洞窟の中
維月は、月の光を探して、上を見ながら必死に奥へと歩いていたが、ここには全く穴がなかった。
それでも、自然にできた場所である以上、綺麗に地下だけという事は無いはずなのだ。
どこかで、上に抜ける穴が開いていてもおかしくはない。
なので、何とかそれを見つけようと、維月はひたすら歩いていた。
先ほどから、足元の岩肌には地下水が流れていて、足元を濡らすので着物を持ち上げて歩かねばならない。
面倒なので、着物を腹の辺りで結んでしまい、足を丸出しの状態で歩いていたのだが、誰も居ないのだから問題ないだろう。
…少し休みたい。
維月は、思った。朝日が昇って来たら、多分もっと天井に開いた穴はよく見えるだろう。なので、それまで少し、休みたいと思ったのだ。
だが、地下水が流れているエリアが、まだ終わらない。
維月は、ずっと水が無くなる位置を探して、上を気にしながら、歩き続けていた。
義心はというと、軍神達と神海戦術で岩を避け終わり、先を目指していた。
だが、厄介な事に、この岩の障壁は一つではなかった。
やっと岩を取り除いて先へと進んでも、また次の障壁が現れる。
恐らくは、維月を助け出す時を稼ぐために、こうして面倒な障壁を大量に作っておいたのだろうと思われた。
…ここまで用意周到にしているという事は、前から計画していたということだ。
義心は、そう思った。維月の居場所が分かれば、問題ないと思っていたが、もしかしてこうして維月を必死に探している間に、向こうは遠くへ逃げおおせているのではないだろうか。
外は、帝羽や新月が探してくれているはず。
それでも、普通に探して見つかるのなら、これまで隠れてこんなことを計画はできなかったはずなのだ。
こうして自分達が見つけて探し始めることが相手の想定内だとしたら、もしかしてその間に逃げ切って、維月の術を解けないようにしようとしているのでは…。
そう考えると、すぐにでも自分が犯人たちを捜しに行きたかったが、しかし維月の匂いを追えるのは自分だけだ。
なので、仕方なく義心は、維月を発見することだけを考えて、前へと進んでいた。
明蓮が、やっと3つ目の岩の壁を取り除いたところで、言った。
「…これではきりがない。一気に破壊できれば良いが、王妃様がどの壁の向こうにいらっしゃるか分からぬので、それもできぬ。このままで良いのか…もしや、我らははめられておるのでは。」
義心は、明蓮を振り返った。
「そうだとしても、維月様がこの奥に籠められておるのは間違いない。何とかして維月様を見つけてしまわねば、どうすることもできぬではないか。地上では、帝羽と新月が探しておるだろう。我らにできるのは、このまま維月様の匂いを追って、お探しすることしかない。」
言いながら進んでいると、また岩が詰められているのが見えた。
「…またか。」明蓮は、もう慣れたように岩を気で持ち上げて横へと避け始めた。「この辺り…何やら、水の匂いがして参ったな。」
地下水が流れている場所か。
岩を避けるに従って、染み出て来た水が足元を濡らして行く。
岩の壁の真ん中辺りが抜けた時、明蓮が体をねじ込んで向こう側を見た。
「…何だ。こちら側は乾いておるな。だが、遠く水音が漏れ聴こえて来るゆえ、恐らくこの先には水が流れておるエリアがあるの。」
義心は、ハッとした。
水…。
「…ならば、匂いが追えぬ。」義心は、明蓮を押し込んで向こうへ早く抜けろとせっついた。「そちらは?そちらにはまだ匂いが残っておるか?」
明蓮は、いきなり押されて慌てて抜けた。
「我には分からぬ。」と、回りを見た。「だが、いくらか広くなっておるな。」
義心が、急いで岩の壁を抜けて来て、ホッと下顔をした。
「…ああ、匂いがある。ここは濃い。」と、向こうへと目を凝らした。「…まだまだ先か。」
明蓮は、息をついた。
「かなり来たぞ。こんな奥深くに…余程見つけられたくなかったのだな。」
そうではない、見つけるのを遅らせたかったのだ。
そう、維月の気が尽きて、死ぬのを待つために。
義心は、居ても立っても居られぬ心地になって、急いで浮き上がった。
「参る!こちらぞ!」
「なに?こら待て義心!」
明蓮は、急に奥へと飛んだ義心に、慌ててその後を追った。
後ろから、一人ずつ岩の壁を抜けて来る軍神達も、慌てふためいて必死にジタバタと岩を蹴って後へと続く。
義心は、維月の匂いを追って、必死に奥へと向かった。
地上では、帝羽と新月が二手に分かれて地上を捜索していた。
軍神達が林の中を、何か居ないかと目視に頼って探していると、上から声がした。
《その辺にゃ居ねぇ。オレも見てるが全く動きがねぇ。どこへ行った…気が気取れないのは想定内だが、目にも見えねぇんだよ。》
新月が、月を見上げた。
「もうすぐ夜が明ける。そうしたらもう少し見通せるようになるのではないか。」
