するなど…自分でも、心が騒いでならぬのに、維心はそうではないのだな。
炎嘉は、やはりこれはまだ維心ではないのだ、と思いながら、そんな維心の後ろに浮いて、辺りを警戒しながら飛んだのだった。
日が傾いて来た空に、新月は浮いて下を見ていた。
ここまで、たくさんのはぐれの神達の住処を暴いて話を聞いたが、それらしいものが居ない。
武骨な男が多かったが、それでもその中に、龍封じを放てるほどの気の持ち主も、そんな気概が有りそうな者も居ない。
途方に暮れていると、帝羽がやって来て、浮いた。
「新月、志心様が来られた。」
新月は、え、と振り返った。
すると、甲冑を着ていても真っ白な品の良い神が、飛んで来た。
「維心がアマゾネスだと聞かぬで。」志心は、渋々といった顔で言った。「考えたらそこしかないと。なので、すまぬが女を重点的にもう一度見て来てくれぬか。何しろ前の話であるし、気取りにくいやも知れぬがの。女で、気を隠して誤魔化して居そうなやつを片っ端から引き出してあらためて参ろう。男では、それらしいのは居なかったのだろう?」
新月は、頷いた。
「は。ですので今少し北の方の無法地帯の方へ探索を広げようかとしておりましたところ。」
志心は、頷いた。
「そちらには他の宮の軍神をやるわ。それから、主ら龍は必ず白虎か鳥、とにかく別の種族の軍神と組んで回るのだ。義心が龍封じにやられたことは、まだ知らぬだろう。」
新月は、驚いた顔をして帝羽を見る。帝羽は、頷いた。
「あちらで探索に加わった明蓮が我に話してくれていたのだが、まだこちらに知らせておらなんだ。今、あちらでは鳥が一緒に回ってくれておる。こちらにも、志心様が白虎をお連れになってくれておるから。」
新月は、龍封じを使う輩か、とますます眉を寄せた。
かなりの気を持たないと、無理だったからだ。
「…しかしながら志心様、我らがあらためたもの達、特に女の中にそのような術を放てるほどの気の持ち主は居りませんでした。それでも今一度と?」
志心は、また頷いた。
「今も申したように、アマゾネスは昔滅ぶ前、仙術を操る種族であったと知られておっての。龍封じも然り、つまりは気を隠すための術だとて、恐らく簡単に使えるかと思われる。気を遮断する膜は、全く気取れぬので逆に術だと分かるのだが、その膜の亜種でじわじわと滲み出る程度は気取れる面倒なものもあるのだ。大きな気を隠すにはちょうど良い代物ぞ。そうと思うて見てみなければ分からぬが、探れば分かる。ゆえ、あちらでも明蓮にそれを探せと申して来たところよ。」
また一人一人探るのか。
新月は、気が遠くなりそうな作業だと思いながら、皆がやっているので仕方なく、その地道な作業に入る事にした。
帝羽もうんざりしているのを感じたが、義心ですらそのうちの誰かに倒されたのだ。
新月は気持ちを奮い立たせて、志心に頭を下げると、皆に指示を出すために、もう一度隊を呼び集めて編成を組み直したのだった。
志心は、軍神達の気持ちは痛いほど分かった。何しろ、やっと終わると思ったら、もう一度仕切り直せと言われたわけなのだ。
白虎は今合流したばかりなので元気だが、龍の軍神達は朝からずっと同じ作業をして来たのだ。
見ていると、新月は志心が連れてきた軍神達と龍達を組ませて、何やら指示を出している。
やはり皆、疲れて居そうな雰囲気だったが、文句も言わずに散り散りに持ち場へと飛んで行くのが見えた。
それでも、維心が君臨している時は、その疲れすら見せない様だったのに。
志心は、つくづく王が不在だと軍神の士気も下がるものなのだと痛感した。
これは自分の跡目に座る、志夕にもしっかり教えておかねばならぬな。
志心は、それを見守りながら、そんなことを思っていた。




