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居場所

義心は、一人気配を探って維月を探索していた。

維月の気配は、前世今生側近くにそれは長い間感じて来たので、義心にとっては自分の気を探せと言われるほど簡単に探ることができる。

だが、今回は全く気取れなかった。

それでも、維月が気を遮断する膜に籠められてしまってから、義心は維月の匂いを辿るという、獣のような方法で探ることを編み出した。

本来、匂いなどに頼るなど、獅子や虎でも誇りが許さぬとしないのだが、義心はそれを、誇りなどかなぐり捨てて習得した。

維月の命以上に、大切なものなど無いからだ。

維月が着物に焚き染めている龍の王族に伝わる高級香と、維月が本来持っている特有の甘いような誘うような香りが混ざっていて、義心にはこれぞ維月、とその香りにいつも思う。

なので、あの時月の宮結界外の場所を指差された時、すぐに維月の匂いの軌跡を感じ取ることができたのだ。

だが、その軌跡は古ぼけた、誰も使っていないようなあばら家に続いていて、そこには全く神の気配は無かった。

それでも、匂いはこの屋敷に続いている。

義心は、今すぐにでも中へと踏み入って確認したかったが、もし中に敵が潜んでいたとしたら、せっかく見つけた手掛かりを、誰にも知らせられぬままに捕らえられてしまうかもしれない。

義心一人なら、どんな状況でも逃れられるのだが、維月を盾にされたら、まずい事になるかもしれない。

なので、そっと気配を消したままそのあばら家を遠く見てから、そっとそこを離れて、龍の軍神達に合流すべく飛び立った。


維心は、碧黎に自分の対へと引きずって行かれて、そうしてそこで座らされ、碧黎が目の前へと座って、有無を言わさぬ勢いで、向き合わされていた。

そして、碧黎は維心の目を睨むように見て、言った。

「主はな、紛れもなく龍王ぞ。それが、石の波動がおかしくなっていたせいで、気を乱されて消失させられ、死んだ。そうして、黄泉の道へと迎えに参ったが、もう戻る器は時が経っていて損傷し、そのまま戻っても思考も思うようにならぬと判断され、生まれ変わろうと黄泉へと渡った。そうして、すぐに己の第二皇子である維斗の子として生まれ出たのだ。その折、主は記憶を己の指輪に封じて戻って来たが、すぐに封を解いたら主の心に負担が掛かると、ここである程度まで心が育つのを待っておった。神世は、主という絶対の龍王を失った事実をまだ知らぬ。上位の王達と話し合って伏せると決めた。主の第一皇子の維明では、主ほどに世を治めることができぬだろうと、皆主が戻るのを待っておるのだ。維月は、主の妃。主が戻るのを待つと約したゆえ、主を育てて記憶を戻す機を計っておったのだ。」

維心は、今聞いた事実を、必死に理解しようと努めていた。

維月が、母ではないのは知っていた。

それに、親などに感じるようなものではないような、別の慕わしい感情が湧いて来るような気がするのも。

あれは、自分の妃だったのだ。

そしてこんなにも世が案じられるのも、自分が治めていた世だったからなのだ。

「…ならば、今なら我は記憶を受け入れられる。」維心は、碧黎に訴えた。「少々無理が掛かっても良い!維月を助けねば…記憶がある我なら、できるのではないのか!」

碧黎は、フッと肩の力を抜いて、頷いた。

「我も、今ならできると思う。主は、自覚した。己が非力であって、もっと学ばねばならぬと、今の知識欲は大変なものであろう。そうなれば良いと思うて、主が龍の宮を見に参るのを止めずに見ておったのだ。それは上手く行ったと思うておる。だが…こんなことに。」

維心は、イライラと言った。

「だから!今戻せというのに!」

「戻せぬのだ!」碧黎が、叫び返した。「主はの、記憶を維月との結婚指輪に封じて転生したのだ!前の時も、同じ方法で転生して来たゆえ…その指輪は、維月が胸の巾着袋に入れて持ち歩いておるわ!」

維心は、衝撃を受けた。

その袋なら、知っている。

維月は、その袋をお守り袋だと言って、ずっと胸から離さずに居た。

寝ている時も、ずっとそれだけはぶら下げていて、いったいどんな守りがあるのだろうと、じっとその袋を見つめたものだった。

中身の事を聞いた時、今中を見ると効力が無くなるので、維心様が大きくおなりになったらご一緒に見ましょうね、と言っていた。

それは、記憶が封じられていたからだったのだ。

維月は、自分の夫が帰って来るのを待って、育ててくれていたのだ。

「…維月を救いたい。」維心は、食いしばった歯の間から、ふるふると震えながら言った。「今の我には、知識も力もない。だが、何かできることがあるはずぞ。我の妃であるのに…何としても、我はあれを見つけて助け出さねばならぬ。いったい、誰があれを連れて参ったものか…前の我なら、分かったのだろうか。」

碧黎は、息をついた。前の維心でも、かなり前の出来事であったから、恐らく分からなかったのではないか。

「…恐らく、前の主でも分からなかったかもしれぬ。だが、義心が。主を追って来ておって、維月の位置のかなり近くを探っておった。助けたいと思うなら、行くが良い。今の主がどこまでできるか分からぬが、己の命を力を信じて参れ。でなければ…維月は、死ぬ。いや、それより悪い事になる。今の維月を構成しておる人格が消滅し、黄泉へ行くより悪い事になる…。今、籠められている膜が、気を通さぬから。記憶の戻った主は、今の主とは比べ物にならぬほど悲しむだろう。我とて…何もできぬ己が歯がゆい。」

碧黎は、父親だと言うておった。

維心は、思いながら見ていた。それでも、碧黎から感じるのはそんな情ではなかった。もっと深い、男女の愛情のような、いや、もっと命の底からというか、そんな風に感じていたのだ。

維心は、立ち上がった。

「我は行く。」そして、碧黎を見つめた。「我は、絶対に維月を助けようぞ。今の己を信じて、出来得ることをやる。龍の宮へ行く!」

そうして、維心はそこを出て行った。

碧黎は、いくら維心でも、まだ記憶もなく生まれて一年しか経っていないのに、己で書庫で学んだだけで、無理だと諦め半分でそれを見送った。

どうあっても、維月を助けたい。

もし、天黎に自分を消されても、維月だけは…。

碧黎は、もしもの時はと、覚悟を決めていた。


一方、その頃炎嘉は、その知らせを受けて、まさか、と思っていた。

こんな時にと思う気持ちもあるのだが、それよりも、自分達が見ている中で、そんな様子など全くなかったからだ。

もちろん、維心が居ないからと、皆気を入れて回りの宮々を見張っているはずで、おかしな動きなどあったらすぐに皆に知らされるはずだった。

それが、全く無いのだ。

だからこそ、誰かが攫われるなどという危険は、全く考えていなかったのだ。

「…すぐに、龍の宮へ。」炎嘉は、嘉張に言った。「皆に知らせを。龍の宮へ集まれと。軍神は、場合のよっては使うが今は良い。とにかく、王達だけでも龍の宮へ参れと、皆に知らせを!」

嘉張は、鬼気迫る炎嘉の様子に、慌てて膝をついて頭を下げた。

「は!」

そうして、そこを出て行った。

…維心が居らぬ間に、維月に何かあっては我らが何をしておったと、あれが戻った時にどれほどに言われることか。何より、我らを信じて戻るまではと神世を託して逝った、維心の気持ちを踏みにじる事になる。

炎嘉は、急いで甲冑を身に付けると、軍神を三人だけ連れて、すぐに鳥の宮を飛び立って龍の宮へと向かったのだった。

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