十六夜は、答えた。
《恐らくはな。だが、その辺に居ないのは確かだ。多分、維月を隠して見つからないように散り散りに逃げたんじゃねぇか。一人じゃねぇだろう…ここまでやるのは。》
新月は、確かに、と思った。
あのあばら家では何人か、恐らくは十人ぐらいがいたのではないかと思われる痕跡があった。
「…あのあばら家の中には十人ほどが居たのではないかと思われるのだ。裏には塚があって、遺体を埋めた跡があったゆえ、そこで死んで弔った奴も居たということで、かなり前から潜んでいたのではと思われる。長く恨みを持っておったということか。」
十六夜は考えた。
龍に恨みを持つ種族など、掃いて捨てるほど居るのでわからないが、今はどこも静かだ。
上位の王達が皆何もないと言うのも道理で、十六夜からも何も見えてはいなかった。
《だったら逃げ込める宮もねぇ。》十六夜が言うのに、新月は見上げた。《この近くに恨みを持ってる宮なんかねぇからな。つまり宮の結界を避けてるはずだ。もっと遠く…はぐれの神のゾーンを探した方がいいんじゃねぇか?日が昇れば各宮が動き出して維月捜索の協力願いが届くだろう。軍神が出て来るのが分かってるんだから、この辺りでウロウロしてたらすぐに見つかるしな。あっちを捜させろ。》
新月は、頷いた。
「分かった。宮に応援を要請してあちらも探す。」
とはいえ捜している対象が何なのかまだ分かっていない。
見るからに怪しいもの達の中に紛れ込まれていては、その中の誰がこれをやったのか判断する術がない…。
十六夜は、だからはぐれの神をなくして行こうとあれだけ言ったのに、と、口惜しい気持ちで視線をはぐれの神達が多く住む、無法地帯へと向けたのだった。
ナターリアとミラナは、十六夜が考えた通り、もうとっくにはぐれの神達が潜む場所へと到着していた。
この集落への根回しは、既に数年前から終えていた。
事が起こった後、どうすれば逃げ仰せるのか考えた結果、バラバラにあちこちに点在している、こういう集落に潜むのが一番だと考えたからだ。
他の八人も、四つに分かれて同じように根回ししてあった、集落に落ち着いているはずだ。
はぐれの神に取り入るのは案外に簡単で、時に宮の結界から出て来た神の身ぐるみを剥いで、その着物や宝玉などを定期的に皆に分け与える事で、信頼を得ていた。
そこに掘っ建て小屋の一つをもらい、時々そこへ戻る事で、集落の一員だと思わせていた。
生活物資を略奪して来るため、はぐれの神が一つの場所に留まる事は稀なので、時々しか戻らなくても誰もおかしくは思わなかった。
まして、戻る度に某かの物を持ち帰るナターリアとミラナに、皆盗賊稼業が忙しいのだろう、くらいにしか思ってはいなかったし、その度におこぼれに預かれるので、誰も何も言わなかった。
女とはいえ戦える二人に、集落の男も襲い掛かっては来なかったし、問題はなかった。
今回も何枚かの着物を皆に振る舞って、ナターリア達はまんまと掘っ建て小屋へと収まっていたのだった。
「…今頃は龍達が維月を血眼になって探しておろう。」ナターリアは、ニヤリと笑った。「母上が申すに、気が大きいとはいえそうそう人型には気を溜め込んではいられぬらしい。もって数週間、維月を見つけるのに手間取り、膜が破れぬと慌てて探してここで誰が術をかけたのかも分からず右往左往しておる間に、維月は消滅する。案外に易かったの。」
ミラナは、それでも首を振った。
「ご油断はなりませぬ。ここでひ弱なただのはぐれの神だと思わせねば、我らがアマゾネスだと知られたらまずい事になりまする。何をされても、抵抗なさってはなりませぬぞ。」
ナターリアは、途端に表情を引き締めて言った。
「分かっておるわ。それより、主はミナという名だと名乗るのだぞ。我はナミ。姉妹ぞ。分かったの。」
ミラナは、頷いた。
「分かっておりまする。言葉も…あれらを真似ていかねば。」
あれらとは、そこらに居るはぐれの神の女達のことだ。
最初、外国語に慣れた二人には、理解するのも難しかったが、今ではすっかり慣れた。
ここでバレるわけにはいかぬ…どうしても、逃げ仰せて維月を消し、龍王に一泡ふかせねば…!
そこへ、明けて来た外の方から、悲鳴が聴こえた。
「キャー!」
何事か、と息を潜めていると、男の声がした。
「龍だ!龍の軍神だぞ!早く隠れろ!」
隠れたところですぐに見つかる。
ナターリアは、思ってミラナを見た。ミラナは、頷いた。
「来ましたな。思ったより早い。」
「手分けしておるのだろう。」ナターリアは、さすがに冷や汗が背を伝うのを感じた。「なに、あれらはただの軍神よ。今やこんな風に身をやつしておる我らを、気取ることなどできぬわ。」
とはいえ、龍達の能力は侮れぬ。
二人は、息を潜めて外の様子を窺っていた。




